昨年の新型コロナウイルス感染拡大の影響により、働き方も大きく変化しました。中には職を失い、路頭に迷う人が出ています。2006年から若者を取り巻く劣悪な労働環境を変えるために相談や調査を行い、発信を続けてきた団体があります。「労働の現場で起きている問題を社会に発信して世論を作り、労働や貧困問題を取り巻く環境を底上げしたい」。活動について、話を聞きました。(JAMMIN=山本 めぐみ)

若い世代が「普通に働ける社会」を目指す

相談の様子。労働法や社会保障制度について学んだスタッフが、相談者の働き方を詳しく聞きとり、どんな労働法違反があったのかを整理する

NPO法人「POSSE(ポッセ)」は、労働や生活に関する相談を無料で受けながら、メディアでの発信、政策提言を通じて労働・貧困の現場から社会を変えていくために活動する団体です。

「年間3000件を超える相談があります。過重労働やパワハラ、セクハラといった問題から、近年では外国人労働者やLGBT当事者による相談も増えています」と話すのは、相談スタッフの佐藤学(さとう・まなぶ)さん(34)。

お話をお伺いした佐藤さん

「今回のコロナの流行という出来事一つとっても、非正規雇用やアルバイトなど弱い立場にある人が雇い止めにあったり、職を失って困窮したりしています。コロナに限らず、何かあった際には社会的にマイノリティである人たちから被害を受けてしまう現実があります」

「劣悪な労働環境を許していくと、社会全体としてどんどん『どんな働かせ方なら許されるのか』という基準が下がってしまう。社会を変えていくためには、マジョリティ・マイノリティ関係なく、連携して闘っていく必要があります。現在、POSSEには多くの10代20代の若者たちがボランティアやインターンとして参加し、労働相談や社会的なキャンペーンを担って今の状況を変えようと行動しています」と話します。

相談支援を行いながら、労働組合を通じ具体的な交渉を行う

労働相談のほか、生活に困っている方への生活相談も行っている。「パワハラや長時間労働などの労働問題にあったために退職し、生活が困窮してしまうなど、複数の問題が絡んでいることも多いため、労働法や社会保障制度について学んだスタッフが丁寧に相談に対応します」

POSSEでは、「労働相談」と「生活相談」の二つの相談窓口を設けています。

「まずは電話かメールで相談していただき、アドバイスや必要な支援があればおつなぎします。実際に企業に対して声をあげるとなると面談を行い、ご本人の思いを確認しながら一緒に立ち向かっていきます」

POSSEは若手のメンバーが運営していることもあり、若者世代からの相談が多いといいます。では、具体的にどのような相談があるのでしょうか。

「求人情報で『月給30万』と書いてあったのに、実際に働いてみるとそのうちの10万円は80時間の固定残業代だったとか、週休二日制なのに休めない、賃金の未払いやパワハラなど、さまざまな相談があります」と佐藤さん。

問題のある会社に対して抗議行動や直接交渉をして改善ができるように、2014年には労働組合「総合サポートユニオン」を有志メンバーで設立。企業を相手に交渉を行ってきました。

「NPOとしては企業を相手に直接交渉する権利がありません。労働環境を変えていくためには企業自体にアプローチする必要があり、そのための権利を持つことができる労働組合の必要性を感じました。現在はこの労働組合と連携し合いながら、現場の具体的な交渉や闘いと、社会的な問題提起、情報の発信を連携しながら活動しています」

スタッフが中心となって制作している、労働・貧困問題・社会運動に関する雑誌『POSSE』。「専門的な議論のみならず、カルチャーや思想などさまざまな記事を収録しています」

労働組合では、常時並行して50ぐらいの企業と闘っているといいます。

「現実的に考えて、個人の要求を企業側が飲んでくれるというのはほぼありません。絶対的な権限と財力を持つ企業に対して、労働者のうちの一人が噛み付いてきたとて、『あなたとはサヨウナラ』と言われるだけです。被害に遭っている人も、労働者側の権利が受け入れられることは『はなから不可能』だと考えているから、『だったら自分が会社を去ろう』という人が実際ほとんどです」

「でもそれを許していては、労働環境は変わっていきません。世論や社会的な批判がなければ、企業側が『これはまずい』と思わないし、問題として捉えて改善する姿勢を持ちません。個別の企業名を出して抗議活動をしていますが、度々の交渉に向き合ってもらえなければ、我々としても権利として認められていることをやらざるを得ないのです」

若者を食いつぶす「ブラック企業」

「相談の現場から見えてきた労働現場の実態や被害が横行する構造について、より多くに人に知ってもらうため、労働・福祉政策について研究しています。2013年には『ブラック企業』が流行語大賞トップ10に入り、大佛次郎論壇賞などを受賞しました」

「非正規雇用を選んだ自分が悪い」「残業をするのは仕事が終わらないその人が悪い」「努力が足りない、忍耐が足りない」などと、個人の問題や自己責任として捉えられていた労働の問題。

「団体結成当時は『若者はなぜ3年で辞めるのか』という新書(『若者はなぜ3年で辞めるのか?年功序列が奪う日本の未来』(光文社新書))がベストセラーとなるなど、当時若い世代で流行っていたフリーターに対し『根性がない』『すぐ辞める』といった風潮、若者バッシングが社会的にありました」と振り返る佐藤さん。

そんな中、「ブラック企業」の言説が提起されました。

「POSSEの代表理事である今野晴貴が2013年に書いたベストセラー『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』(文春新書)の中で、ブラック企業を『新興産業において若者を大量に採用し、過重労働・違法労働・パワハラによって使いつぶし、次々と離職に追い込む成長大企業』と定義しました」

