行き場がなく殺処分一歩手前の馬たちを家族のように受け入れ、命が尽きるその時まで、愛情を込めてお世話する牧場があります。10年前に牧場をはじめたのは主婦だった一人の女性。馬と出会い癒されたという彼女は、牧場で馬たちと共に暮らしながら「馬を通じて、命の尊さを伝えたい」と話します。(JAMMIN=山本 めぐみ)

行き先のない馬を引き取り、最期まで共に過ごす

あしずりダディー牧場の食餌の時間。一頭ずつ年齢や体調に合わせて餌を配合、サプリメントや薬も混ぜたりしながら日々の生活をサポートする。「中には『早く、早く!』と前肢をかいてアピールする子も。高齢で歯が悪い子は、大好物のニンジンも小さく刻んであげます」(宮﨑さん)

高知県土佐清水市、足摺(あしずり)岬のほど近くにある「ダディー牧場」。NPO法人「あしずりダディー牧場 命の会」代表の宮﨑栄美(みやざき・えみ)さん(62)が、主婦から一転、「動物たちの命を守ること」を目標に、50歳を過ぎてスタートした牧場です。

「元競走馬や元乗馬など引退後に行き先がない馬を引き取り、最期までお世話をする活動をしています。同時にNPOとして、こういった馬を通じて子どもたちに命の温もりや尊さを知ってもらうための活動もしています」と宮﨑さん。現在牧場には、15頭の馬がいます。

「馬主さんからの預託、あるいは馬主さんがいない馬は『支援馬』というかたちで、ここでの生活を一口3000円からたくさんの方にご支援いただいています。私にとって、馬はまさに家族同然。一頭一頭、毎日人間と同じ言葉で話しかけ、様子や体調を見たり感じたりしながら、共に暮らしています」

「常に馬ファースト。『馬が幸せか』を考えながら、愛情を持ってお世話する」

宮﨑さんの乗馬のパートナー「ダディー」。「乗馬を始めた頃、地元農業高校馬術部でパートナーとなってくれたダディーは7歳で亡くなりました。その子に敬意を表し、初めて迎える自分の愛馬の名前は『ダディー』にしようと心に決めていました。7歳で亡くなった初代ダディーの分も一緒に私といてくれています」(宮﨑さん)

牧場の中でも、特に自信があるのが「広く清潔な馬房(馬の部屋)」と宮﨑さん。

「引退した馬が過ごす養老牧場は全国にいくつかありますが、日本中央競馬会(JRA)から視察に来られた方たちからも『日本で一番きれいな馬房』とお墨付きをいただきました」

「馬にとって食事をしたり寝転んだり排泄したりする馬房は、毎日のお世話の中でも最大限の労力をかけています。普通はコンクリートの床の上にゴムマットを置き、その上におが屑を敷くのですが、ダディー牧場では土の床の上におが屑を敷き、ふわふわのベッドを作っています」

ダディー牧場の馬房。「地元のおじさんたちが手作りで一生懸命作ってくれました。暖かく清潔な厩舎は、雨の日も風の日も、熱い夏も寒い冬も、馬たちをしっかりと守ってくれています」(宮﨑さん)

「自然の土なので、夏は涼しく冬は温かいです。清潔さを保つことも常々意識しており、糞尿の掃除や水や餌のバケツも、人間が生活するのと同じように清潔にするように心がけています」

「見学に来てくださった方から『手間がかかりますね』『お金がかかりますね』と言っていただくのですが、ここでは人間のエゴや都合ではなく、いつも馬の立場で「馬が幸せかどうか」を優先しています。だから『馬が幸せですね』と言ってもらえたら嬉しいです」

活躍できなければ、処分され肉として流通する命

「大切にしていた『ルック』が亡くなった際の写真です。馬たちを何度見送っても『慣れる』ということはありません。苦しんでいる姿を見るのはつらいし、看取る場所である養老牧場なので覚悟はしていてもやはり淋しい。でも『最期までよく頑張ったね』と見送ってあげる場所も必要ですし、その馬の生きた証を心に刻む大切な仕事だと思っています」(宮﨑さん)

ダディー牧場にいるのは、他に行き場がなく、処分の一歩手前だった馬たち。一体どういうことなのでしょうか。

「昔から、馬の世界には『居なくなった馬の行先を追わない』という暗黙の了解がありました。競馬で活躍する競走馬をはじめとして、第一線で活躍できなくなった馬が、その後人知れず処分され、馬肉となって売買され流通しているという事実があります」

「馬は体が大きく、飼う上で広い場所が必要ですし、餌代などもかさみます。そのため犬や猫と違って、なかなか一般の人が保護したり飼ったりすることができません。馬の世界で活躍できないなら、『生きるためにお金や場所や労力がかかるだけだから処分してしまえ』と殺されてしまうことがほとんどでした」

