「ろう者」や「手話」と聞くとどんなイメージを思い浮かべるでしょうか。聴覚障がいはパッと目に見てそれがわかるものではないため、一見障がいがあることがわかりづらく、必要な配慮が受けられなかったり、心ない言葉をかけられたりすることもあるといいます。「きこえなくても、コミュニケーションを諦めないで欲しい」。1947年からろう者の福祉向上のために活動する当事者団体に話を聞きました。(JAMMIN=山本 めぐみ)

きこえないことによる
日常生活における困難

ろう者が生きやすい社会の実現のために、1947年より活動している一般財団法人「全日本ろうあ連盟」。各都道府県に加盟団体が存在し、全国に1万8千人の会員を抱える大きな組織です。

身近にいるかもしれないけれど、実はよく知らない「ろう者」のこと。きこえないことで、日常生活においてどのような困難があるのでしょうか。全日本ろうあ連盟職員であり手話言語通訳者の梅澤仁士(うめざわ・ひとし)さん(40)の通訳のもと、同じく職員でありろう当事者の瀬川奈美(せがわ・なみ)さん(45)に聞きました。

オンラインでのインタビューの様子。梅澤さん(写真右)の手話通訳を通して、ろう者である藤川さん(写真左)、瀬川さん(写真中央)にお話を聞きました

「道を歩いている時に車の存在に気付かないことがあったり、電車に乗っている時に車内放送がきこえず事故や遅延などの情報が入ってこないために状況が把握できず、人の流れを見て状況を理解・判断している」と瀬川さん。また、電話ができないこともろう者にとっては困りごとだといいます。

「飲食店の予約や美容院の予約時間の変更、体調が悪くなった際に助けを呼びたい時など、相手に電話で伝えられたらスムーズなのですが、それができません」

私たちのありふれた日常生活の中に、ろう者にとっての困難がある。こちらはエレベーターの非常呼び出しボタン。「押せるには押せますが、ろう者にはその後何が起こるのか、何を話されているのかわかりません。音声で話せないので状況を伝えることができず、ただ不安な中待つしかありません」(藤川さん)

行政の窓口などは手話に対応しているのでしょうか。

「行政機関などでは、私たちが言語として日常で用いる手話言語が通じる窓口がないと困ります。ほとんどの自治体では手話言語通訳者が設置されていますが、すべてではありません。また、どこでもどんな理由でも、自由に手話言語通訳者が呼べるという訳ではありません」と瀬川さん。

東京のお台場を走る新交通システム「ゆりかもめ」の券売機は、音声だけで無くカメラが設置されており、筆談もできるようになっている

「特に山間部や離島など人口が少ない地域では、手話言語通訳ができる人もいないため、手話言語通訳者を窓口につけるというのは物理的に困難です。今回の新型コロナウイルスの流行をきっかけにタブレットやスマートフォンのビデオチャット機能を用いてカメラで撮影しながら手話言語通訳を行う『遠隔手話通訳サービス』の取り組みも広がっています」

きこえないために、
進路ややりたいことも狭まってしまう

公共のサービス以外にも、人生のさまざまなステージにおいて「きこえない」ことによる影響があると話してくれたのは、同じく全日本ろうあ連盟の職員であり、ろう者の藤川太郎(ふじかわ・たろう)さん(40)。

「最も大きいのが『人間関係を築くのが難しい』こと。耳がきこえないために学校の休み時間に友達と雑談できずに寂しい思いをしたり、習い事や趣味を諦めなければいけなかったり…。たとえば親戚の集まりなどでも、ほとんどの人が手話言語はできないので、ろう者は孤独になりがちです」

幼い頃の藤川さん。「生まれつききこえないため、ろう学校の幼稚部では毎日発声の練習が中心でした。写真は、皆の前でお遊戯会か何かで歌っている写真です。特に子音が難しく、大人になった今でも、自分の発音が正しいのかどうかはわかりません」(藤川さん)

