「ユキヒョウ」をご存知ですか。世界で最も高いところに生息する、幻のネコ科動物。標高が高く険しい山々にくらしていることから、他の大型ネコ科動物に比べ、その生態は未だ多くの謎に包まれています。実はユキヒョウ、密猟や人間の生活の影響により個体数が減少し絶滅が危惧されています。研究と広告の道に進んだ双子の姉妹が、それぞれの専門性を生かしてユキヒョウの保全活動に取り組んでいます。(JAMMIN=山本 めぐみ)

ユキヒョウの生態を調査、保全に生かしながら魅力を発信

赤外線センサー自動撮影カメラ(赤外線カメラ)で撮影したキルギスのユキヒョウ。「ユキヒョウは酸素が薄く寒い高山でも十分に呼吸ができるよう、他の大型ネコ科動物に比べて鼻腔の幅が広くなっています。耳が小さくて顔が丸く、どこか愛嬌が感じられるのも特徴の一つです」

双子の姉で、希少動物の繁殖を専門に研究し、現在は京都大学野生動物研究センターに勤務する木下(きのした)こづえさん(37)と、コピーライターとして広告会社に勤務する妹のさとみさん(37)。それぞれの専門性を生かし「twinstrust(ツインズトラスト)」という団体を立ち上げ、ユキヒョウの保全活動に取り組んでいます。

「ユキヒョウに限らず、どんな動物も絶滅の危機は決して遠い出来事ではありません」と二人。

お話をお伺いした木下こづえさん(右)とさとみさん(左)

「私たちの取り組む『まもろうPROJECT(プロジェクト)』は、研究者やクリエーターが一緒になって、絶滅危惧種を保全するプロジェクトです。まだまだ謎の多いユキヒョウの生態を調査して保全に生かすだけでなく、日本でもユキヒョウの魅力をたくさんの方に知ってもらうことで、皆で一緒に共存のあり方を考えていくことができたらと思っています」

まもろうPROJECTでは、これまでにモンゴルやキルギス、インドで活動する現地のユキヒョウ保全団体と一緒に生態調査を行ってきました。その一方で、キルギスではJICA(国際協力機構)の「一村一品プロジェクト」に賛同し、伝統的な羊毛を生かしたユキヒョウグッズの制作を現地の女性たちに依頼。地域経済の活性化につなげるだけなく、これらのグッズを神戸どうぶつ王国、那須どうぶつ王国、盛岡市動物公園ZOOMOの3つの動物園で販売し、収益の一部をユキヒョウの調査や保全のための活動費として活用しています。

ユキヒョウってどんな動物?

赤外線カメラで撮影したキルギスのユキヒョウ。「右奥には氷山が見えます。このユキヒョウは、この場所に5時間もいて、ときどき辺りを見まわし、辺りに獲物がいないか探しているようでした。居眠りしたり、風を感じているような表情をしたり…。厳しい環境下で生きているユキヒョウですが、どこかのんびりとしたやさしい雰囲気が感じられる一枚です」

「ユキヒョウはネコ科、あるいはおそらく哺乳類の中で、世界で最も高いところにくらしている動物です。北はロシアから南はネパールまで、標高6,000メートル級の山々が広がる中央アジアの12か国にまたがって生息しています」とこづえさん。

「体の大きさは頭からお尻までで1メートルほど。長いシッポが特徴で、シッポだけで1メートルあります。体重は20〜50キロほど。模様も面白くて、脚はチーター、腰がヒョウ、背中はジャガー、おでこはトラ柄。顔のかたちや鼻の穴の広さ、足裏の大きさや肉球の間の毛の長さ・密度、鳴き声などもトラやヒョウとは大きく異なります」

「性格は他のネコ科動物よりも比較的温厚で、これまでに人を襲って殺した経歴のない大型ネコ科動物といわれています。ただ、その生態はまだまだわかっていないことが多く、調査が進んでいます」

現在の生息数は世界で約3,000頭。ユキヒョウを、野生動物との共存を考えるきっかけに

「ユキヒョウは寒い場所でも生きられるよう、毛が長くフワフワ。写真は昼寝をした後に伸びをしている様子。ゴツゴツした岩崖で獲物を追いかけるため、重心が低く脚が短いのが特徴です。また、長いシッポでバランスをとりながら、急峻な岩場を駆け降ります」

