虐待や発達障害など困難な背景を抱え、心のケアを最も必要としている子どもたちに専門的な心理療法を継続して受けられるしくみを提供し、それによって子どもたちが自ら生きる力を切り拓ける社会づくりを目指すNPOがあります。日本ではまだまだ馴染みの薄い心理療法。深く傷を負った子どもの心のどのようにアプローチするのでしょうか。(JAMMIN=山本 めぐみ)
子どもに専門的な心理療法を提供、同時にセラピストの育成も
虐待や発達障害など困難な背景を抱え、心のケアを最も必要としている子どもたち専門的な心理療法を安価かつ安定的に受けられるしくみを提供している認定NPO法人「子どもの心理療法支援会(サポチル)」(京都)。
「虐待を受けた子どもや発達障害を抱える子どもが、無料、あるいは安価で心理療法を受けられるよう支援の場を提供しています」と話すのは、団体理事であり臨床心理士・医学博士の藤森旭人(ふじもり・あきひと)さん(38)。
被虐待児については1回5000円のセラピーを団体が全額負担、発達障害児については3000円を団体が負担というかたちで専門的な心のケアを提供しています。同時に、専門性を持ったセラピストの育成にも力を入れています。
心理療法を行う臨床心理士は、一定の経験と知識が必要。資格試験に合格する必要もあります。「ただ、ひとまとめに心理療法といっても、対象が子どもなのか成人なのか、あるいは高齢者なのかによっても異なりますし、対象は同じであってもどうアプローチするのか、その方法論もさまざまです」と藤森さん。
「サポチルでは主に臨床心理士や公認心理師、精神科医など普段から子どもの心のケアに関わる方に向けて、『精神分析的心理療法』による、より専門的なアプローチを追求する研修などにも力を入れています」
心の状態が表れる「プレイセラピー」
サポチルが最良のアプローチだと考える「精神分析的心理療法」では、子どもがなぜその言動や心の状態に至ったのかといった「見立て(アセスメント)」を重視しているといいます。
「いろんな背景を生きてきた子どもたちが、どのような心の状態で、その背景をどう体験してきているか。同じ環境で育っていたとしても、本人の体験の仕方によって感じ方が異なります。この『どう感じているか』について考えることが『見立て』のうちのひとつですが、そのための手段として『遊び(プレイセラピー)』があります」
「セラピーで用いる『遊び』には、子どもの内面や状態が表れます。一般的な家庭で過ごしていれば、大人に対して『優しい存在』『自分のことを考えてくれる存在』という体験やイメージを抱くことが多いように思いますが、ひどい虐待やネグレクト(育児放棄)を受けた子どもの場合はそうではありません。
「50分のセラピーの間、個室にいることさえ難しくて部屋を出てしまう子もいます。それはなぜか。閉ざされた部屋にいること自体、その子にとって虐待を受けている場面を想起することもあるからです。部屋自体にその子の心理が反映されているという考え方です」
「子どもがどのような心の状態なのか、人へのイメージが、心の中でどこまで、どのように育っているのか。見立てと解釈をしながら、その場に応じて対応していくことが非常に重要なのです」
子どもの「内的対象」を探る
この時、一人ひとりが抱いている心の中の人のイメージである「内的対象」を見極めていくことが重要だと藤森さん。
「『内的対象』とは、わかりやすくいってしまえば、その人の中にそれまでに培われてきたイメージ」です。
わかりやすい例として、学校の先生たちに『校長先生のイメージ』を尋ねると、『教師のことをよく考えてくれる優しい上司』とおっしゃる先生もいれば『外面ばかり良い人』とおっしゃる先生もいます。その学校の校長先生がそうだということを表しているのではなく、一人ひとりその人の『校長の内的対象』であって、その人がこれまでに出会ってきた校長をどう体験し、どう取り入れてきたかなのです」
「全く同じ環境で育ったとしても、内的対象はそれぞれ異なります。たとえば双子のAさんとBさんがいて、お母さんの内的対象がAさんの場合は『優しい人』、Bさんの場合は『怖い人』ということも起こり得ます。これは何も実母との関わりだけから築かれるものではなく、友達のお母さんやテレビや何かで見たお母さんのイメージなども反映されます」
「子どもへのセラピーでは、これが部屋や遊びに表現されます。その子の内側でどのような内的対象が育っているかが見えてくるし、また一緒に遊ぶことで、その内的対象が新陳代謝するというか、書き換えられて新たなものになっていくという効果があるのです」
では、心に傷を負っていたり大人に対して良い内的対象を抱いていない子どもに対し、セラピストとしてどのように関わっていくのでしょうか。
「セラピストは極力、自己開示をしません。セラピーの間、子どもが心を映し出せるよう『空白のスクリーン』になるようなイメージでしょうか。子どもの内的対象を受け取りやすいように空白になって、その子がこれまでに体験してきた大人のイメージが投げ込まれた時、まずそれを理解し、なぜそのような心の状態に陥っているかを分析しながら関わっていきます」
「壮絶な体験をしてきた子ほど、セラピーの際に酷いものを出してくる傾向があります。ただ、本当に酷い状況でも、その中にほんの少しでも良い内的対象が根付いていないか、注意深く観察します」
「親からひどい虐待を受けていたけれど、近所の人がやさしくしてくれた経験が残っているかもしれない。ほとんどが悪いイメージに押しつぶされてしまいますが、心の中に少しでも良い内的対象が残っていれば、そこを拾い、広げていくことができるかもしれません。それが私たちの役割です。そのためにはセラピストとして洞察力や訓練が必要ですし、スキルが問われる部分でもあります」
一瞬の表現を見逃さず、一人ひとりに合わせた関わりを
