Jリーグは、1993年の設立時から社会性を重視してきた。当時からJクラブに義務化されてきたホームタウン活動(地域貢献や環境保護など)も、今では全クラブ合計で年に2万回以上になる。このホームタウン活動を基盤にして、2018年には社会課題解決のプラットホーム化を推進するため、「シャレン!」が立ち上がった。近年のSDGsやESG投資の潮流を受けて、クラブの非財務的価値を財務的価値に変換するために奮闘する最年少理事に話を聞いた。(聞き手・オルタナS編集長=池田 真隆、写真=飯塚 麻美)

シャレン!の責任者を務めるのは、監査法人出身の米田惠美・日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)常勤理事

――Jリーグの社会連携活動である「シャレン!」を考えたのは村井満チェアマンとお聞きしました。

米田:村井自身は多くのNPOとのつながりがあり、社会課題への意識を強く持っています。私が転職する前にも、食事をしながら、「Jリーグを活用して、社会課題の解決につなげたい。Jリーグのポテンシャルはかなり高い」と熱く話していました。

まだ世の中にCSRやCSVという概念が浸透する以前の1993年(Jリーグ開幕)から、各クラブは「ホームタウン活動」という名で地域貢献や環境保護など様々な活動を愚直に続けてきました。J1からJ3まで55クラブ(注:2020シーズンからは56クラブ)ありますが、2018年の集計だと、合計で年に2万回以上も活動を実施しています。クラブ平均で年370回、2018年の最多はFC東京で1692回にも及びます。

村井が「世の中からこれらの取り組みはどう見えるのか知りたい」と言い出し、NPO識者らに協力していただき、2カ月に1回の頻度で「社会連携検討部会」を開催しました。

検討部会では、座長の村井を始め、クラブ関係者が出席、外部識者のNPOの方々とSDGsの潮流や日本が抱える課題について意見交換を行いました。

NPOの方たちからは、「これだけ活動しているなら、もっと世の中に発信したほうがいい。切り口を工夫すれば社会的インパクトを生み出せる」と言われました。

今ではSDGsやESG投資の高まりがありますが、外部の方から、「世の中の価値観がソーシャルグッドに移行してきている。世の中がJリーグの価値観に追い付いてきた」「スポーツのもつ強みって、ものすごく社会の役にたつよ」「Jリーグが動いたら世の中が変わるかもしれない」「発信力をあげないと」――などと指摘してくださったことで、クラブは当たり前にしてきた活動の潜在的な価値に気付かされました。これがシャレン!を立ち上げようと考えた背景になります。

シャレン!のコンセプトは、Jリーグをつかおう!

――従来行ってきたホームタウン活動とシャレン!はどう違うのでしょうか。

米田:ホームタウン活動のわかりやすい事例としては、クラブが学校や福祉施設などを訪問する取り組みがあります。一方、シャレン!は、①クラブ、自治体、企業など3者以上が連携して、②社会的テーマに対して取り組むものとJリーグは定義しました。もちろん従来のホームタウン活動でも、社会的テーマと3者以上の連携の2条件を満たせばシャレン!になります。

これまで実施してきたホームタウン活動からあえてシャレン!を区別したのは、単なる我々のファンづくりだけではなくて、社会的テーマを中心に掲げている活動だからこそ、多くの方と協働して取り組みたいということを世の中に発信したかったからです。

例えば、特別支援学校へホームタウン活動として選手が訪ねて行く場合は、将来的に子どもたちがファンになってくれる可能性が見込めます。プロスポーツ選手と触れ合う機会をつくることも、子どもたちにとっては「夢」を見出すことに繋がるため、これ自体も重要な活動です。ですが、シャレン!として特別支援学校で活動を行う場合には、まず支援学校の課題はどこにあるのかを探ります。

原因を掘っていくうちに、障がいのある方と接する機会がない人が多い、感覚過敏のお子さんはスタジアム観戦にハードルがあるなどと真因が分かったとします。すると、クラブは「学校を訪問する」だけではなく、違うアプローチを取らないといけなくなります。課題を解決するための本質的な活動は何かと考えるようになるのです。