現在、絶滅が危惧されているユキヒョウ。その生息数は世界で約3,000頭といわれています(IUCN Red List, 2017)。

「減少している理由はいくつか挙げられます。毛皮などを目的に密猟されたり、ユキヒョウ以外にも、餌動物であるアイベックスなどが密猟されることで生息数が減少しているといわれています。密猟の背景には、現地の人たちの現金収入の低さも影響しています」

「ユキヒョウの生息地は、高地であるため多くの国境地帯とも重なっており、その一部は紛争地域も含みます。国境付近では怪しい動きがないか現地のレンジャーが取り締まっていますが、彼らも給料が低く後継者が育ちにくいため、レンジャーの高齢化も問題になっています。私たちのような研究者が訪れ、レンジャーの皆さんに調査に協力してもらい謝礼を支払うこともあります」

モンゴルの遊牧風景。「たくさんの羊と山羊を遊牧すると、その分草地が減り、砂漠化や同じ草を食べる草食動物(ユキヒョウの餌動物)の減少につながってしまいます」

「明言はできませんが、ユキヒョウの生息数が減っている原因は、私たちの生活とも密接に関わっています」とさとみさん。

「遊牧民には、自然と調和しながら生きる『伝統知』というものがあります。生態系維持の象徴としてユキヒョウをあがめ、たとえ家畜がユキヒョウに襲われても報復殺をすることなく、命の需要と供給のバランスを大切にしてきました」

「しかし社会主義体制の崩壊後、日本を含む先進国の民間企業の参入で、遊牧民の生活は一変しました。カシミア(山羊)の増産による過放牧などがそうです。モンゴルなどは著しい経済発展を遂げていますが、その一方で伝統知の継承が薄れ、自然環境は悪化の一途をたどっています」

「人間の介入によって、自然界のバランスが崩れつつあります。人の生活は豊かになるかもしれませんが、一方で動物たちのくらしに影響を与え、それによって命を奪ってしまっている現実があります。野生動物との共存を考えていく一つの例として、ユキヒョウに興味を持ってもらえたら嬉しいです」

繁殖を研究する中で気づいた、野生を知ることの大切さ

生態調査のために赤外線カメラを設置する様子。「ユキヒョウの痕跡(フンや尿、足あと)を発見した場所にカメラを設置します。撮影した野生のユキヒョウ写真と動画は動物園での教育展示などにも活用していただいています」

もともと、動物園や水族館で希少種の人工繁殖を専門にしている研究室に所属していたこづえさん。

「私自身は人工繁殖よりも自然繁殖に興味があったので、動物のフンに含まれる成分から動物の発情や妊娠といった生理状態を調べ、繁殖に生かす研究をしていました。その中でユキヒョウと出会い、同じように行動や生理変化を調べながら、繁殖のためにオスとメスをペアリングしていました」

繁殖の研究の道を歩み始めた頃のこづえさん。「動物園で毎朝ユキヒョウを観察し、フンを採取して発情や妊娠状態を調べていました。動物たちだけでなく動物園の獣医さんや飼育係の皆さんに会えることも楽しみで、6年間通い続けていました」

「でも、なかなかうまくいかなくて…。ユキヒョウは標高の高い場所にひとりでくらす、まさに孤高の生きものです。野生でどうやって繁殖相手を見つけ、コミュニケーションをとって交尾をするのかを知らないまま、動物園で繁殖成功を導けるのか。次第に疑問を抱くようになりました」

「動物園で彼らが命をつないでいくには、何が必要なのだろう。動物園の動物が子を残さないとしたら、それはきっと彼らなりの残せない理由があるのかもしれない。繁殖を専門にする研究者として、まずは野生でのくらしを知らなければ繁殖は導けないと思い、現地を訪れて調査をするようになったのです」

動物園は、都市と野生の大地をつなぐ「窓・扉」

こづえさんがユキヒョウ研究を始めるきっかけとなった2頭のユキヒョウ。「動物園には他のネコ科動物もたくさん飼育されています。ぜひ違いをじっくり観察して、それぞれの特徴を見つけてみてください。同時に複数のネコ科動物を見比べるのは、動物園でしかできないことです」

その魅力を知れば知るほど、「もっと多くの人にユキヒョウを知ってもらいたい」と思うようになったこづえさん。広告の世界にいたさとみさんに声をかけ、2013年より二人で活動を開始します。