生まれつき耳がきこえない中、小学校から大学まで、きこえる人と同じ学校に通ったという藤川さん。勉強や部活動においても、「きこえないこと」の影響は大きかったといいます。

「授業では、先生の口の動きと黒板の板書が頼りです。小学校までは先生もゆっくりしゃべってくれるので何となく口の動きで理解できますが、中学校からは英語やカタカナもたくさん入ってくるし、先生も早口にもなるしで理解は難しかったです。私の好きな授業は、科目に関係なく『話がわかりやすい』先生の授業でした。あと、板書ばかりして生徒の方を見ない先生の方が、私にとってはかえってわかりやすかったです」

藤川さんは、二人のお子さんのパパでもある。「ある卓球大会の国体戦に家族4人で出場した時の一枚です。妻との出会いも卓球を通してでした」(藤川さん)

「部活動では卓球部に入り、練習に励みました。友人にも恵まれて結果的には良かったと思っていますが、本当はバスケットボール部に入りたかった。だけど顧問が話が長くわかりにくい先生だったので、『上手くコミュニケーションをとることは難しいだろうな』と諦めました」

さらに進路選択においても、「きこえないこと」は影響を及ぼしたといいます。

「国語が好きでしたが、国語は先生の話をよく聞かないと答えがわからない。一方で理科や数学は、先生の話がきこえなくても自分が理解すれば答えがわかるし、自分のペースで学ぶことができました。そういうことを踏まえて理系を選択しました。私には文系という選択肢はなかったのです」

仕事においては
成果が出しづらい環境にある

卒業後、一般企業に就職した藤川さん。ろう者は仕事の面において「成果を出しづらい環境にある」と指摘します。

「指示された業務自体はできるのですが、職場の人たちと雑談もできないし、会議に参加してもその内容、特に経過がわからない。コミュニケーションがとれないので、一緒に働く仲間に対して『この人はこんな性格なんだな、だからこの人にはこう対応しよう』とか『困っているんだな』ということが理解できず、やりにくいということがありました」

「指示や伝わる情報も最終的な結論・結果だけが降りてくる状態なので、なぜそうなったのかとか、なぜそれをするのかといった背景がつかめず、指示されたことや求められたことはできても、期待以上の成果を出すことができませんでした。悔しかったです」

昨年、海外出張でスイスにある国際連合本部を訪れた藤川さん。「全日本ろうあ連盟の職員として、非常にやりがいのある仕事をさせていただいています」(藤川さん)

「過程などを知っていれば創意工夫をしたり提案したりできますが、結論だけしか与えられないとなった時、どうしても単純な事務作業になりがち」と話すのは、通訳の梅澤さん。

「企業は『障害者雇用促進法』によって障がいのある人を一定の割合以上雇うことが義務付けられています。しかし、その中でもろう者はなかなか選ばれにくい現実があります。というのも、ろう者は社内でのコミュニーションが難しく、電話対応ができないから。会議にろう者が参加するためには毎回手話言語通訳者を呼ばなければならず、『お金がかかる』『会社の守秘義務が部外に漏れてしまう』と敬遠されることもあります」

「手話言語は、私たちの母語」

ろう者のオリンピック「デフリンピック」。2017年にトルコで開催された夏季デフリンピックにて、日本は女子バレーボールで優勝。手話言語で国歌斉唱を行う選手の皆さん

「私たちにとって、手話言語は母語」と藤川さん。

「同じ日本語の中で、きこえる人は音声言語を用い、私たちは手話言語を用いています。この手話言語が公用語として法律で認められれば、これまで述べてきたような問題も一つひとつ解決され、手話言語で生活する私たちにとって生きやすい社会が広がると思っています」