「『ブラック企業』は、それまで個人に向いていたベクトルが初めて企業に向かう言葉でした。現場の実態を社会に問題提起する中で、自己責任として自分を責めていた労働者が、初めて会社を責められる言説を得たのです」

近年、日本で働く外国人労働者の労働相談も増えている。クルド人を対象にした「クルド人若者カフェ」では飲み物やお菓子を提供し、自由に出入りできるスペースで相談を受けているほか、学習支援活動も行っている

「特に今、若者を使い捨てにする企業が多いのは第3次産業(小売業やサービス業)です」と佐藤さんは指摘します。

「成長産業ですが、その分無法地帯というか、過労死などの問題を引き起こす業種・職種になっています。しかしここは雇用の吸収率が最も高く、若者たちは就職活動をしてそこへと入っていきます。ものづくりや製造業といった長く日本の経済的発展を支えた業種ではなく、介護や保育、飲食や小売、ITといった業種がボリュームゾーンとなっており、こういった業種は労働組合もないために若者が劣悪な環境に吸い込まれていってしまいます」

「働き出してすぐに重労働を任せられ続けられないような職場環境や、長時間労働、パワハラに耐えられず辞めざるを得ない若者が少なくありません。本来であれば力を発揮できた人材も、過酷な労働環境の中で疲弊し、力を奪われていってしまいます。1年持たずに心身を病んだり辞めてしまう人も少なくありません。心身を病むと復帰に時間がかかることも多く、社会全体で見ても持続可能ではないのです」

奨学金返済も、足かせの一つになっている

「行政機関が年末年始の休みに入ってしまうため、他団体と連携して『緊急相談会・年越し大人食堂2021』を開催しました。コロナ禍で生活に困っている方々を主な対象に、栄養バランスを考慮した温かい食事を無料で提供するとともに、利用者からの生活相談を受け付けました」

「この社会自体が、資本主義社会なので『利益の最大化』を目的としています。要は労働者をできるだけ安いコストで長く働かせた方が、利益が追求できるのです」と佐藤さん。

「企業としては、それで何か問題が起きようが相手を黙らせてしまえば何もなかったことにできるので、また新たに労働者を入れて、安く働かせたらいいだけなのです。そういった構造が根本にあると思います」

「ここに規制をかけていくためには、ストップをかける組織や勢力がなければなりません。

でも、たった一人で声をあげるのは難しい。だからこそ仲間と連帯し、皆で束になって戦っていく必要があります。『おかしい』を発信していくことで、政府も働き方改革や労働時間の改革を進めました。現場の声が、社会に大きなインパクトを与えるのです」

一方で、「そんなひどい扱いをする会社は早くに辞めたらよかったのに(なぜ辞めなかったのか)」という声もあるのではないでしょうか。仕事を簡単に辞められない背景には、社会に出ていく若者たちが抱える別の課題が潜んでいると佐藤さんは指摘します。

「今、大学生のおよそ二人に一人が奨学金を受けています。無利子の奨学金もありますが、大学を出た多くの人が、卒業と同時に背負った300万400万の借金をその後、定職に就く就かないに関わらず毎月返済しなければなりません」

「奨学金返済を背負いながら労働社会に出ていくことが、仕事を辞めたり転職したりすることをリスクとして捉え、スタート時点で置かれた環境に没入せざるを得ない経済的な状況を生み出している一因でもあると考えます」

マイノリティーを取り巻く労働問題にも取り組む

「自らの性的志向を上司に無断で暴露されたことを契機に、職場でパワハラをうけた方から相談がありました。団体交渉で改善を求めるも、『善意でしただけ』と問題を認めないため、職場のある豊島区へ、アウティング(LGBTQであることを本人の同意なく暴露されること)禁止条例をもとにした会社への指導等を求めて申し入れを行いました」

近年、外国人労働者やLGBTQ当事者の労働問題にも取り組んでいるPOSSE。どちらも相談が増えているといいます。

「外国人の労働問題については、2019年に専門の相談窓口『外国人労働サポートセンター』を立ち上げ、日本語だけでなく英語や中国語、ベトナム語やタガログ語などにも対応し、年間500件ほどの相談を受けています。LGBTQについては特化した相談窓口が現状なく、こちらも現在団体として窓口の設立に向けて動いています」

「労働問題は、誰もが関わる身近な問題です。悩んだり困ったりしている方がいたら、自分を責めたり自分だけで問題を抱え込むのではなく、周囲の人とつながってほしい。おかしいことがあったときに『おかしいね』で終わるのではなく、具体的に何か行動をおこす道を探せるようになってほしいです。そのためにも、今後も少しずつ現場の声を発信し、問題を提起していくことができたらと思います」

団体の活動を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、「POSSE」と9/6(月)〜9/12(日)の1週間限定でキャンペーンを実施、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。

JAMMINのホームページからチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円が「POSSE」へとチャリティーされ、近年相談が増加している外国人労働者の問題に対し、地域に根差した支援体制を築き、将来を断たれてしまう若者を一人でも減らすために活用されます。

「JAMMIN×POSSE」9/6〜9/12の1週間限定販売のコラボアイテム(写真はTシャツ(ブラック、700円のチャリティー・税込で3500円))。他にもエプロンやパーカー、バッグやキッズTシャツなど販売中

JAMMINがデザインしたコラボデザインには、さまざまなアイテムを手に立ち上がる人々を描きました。それぞれの現場で立ち上がり、声をあげる仲間が増えていくことで、社会が変わっていく様子を表現しています。

JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中。こちらもあわせてチェックしてみてくださいね!

声を上げて若者の労働問題を発信。誰もが「”普通に”働ける社会」をつくる〜NPO法人POSSE

山本めぐみ:JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。2014年からコラボした団体の数は360を超え、チャリティー総額は6,000万円を突破しました。

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