新潟県の越後妻有(えちごつまり)(十日町市・津南町)で3年に1度開催される「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」が今夏開かれる。前回は約51万人を動員し、地域活性の好事例の一つとして知られる名物企画だが、総合ディレクターを務める北川フラムさんにとっては、暴走する資本主義への「警告」であった。このアート展へ込めた真意を探った。(聞き手・オルタナS編集長=池田 真隆)

インタビューを受ける北川フラムさん

――「大地の芸術祭」ではアートで地域活性化に取り組んでいます。地域を盛り上げるために、アートの役割をどうお考えでしょうか。

まず、美術を「美しいもの」と訳してしまうことが失敗です。ぼくは、美術は人が自然や風土とつながる手立てだと思っています。つまり、美術館でひっそりと自己主張するのではなく、その土地が持っている風土を人に知らしめる役割が美術にはあるのです。

そういう意味では、風土が残っている田舎で展開しないといけません。むしろ、田舎で成功できなかったら、もう美術展を企画するのを辞めようとまで思っていました。

草間彌生さんの作品「花咲ける妻有」 撮影:中村脩

内海昭子さんの作品「たくさんの失われた窓のために」 撮影:倉谷拓朴

――前回(2015年)は国内外から約51万人が訪れ、その経済効果は50億円とされています。成功した要因は何だとお考えでしょうか。

美術が持つ「あいまいな媒介性」のおかげだと思います。美術作品は、赤ちゃんのようなものです。手間がかかり、役に立ちませんが、おもしろさがある。だから、みんなで面倒を見る。美術の魅力は、そういう手間がかかったおもしろさにあると思います。

総合ディレクターとして企画するにあたり、あえて「効率を悪くした」ことも功を奏しました。大地の芸術祭では、十日町市と津南町にある6つの地域をまたがり作品を置きました。提案した当初、住民や自治体からは、「一カ所で企画してくれ」と猛反対を受けましたが、ぼくは絶対にそうはしたくなかった。

実際、全作品を見るためには200ほどの集落を回らないといけません。なかには、バスが走っていなかったり、コンビニエンスストアがなかったりする地域もある。でも、旅を楽しくする「手間」を味わえます。

「コンビニがないから昼飯はどうしようか」「どういう経路で回ろうか」などを、自分で考えるようになります。自分の頭で考えるから、実は、その方法が自分にとって一番やりやすく、さらに、達成できたときには、うれしさが込み上げてきます。

非効率なことをしているように見えますが、自分で考えざるを得ない環境にしたことによって、その人にとっては「効率的」になったのです。

――非効率な環境を、あえて、逆手に取った訳ですね。

今回、近代建築を乗り超えるために、ある実験的な試みを目玉企画と用意していますが、その企画も同じように逆手に取って考えました。

グローバル資本主義は「均質化」と「効率化」によって経済を拡大させてきました。その流れは美術や建築も同じで、「均質空間」が各地に広がってしまいました。いまでは、渋谷でも恵比寿でも、六本木でも同じような曲が流れ、似たような施設が並びます。世界の都市が似てきたのもそうです。ユーティリティ化は進みましたが、その土地が本来持っていた風土は消されてしまったのです。

テクノロジーによって情報処理の速度と正確性が年々上がる社会では、美術家には、作品を通して、その土地が持っていた資源の価値を明らかにすることが求められているのです。作品を見ることで、「あ、この地域のここがいいな」と感じさせてほしいのです。

今回はそのための目玉企画として、四畳半の大きさでつくった作品を募集しています。四畳半は均質空間の最たる象徴です。

――この企画の名称として、「2018年の<方丈記私記>~建築家とアーティストによる四畳半の宇宙~」と名付けました。その由来は何でしょうか。

エシカル(倫理性)を欠いた資本主義の暴走で、格差が拡大し、地球環境も悪化しています。日本は完全に米国の稚児になってしまい、今後の展望も見えません。

出口のない迷路に迷い込んだ状態であり、それは動乱が相次いだ中世の世界に似ています。そんな時代に鴨長明は四畳半の空間から世界を俯瞰し、自分の足場を見つめ直しました。

土地の歴史や風土が消えた空間が世界を覆っているなかで、建築家にも四畳半という最小単位で何ができるかを考えてもらいたかったのです。

ドミニク・ペロー アーキテクチャーさんの作品イメージ

YORIKOさんの作品イメージ

――世界的な建築家を含め250を超える応募があったそうですね。どのような作品を選びましたか。

いまの時代の優秀な建築家は、アクティビティまで考え抜きます。建築空間を作る際に、そこでの動き方も徹底的に議論しています。

今回は十日町市の中心市街地からの要請を受け、この四畳半の作品をどうにか生かせないか考えています。テナントが入っておらず虫食い状態になった空きビルや空き家が目立つので、そこに食い込ませます。大きさが四畳半なので、ちょっとした空きスペースがあれば十分です。

中心市街地は既得権益もあり、田舎と比べて簡単に再開発や区画整理ができない。そこで、特徴のある四畳半の空間を埋め込んでいく手法を取ったのです。この空間が50から100個できれば、それだけで特色ある地域になるはずです。

将来的には、遠く離れた空間どうしでもコミュニケーションが取れるようにしていきたい。それはインターネットを使ってのことになるかと思いますが、見えなかった関係性を見えるようにしていきたい。インビジブルシティとして提案したいと考えています。

もしかしたら、それは地域全体にトロッコを走らせることが有効なのかとも考えています。スキー場のリフトのように、ガラガラ回っていて、いつでもひょっと乗れて、好きな場所で降りることができる。乗り物の楽しさも伝えられますし、どうでしょうか。

◆ただいまクラウドファンディング「Makuake」で「2018年の<方丈記私記>展」を応援する取り組みに挑戦中!詳しくは:https://www.makuake.com/project/hojokishiki2018/

北川フラム
1946年新潟県高田市(現上越市)生まれ。東京芸術大学卒業。「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」「瀬戸内国際芸術祭」「北アルプス国際芸術祭」「奥能登国際芸術祭」の総合ディレクター。 地域づくりの実践として、「ファーレ立川アート計画」(1994/日本都市計画学会計画設計賞他受賞)や「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」(第7回オーライ!ニッポン大賞グランプリ〔内閣総理大臣賞〕他受賞)ほか、 長年の文化活動により、2003年フランス共和国政府より芸術文化勲章シュヴァリエを受勲。2006年度芸術選奨文部科学大臣賞(芸術振興部門)、2007年度国際交流奨励賞・文化芸術交流賞受賞。2010年香川県文化功労賞受賞。 2012年オーストラリア名誉勲章・オフィサー受賞。2016年紫綬褒章受章。2017年朝日賞受賞。


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