「手話言語と聞くと『きこえない人のためのもの』と思われる方がほとんどではないでしょうか。我々ろう者にとって、手話言語は自らの意志を伝え、コミュニケーションをとる時になくてはならないものですが、しかし同時に『きこえる人にとっても必要なもの』です。ろう者だけが得をするというものではなく、きこえる人ときこえない人とがコミュニケーションをとる際、両方にとって必要なものではないでしょうか」

子どもの頃の梅澤さん(左)と弟さん(右)。「弟が『きこえない』ということが当たり前だったので、私としては違和感を覚えたことはありませんでした。昔から仲が良く、弟は今でも、私が手話関係の仕事をしていることについて尊敬してくれているようです。お世辞かもしれませんが(笑)」(梅澤さん)

さらに手話言語が認められることで、「当事者が『手話言語を使うろう者であること』に堂々とアイデンティティを持てる社会になってほしい」と梅澤さん。

「医療の発展によって、今は生まれてすぐに聴覚障害があるかを調べることができるようになりました。もし子どもがきこえないとわかった場合、ほとんどはきこえる人が親ですので、医者の勧めもあって人工内耳の手術をし、聴力を生かして少しでもきこえる人に近づけようという事例が増えてきています。しかしその選択肢だけではなく、きこえない人が手話を自分の言語として生活し、きこえる人に比べて引け目を感じることなく堂々と生きられる社会になって欲しいというのが私たちの願いです」

「きこえないことではなく、
きこえないことによって生じる壁が『障がい』」

「障がいは『きこえないこと』ではなく、『きこえないことによって生じる壁』」と二人。

「きこえないことは、特に外からは見えづらい障害です。よく『身近にろう者はいない』『見たことない』とおっしゃる方もいますが、見た目ではわからないだけで、必ずどこかで会っているし、見ているはずです。だからまず、きこえない人が皆さんの身近にもいるということを知ってもらえたらと思います。そして『コミュニケーションをとる』ことを諦めないでくれたら嬉しい。手話言語を覚えてくださったらもちろんうれしいですが、それよりも何よりも、まずは身近に、当たり前にいる存在としてきこえない人のことを知って欲しいです」(梅澤さん)

「相手がきこえなかったとしても、『コミュニケーションをとりたい』という気持ちを大事にしてほしい。その気持ちさえあれば、手話言語ができなくても筆談やスマートフォンのアプリやジェスチャーなど、様々な方法で対話することができる。だから、まず私たちろう者のことを知って欲しい。そして、『伝えたい』という気持ちで戸惑うことなく積極的にコミュニケーションをとってくださったらうれしいですね」(藤川さん)

団体の活動を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、「全日本ろうあ連盟」と1週間限定でキャンペーンを実施し、オリジナルのチャリティーアイテムを販売します。「JAMMIN×全日本ろうあ連盟」コラボアイテムを買うごとに700円が団体へとチャリティーされ、ろう者がより生きやすい社会を築いていくための活動資金として活用されます。

「JAMMIN×全日本ろうあ連盟」9/21~9/27の1週間限定販売のコラボアイテム(写真はベーシックTシャツ(カラー:ネイビー、価格は700円のチャリティー・税込で3500円))。他にパーカー、トートバッグやキッズTシャツなども販売中

JAMMINがデザインしたコラボデザインに描かれているのは、手話で「人と人とが会う」という手のかたち。向き合う手は手話そのものを表すと同時に、きこえる人ときこえない人とが、共に向き合って心を通わせる様子を表現しました。さらに手の間には、相手を思いやる温かな心、そして明るい未来を象徴する灯を描いています。

チャリティーアイテムの販売期間は、9月21日~9月27日の1週間。JAMMINホームページから購入できます。JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中!こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。

「きこえなくても、コミュニケーションをあきらめないで」。きっと身近にいるろう者を知って〜一般財団法人全日本ろうあ連盟

山本 めぐみ(JAMMIN):JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。2019年11月に創業7年目を迎え、コラボした団体の数は300を超え、チャリティー総額は4,500万円を突破しました!

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