「ダディー牧場ではどんなに作業工程が多くても一日に最低一度は全頭に触れ、怪我はしていないか、どこか異常が起きてないか、馬体をチェックしています。馬は物言わぬ動物なので、ちょっとした変化にも私たち人間が敏感にならないといけません。手で触れることはまた、一頭一頭との日々のコミュニケーションの一環でもあると考えています」(宮﨑さん)

「私たちのような養老牧場と名のつく牧場がこういった馬を引き取り、最期の瞬間、看取るところまでお世話していますが、『いらなくなったら捨てる』という社会のシステム自体を変えるために、こういった馬たちが社会で活躍できる場を模索しながら活動しています」

「ただ引退後の競走馬については、昔に比べて状況は良くなっています。競馬場が社交場として広く一般に受け入れられるようになり、女性ファンも増えました。単純に成績の良し悪しではなく『この馬が好き』とそれぞれの馬にファンがつくようになり、ひと昔前のように簡単に馬の処分ができなくなったのです」

「さらにインターネットやSNSの発達で、馬のファン同士の交流や情報交換も盛んになりました。『引退したあの馬が今どうしているか』『今どこの牧場にいるか』といった情報の発信・収集も活発になり、引退した馬をうかつに処分することができなくなってきています」

「勝ち馬が、いつまで経っても勝つ世界」

G1で活躍、2015年NHKマイルカップで優勝した「クラリティスカイ」。「父親の『クロフネ』もG1で勝利した、競走馬としては正真正銘の血統のある馬です。いざ迎えて一緒に生活すると、甘えん坊な一面やお茶目な一面もある、ごく普通の愛らしい馬です。人は作り上げた幻想でその馬を見ますが、彼らはそんなこと関係なく生き、どんな命もただ愛しいのだとつくづく感じます」(宮﨑さん)

「競走馬に関して言うと、ただ競馬のために、競走馬になるという目的で年間6〜7000頭の新たな命が誕生しています」と宮﨑さん。

「しかしその中で競走馬になることができ、さらに活躍できる馬はごくごくわずか。適正がないと判断されると、赤ん坊の時に殺される馬もいます。あるいは勝てない馬は、その馬を産んだ母馬も一緒に屠殺場に送られて馬肉になることもあります

「一方で功績を残した馬は、牡馬も牝馬も次なる優秀なサラブレッドを生むために『種馬』や『繁殖馬』として重宝されます。高いものになると一回の種付け料が何百万、何千万という世界です。…そうやって競走馬として走る以上に、人間が馬でお金を儲けてきました」

「つまり、勝ち馬がいつまで経っても勝つ世界で、負けて成績を残せなかった馬は、いつまで経っても本当にみじめな状態で、生まれても踏み台にされ、大事にされることもなく処分されてきました。悲しいことですが、このようなことが常識としてまかり通ってきた事実があるのです」

ダディー牧場には2ヶ月に1度、蹄(ひづめ)の手入れのために牧場に装蹄師さんがやって来る。「馬たちも心得ていて、素直に削蹄に協力してくれます」(宮﨑さん)

中には乗馬クラブへ移る馬も。しかし「乗馬クラブに行けば安心かというとそういうわけではありません」と宮﨑さんは指摘します。

「最期まで面倒を見るところもありますが、やはり馬のお世話にはお金がかかるので、ここでも役に立たないと判断されると多くのケースで処分されます。殺して馬肉として売れば、少しでもお金が手に入る。馬は本当に、最後の一滴まで絞り取られているのです」

「人が馬で得た儲けを、自分の懐に入れるのではなく馬に還元していけば、今の社会でもっと馬が活きる環境やしくみを増やしていくことができると考えています。馬と人とが触れ合える環境、馬糞を生かした農業…、より自然なかたちで自然を循環していくことができるのではないでしょうか」

ありのままでいいんだよ。高齢馬「コジロー」が教えてくれたこと

仲良しの馬たちのグルーミング。「自分では届かない首筋や背中、たてがみなどを甘噛みします。お互いを気遣い、優しく労わり合う姿に、『あぁ、仲良く安心して暮らしているんだな』と心の奥が温かくなります」(宮﨑さん)

「馬の姿を見た時、頭ではなく心で感じるメッセージがある」と宮﨑さん。ダディー牧場一の高齢馬、推定31歳の「コジロー」のエピソードを話してくれました。

「コジローは競走馬として生まれましたが、日の目を見ずに乗馬クラブへ移されて、長きに渡ってあちこち乗りまわされました。言ってしまえば幸薄い一生だったかもしれません。それでも体力があったのでしょう。生きながらえ、良い馬主さんに巡り合って私たちのところにたどり着きました」

「そんなコジローを見ていると、いつも教えられるんです。『そのままでいいんだよ、ありのままでいいんだよ。何もしなくてもすばらしいんだよ』と。今は認知症の症状が進み、自分の馬房がどこかもわからないコジローですが、作業の合間にふと、彼が歩いていたりくつろいでいたり、すべてを受け入れて一生懸命生きている姿が目に入った時、ただただ、言葉にならない感動であふれるのです」