「たとえばセラピーの遊びの中で、子どもの人形を思いきり殴ろうとする子がいます。その後、レスキュー隊が助けにやって来る。『なぜ助けに来たの?』と聞くと『つらそうやから助けにきたんや』と答える。つまりそれは、その子の中で多少なりとも『困った時には助ける』『つらい時には助けに来てくれる人がいる』という内的対象があるということを意味することもあるのです」
「子どもから出てくる表現をある種、待つというか。良い内的対象がその子の中でどのぐらい残っているのか、そこを探りながら、もしそれが出て来た時、その一瞬の表現を見逃さず、関わっていくということなのです。
ただ、わかりやすく良い内的対象が表現されることは滅多にないので、子どもの動きや視線なども含めてかなり繊細にキャッチする必要があり、やはり感度や経験値、訓練が必要になってきます」
『いたいの いたいの とんでいけ』をどれだけ入れられるか
「しんどい体験や難しい体験をしている子ほど、問題行動などを起こして日常生活では怒られたり制限されたりすることが増え、そちらにばかり意識や時間が割かれてしまいがちです」と藤森さん。
「そうすると、その子の感情やどう思ったのかを取り上げる機会が減ってしまう。それによってしんどいループを繰り返すことにもつながりかねません」と指摘します。
「よく子どもがケガをしたりぶつけたりした時、大人がそこに手を当てて『いたいの いたいの とんでいけ』とやりますよね。セラピーもそれと似ています。実際に痛みや傷口が飛んでいくわけはありませんが、痛いという気持ちを汲んでもらったら、不思議と痛みは消えていく。そうやって寄り添うことでその子の内的対象が変化していくというか。僕自身は、内的対象が新陳代謝をしていくようなイメージでセラピーをしています」
「虐待を受けてきた子どもは、ほとんどのケースで大人に対する良い内的対象を持っていません。でもセラピーを通じて心の動きを大人に理解してもらい、受け止めてもらう経験があれば、『人ってそんなに悪くないかもしれない』という風に思えるようにもなるのではないでしょうか」
「内的対象としては、良くなりすぎないし悪くもなりすぎないこと。内的対象が理想化されすぎても、後々外の世界に出て行った時に『あんなセラピストみたいな大人はいないじゃないか』と幻滅してしまうかもしれません。ほどよい内的対象が内側に根付くのが理想のように思います」
「僕たちの仕事はある種、通訳者のようなもの」
発達障害児にもセラピーを提供しているサポチル。被虐待児へのセラピーと、関わり方に何か違いはあるのでしょうか。
「僕の個人的な理解ですが、社会的養護が必要な子どもの場合はその子の内的対象に対する理解が重要ですが、発達障害を抱える子どもの場合は『その子がどのように世界を見ているのか』といった感覚水準での理解をしていくことも重要だと考えています。世界の捉え方が根本的に違うことも多いので、セラピーでは一旦常識を取り払い、まっさらな状態で彼らの感性やその世界に近づくようにしています」
「僕が関わったある自閉スペクトラム症の小学校低学年の女の子は、シャワーを浴びるのがずっと嫌いでした。ある時、その子のお母さんが、彼女が『38』という数字を言っていることに気づきました」
「それはシャワーから出ている水の本数だったんです。感覚が過敏で、シャワーのたびに水が何本体に当たっているかわかったら気持ち悪いですよね。お母さんにそれを伝えると、お母さんも状況を理解することができました」
「それによって劇的に状況が変わるわけではありません。しかし先ほどの『いたいの いたいの とんでいけ』ではないですが、共感や理解されることで彼女のしんどさが少し緩和された例です」
「僕たちの仕事はある種、通訳者のようなものではないのかなと感じています。普段は怒られたりダメ出しをされたりすることがどうしても多くなりがちな子どもたちですが、子どもたちが感じている世界、見ている世界を理解し、翻訳して、関わる大人たちにも伝えていく。『ニューロ・ダイバーシティ(脳多様性)』という言葉がありますが、心理療法を通じて人の多様性を伝えていくことが、僕たちの役割だと考えています」
団体の活動を応援できるチャリティーキャンペーン
チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、サポチルと8/23(月)〜8/29(日)の1週間限定でキャンペーンを実施、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。
JAMMINのホームページからチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円がサポチルへとチャリティーされ、虐待を受けたり発達障害を抱え、心理療法を必要としている子どもたちにセラピーを提供するための資金として活用されます。
JAMMINがデザインしたコラボデザインには、クジラの背中にまたがって宇宙空間を浮遊する人を描きました。心理療法により、子どもたちの声にならない声に耳が傾けられ、心の傷が癒え、世界が広がっていく様子を表現しています。
JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中。こちらもあわせてチェックしてみてくださいね!
・虐待を受けた子どもや発達障害を抱える子どもの心の声を通訳、心理療法を通じて人生を切り拓く力をサポート〜NPO法人子どもの心理療法支援会(サポチル)
山本めぐみ:JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。2014年からコラボした団体の数は360を超え、チャリティー総額は6,000万円を突破しました。