前回、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)にてCSRをテーマに「企業の社会的責任と社会・経済の活性化」という授業を行う慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授の村上恭一氏のインタビューの前半を公開した。後半では、この講義を通しての目的をお聞きした。(聞き手・MAGADIPITA支局=久保田 惟・慶應義塾大学総合政策学部1年)

慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授の村上恭一氏

慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授の村上恭一氏

——この講義での目的を教えてください。

村上:この講義は、「人々が、生き甲斐のある人生を生きている」と実感できる社会を創造するために、社会の矛盾を軽減、解決するための「思考錯誤」の場です。この場を通じて、企業内社会起業家(The Social Intrapreneur)を育てていくことを目指しています。

——なぜ企業内社会企業家なのでしょうか?

村上:そもそも、企業内社会起業家とは、大企業に所属しながらその豊富な資源を社会問題の解決のために結びつけ社会起業をおこなう人のことをいいます。その英語The Social IntrapreneurはAshokaの造語です(※1)。 これからの時代は、豊かな人的・物理的資源を抱える大企業が、社会問題の解決のための仕組みを創る。そのために社内外を連結する人財が必要とされています。そんな人材の育成につなげていきたいと考えています。
※1(2014’s Most Valuable Employee: The Social Intrapreneur. Ashoka.)

——企業家の活躍が注目されている現在に、あまり企業内企業は注目されていないように思えます。企業内社会企業が持つ可能性はなんでしょうか?

村上:もちろん、従来の社会企業を含む起業家を否定しているわけではありません。今回の講義のゲストスピーカーにも社会企業家とよばれている方々にも来ていただく予定です。意識している点は、「本業で社会課題に取り組んでいるか否か」です。

社会をより良くしていくためには、継続が大事です。その継続のためにはCSRがメセナやフィランソロフィーと言われていた時代のように、余剰で行うのではなく、仕組みとして継続することが大事だからです。

その年の収益によって、その事業が継続できなくなってしまうようでは、社会は変わりません。一つのビジネスモデルを提案し、社会をより良くしていくためには、ルール作りが必要です(前回の記事を参照)。そこには、社会貢献的な意識があるかどうかは関係ないと考えています。そのためには、企業内で社会課題に対して新しいビジネスモデルを提案する企業内社会起業家が必要になります。社会全体の持続的成長につながるイノベーションを生み、社会をより良い方向に動かすことにつながると考えています。

■イノベーション・エコシステムの構築へ

——社会全体の持続的成長につながるイノベーションとはどのようなものでしょうか?

村上:講義でも取り扱っていますが、イノベーション・エコシステムの構築がキーワードになります。世の中の動向から生まれる社会課題に対して、効果的なイノベーションを効率的に生み出すシステムの構築が必要です。イノベーションと聞くと、一人のアイディアマンによる偉業のようなイメージを持つ人が多いと思います。しかし、これからの時代には、一人の強いリーダーシップではなく、組織全体でイノベーションを起こしていけるようなシステムの構築が求められると考えています。そのために必要なのは、一つの価値観や物の見方に捉われない多様性です。組織内の多様性を育み、生まれるイノベーションを重視しています。

——村上教授は、「対話型講義」をはじめ、企業内社内企業家といった、まだ認知度の低いような、学生にも浸透していない内容を扱っているように思いました。なぜこのような講義を行っているのでしょうか?

村上:今、講義で扱っている内容には、桃太郎に出てくるきびだんごのイメージを持っています。将来、学生たちが困った時に使える知識として講義を行っていきたいと考えています。逆に言えば、今、役に立つかどうかはわからないものもあります。その上で20年後に役立つものは何かを予測するのは難しくなります。一方的に、知識を得るのではなく自分自身で何が必要になるのかを考えるプロセスが必要になります。だからこそ、学生たちには将来に役立つものとして自分達から知識を獲得して欲しいです。特に、このキャンパスは、同じキャンパスの中でも様々な思考方法を持った学生が多いですし、同級生同士の刺激は受けやすいと感じています。

村上氏01

——最後に学生たちに伝えたいことはありますでしょうか?

村上:重要なのは気がつく「気づく」ということです。例えば、明治維新の時に吉田松陰が松下村塾で教えていた期間は約半年。その約半年だけで高杉晋作など多くの偉人を生み出していました。郷土資料を読んでみると、吉田松陰は生徒たちに気づきを与えていたのです。気づきは情報によってもたらされます。

生徒の主体性を尊重した学び気づき手助けをしていければと思っています。だからこそ、学生には多様性を重視して価値観を広げていくことを続けて欲しいのです。そのためには、あちらこちらに「顔」を見せることが大事です。

気づきを得ると同時に行うべきはその実践です。情報とはベイトソンの言うように「差異を生み出す差異」です。どのようにして身の回りに差異を生み出すのかという自律的な行動にこそ気づきがあります。では、差異は何により生み出されるのか。

福澤先生は『福翁自伝』において「事をなすに極端を想像す」と教示しています。極端(エクストリーム)に想起し大胆かつ無鉄砲に実践することです。つまり、話を聞いて「勇気をもらった」というだけではドリンク剤を飲んで元気が出たと言うのと同じです。本当の学びは教室の扉を出た後にどれだけ諸君が実践するのかにかかっています。この講義では実践家にお越し頂きその体験を語ってもらっています。次の世代に継承すべき事は即やってみる。

気づきと実践による学び(Prototyping)こそが企業内社会起業家(The Social Intrapreneur)の必須要件である自己変容型知性(Self-Transforming Mind)を養成することになるからです。気づきからの実践を期待しています。是非、学んだことを社会で実践して、この教壇にいつの日か戻ってきて後輩に教えて下さい。SFCとはそう言う学びの場です。

■今だから獲得できる「気づき」

今回の村上教授への取材を通して、キーワードになっていた「気づき」。大学という教育機関においてこの「気づき」を意識して学びに取り組むことは、一種の理想のようにも思える。その理想に向けて、自己変革はもちろん、多様性の意識を少しでも持つことができれば価値観は大きく変わる。それらのきっかけは本当に身近なところに点在しており、些細なことでも「気づき」につながる。重要になるのはそんな新たな考えを知る機会なのだ。今後、この連載記事を通して少しでも多くの「気づき」につながる機会をお送りしていきたい。次回は12月20日に合同会社Over the Rainbowを運営する佐野里佳子さんの講演をリポートする。

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