高齢馬「コジロー」(写真手前)の放牧風景。「「他のお馬さんが草を食べていようとゴロゴロ砂浴びをしていようと、寝たければそこで寝る、究極のマイペースなお馬さんです」(宮﨑さん)

「馬は、エゴで飾るのでも主張するのでも相手を説得しようとするのでもなく、ただそこにいてくれます。人はつい頭で考え、エゴや不満、不安や『こうしなければならない』という意識を抱きがちです。それは果たして『本当の自分の声に耳を傾けて生きている』と言えるでしょうか」

「それよりもただ、『今この瞬間が素晴らしい』と思える。すべてを受け入れ、感謝し、『自分はこのままでいいんだ。ありのままでいいんだ』と気づく。私は馬によってそれを感じ、癒されました」

「忘れていた『自分を信じること』を思い出し、目覚めさせてくれる力が、馬にはある。『ああ、これが馬の力なんだ』と思いましたし、一人でも多くの人が、馬に触れることで何か自分の本質に触れ、『私は私のままでいいんだ』と自分を取り戻し信じられるような、そんなきっかけを作ることができたらと思っています」

「由美子は、肉になるべきではない」。肉になるはずだった命が、人を癒し感動を与える存在に

もう一頭、少し前に保護した「由美子」は、牧場から30分ほどの場所にある肥育牧場(肉として出荷するために、たくさん餌を与えて大きくする牧場)の最後の一頭でした。

「ある日、この牧場を経営していたおじいさんが、『この子を出荷したら牧場を辞める』と。私は定期的に訪問し、牧場に来てから5年の歳月、ずっと由美子を見守ってきました。どんどん大きくなっていよいよ肉として市場に出されることが決まった時、由美子をなんとか助けてやりたいと思いました」

「肉として出荷される前、いつものように無邪気に私に寄ってくる由美子を見て、不思議ですが馬と人間という関係性を超えて、由美子に対して親子の縁のようなものを感じたのです。『由美子は、肉になるべきではない』と強く思いました」

そこで宮﨑さんはクラウドファンディングを実施、集まった資金をもとに由美子を買いとり、専門の調教師のいる北海道へ運び、馬車馬としての訓練を積ませました。

北海道で馬車を曳く由美子。「肥育牧場で育った由美子は、北海道へ行くまで人を乗せることをしてきませんでした。大自然の美しい環境の中で元気に調教に励み、数ヶ月の調教を経て、雪の上を走るソリ、ドクタバギー、ビクトリア馬車とさまざまなものを曳くことのできる馬に大きく成長していました」(宮﨑さん)

「助けるからには、世間から忘れられた存在になるのではなくにぎやかな生活をさせてやりたい、由美子なりに生きる目的や意味を作ってあげたいと思いました。由美子は希少な『ブルトン』という品種です。体重は800キロから1トンと大きく、力持ちだけど温厚でやさしい性質。なので、馬車を引く馬として特別な調教を受ければ、たくさんの人に愛されながら活躍できると思ったのです」

その後、十勝の施設で活躍し、一生懸命に走る姿が多くの人を魅了した由美子。

「馬肉になるはずだった命が、人々を癒し、感動をくれる存在になった。それはすごく嬉しいことでした」と宮﨑さん。

「今の世の中、多くの人が『自分はつまらない人間だ』と思い込み、小さな殻に閉じこもって自分を制限しながら生きています。本来は無限の力を持っているのに、そのことを忘れているんです。そうじゃないんだということを、あなたの命には無限の可能性があるのだということを、私はこれからも馬と共に伝えていきたい」

牧場の馬たちを応援できるチャリティーキャンペーン 

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、「あしずりダディー牧場 命の会」と7/12(月)〜7/18(日)の1週間限定でキャンペーンを実施、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。

JAMMINのホームページからチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円が「あしずりダディー牧場 命の会」へとチャリティーされ、牧場にいる馬たちの健康な生活のために活用されます。

「JAMMIN×あしずりダディー牧場 命の会」7/12〜7/18の1週間限定販売のコラボアイテム(写真はTシャツ(ベージュ、700円のチャリティー・税込で3500円)。他にもスウェットやパーカー、トートバッグやキッズTシャツなど販売中

JAMMINがデザインしたコラボデザインには、馬と、馬にやさしく触れる人の手を描きました。人が馬に触れることで、相互に生まれる温かい感情、本当の自分への気づきやリスペクトを表現しています。

JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中。こちらもあわせてチェックしてみてくださいね!

行き場がなく処分される馬を一頭でも守り、看取りながら、馬に触れて感じた「命の尊さ」を一人でも多くの人に伝えたい〜NPO法人あしずりダディー牧場 命の会

山本めぐみ:JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。2014年からコラボした団体の数は360を超え、チャリティー総額は6,000万円を突破しました。

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