「活動を始めた当初、ユキヒョウは全然知られていませんでした。動物園でも、ゾウやキリン、ライオンに比べてマイナーな生きものなので、多くの人が素通りしたり、『チーターだ!』と別の動物と勘違いしたり…。でも、耳が小さかったりシッポが長かったり、他の動物もそうですが、よく観察するとその生きものにしかない唯一無二の特徴があるんですよね。それぞれの生息環境に適したプロフェッショナル性をもっているんです」

「ユキヒョウに限らず、動物園の動物は、都市と野生とをつなぐ『親善大使』。動物園と野生はそれぞれ分断されて個別に存在するのではなく、同じ地球上の地続きにあります。二人でやるからには、動物たちがくらす本来の野生を感じてもらえるような発信を動物園と一緒に実施したいと思い、まずはクラウドファンディングを機にプロジェクトをスタートさせました」

「インドで出会った野生のユキヒョウです。しばらく観察した後、岩の影へと消えていく前に、最後に撮った一枚です」

「同時に、野生での調査研究を通じて、動物園や動物園の動物たちにもフィードバックできるような活動にしたい。それが私たちの根底にある思いです」

「『まもろうPROJECT』というプロジェクト名で活動していますが、ただ動物だけを守ればいいということではなく、ユキヒョウがくらす環境(そこではどんな風が吹き、どんな人たちが、どのようにくらして、野生動物とどう関わっているのか、どう命が循環しているのか)を伝えることが大事だと思っています」

「それはユキヒョウに限らないんですよね。動物園で人気のパンダやキリン、ゾウも、スポットライトを浴びていないマイナー動物も、どんな動物もそれぞれに豊かな特性があり、そこにくらす人々の文化とも関わっています。そして、遠く離れてくらす私たちも、海・空・大地でつながっていますし、食べ物や経済活動で、多かれ少なかれ必ず関わっています」

私たち人間もまた、野生を求めている

「動物や現地のことを知ってもらうのはもちろん、ほんの少しでも野生環境とのつながりを感じ、都会にいながら何か感覚を刺激されるような機会を作っていきたい」と二人。

「都会でくらしていると思考ばかりが先行しがちですが、野生環境にいると、風を肌で感じたり、静けさに耳が敏感になったり、生きものの匂いや気配を感じたり…、五感が忙しく働きます。言うまでもなく、私たち人間も自然の一部です。日々のくらしの中でどこか息苦しさを覚えてしまうのは、自然や野生とのつながりが薄れているからかもしれません」

「その時に、動物園は重要な役割を担っていると考えています。動物の気配やフンのにおい、鳴き声…、都市の中で五感が刺激され、人以外の生きものをぐっと身近に感じられる場所だからです」

「日本には動物園がたくさんあります。ユキヒョウに関していえば、南は熊本から北は北海道まで、9つの動物園でユキヒョウに会うことができます。現地の子どもたちより日本の子どもたちの方が直接見られるチャンスは多いので、ただ『かわいいね』で終わるのではなく、遊びながら、次につながる何かを楽しく持ち帰ってほしい。そのためにもアイデアを振り絞りながら、動物園と野生動物を楽しくつなげられるように、活動を続けていきたいと思います」

団体の活動を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、「まもろうPROJECT ユキヒョウ」と8/30(月)〜9/5(日)の1週間限定でキャンペーンを実施、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。

JAMMINのホームページからチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円が「まもろうPROJECT ユキヒョウ」へとチャリティーされ、ユキヒョウの生息地のひとつ・キルギスにて、生態調査や環境教育などを通じた保全活動のための資金として活用されます。

「JAMMIN×まもろうPROJECT ユキヒョウ」9/30〜9/5の1週間限定販売のコラボアイテム(写真はTシャツ(マスタード、700円のチャリティー・税込で3500円))。他にもエプロンやパーカー、バッグやキッズTシャツなど販売中

JAMMINがデザインしたコラボデザインには、崖の上で夜空に輝く星を眺める2頭のユキヒョウを描きました。雲ひとつない澄んだ空に輝く星は、ユキヒョウを守ることでつながっていく自然や私たちのくらしの豊かさ、そしてまたこの大地の存在するすべての生き物の、かけがえのない命の輝きを表しています。

JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中。こちらもあわせてチェックしてみてくださいね!

ユキヒョウを通じて人と野生をつなぎ、野生動物との豊かな共存への道を考える〜まもろうPROJETC ユキヒョウ

山本めぐみ:JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。2014年からコラボした団体の数は360を超え、チャリティー総額は6,000万円を突破しました。

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