訪問してファンをつくって帰ってくるという動きだけではなく、相手にとってのメリットや悩みの解決につながる活動もセットで行うため、クラブとしてはこれまで以上に様々な人や団体と協働することになります。その結果、新たなファンに加えて、いろんな団体との関係性の構築、場合によってはスポンサーの獲得すらも期待できます。

「クラブが存在できるのは環境やファンの存在があってこそ。だからこそ、社会や環境に貢献することは当たり前」と強調する

――SDGsやESG投資の潮流が高まっているなかで、クラブが社会性を高めることはどのような意味があるとお考えでしょうか。

米田:我々、JリーグやJクラブは「人々にとって、なくてはならない存在になる」というのがゴールだと思っています。サッカーを好きな人だけではなく、仮にサッカーを好きじゃない人にとっても、大切な、切っても切れない関係になることが重要だと考えています。

そのためには、日常の中にクラブが入っていかないといけません。例えば子どもが、目標に向かって努力している選手たちの姿を見ることで、自分も夢に向かってがんばろうと思ってもらえたりすると、親御さんも喜ぶと思います。おじいちゃん、おばあちゃんの健康が心配な人のところには、クラブのコーチたちが毎週提供するコンディショニングプログラムがあればちょっと安心しますよね。

サッカーを通して、一人ひとりの生活のニーズにどう貢献していくのかを考えていくことが、なくてはならない存在になる方法だと考えています。

また、社会的インパクト評価を高めていくために、非財務的な価値を財務価値に変えていくことにも挑戦しています。現在、Jリーグ全体での統合報告書を作成しています。これまで行ってきた非財務的な価値を生み出した取り組みを、財務価値につなげるストーリーや、多くの人が関わるためのストーリーを可視化します。まだβ版の策定段階ですが、2022年までにはちゃんとした形で世の中に出したいと思います。

――クラブからは日々の試合運営でシャレン!に掛けるリソースも時間も足りないという声を聞くのですが、いかがでしょうか。

米田:確かに、シャレン!を立ち上げた当初は、「そんなのつくらないで」「ホームタウン活動で手一杯」などのネガティブな反応もありました。意図や意義をうまく伝えられなかったのは私の力不足です。

そもそも私がシャレン!を打ち出したのは追加の活動をするというよりも、今までの活動を基盤に社会的テーマを表現したり、誰かと協働したりすることで、より本質的な課題解決に繋がり、発信力が伴えば、人手と資金はクラブに還元されるのでは?という仮説があったからです。

自分たちのファンづくりのためだけだとスタッフの数が活動の限界値になってしまう。けれども、社会のために、地域のために一緒にやろうよ!と呼びかけることで、より多くの人と協働することができる。

SDGsに取り組みたい企業にとっては、JリーグはSDGsネタの宝庫です。しかも、スポーツならではの発信力まである。協働しがいがある。こういう時代に、企業や自治体、NPOなどと本質的な課題解決のために協働する機会をつくるには、シャレン!と明示したほうが「この指とまれ」感を出せるのかなと思いました。

パートナーのアクティベーションとしての2者間連携もいいですが、それも、ちょっと工夫して3者間以上での取り組みにすると、より多くの価値を生み出し、インパクトが出せると思っています。

意義や意図を説明して、少しずつ理解してくれるクラブが出始めると好事例が生まれて、横展開していけます。企業や自治体などの協働先との関係も深まり、メディアへの露出も増え、集客やスポンサー増にもつながるでしょう。

もちろん、クラブの優先順位は試合運営と勝つことにあるというのは理解していますし、それらがクラブ経営の優先順位として、高いことは当然だと考えています。ですが、それだけに依存してしまうと勝つクラブもあれば、負けるクラブもあるのでリーグ全体として顧客が増えていかない。

勝ち負けだけに左右されない愛されるクラブを作る活動も大切で、このソーシャルグッドな時代に、顧客を広げていくためには少しやり方を変えてアプローチしていくのも一つの手段では?と訴えています。

シャレン!では一般からも社会課題を解決する提案を受付ている

――シャレン!を通して中長期的に描いているビジョンについて教えてください。

米田:経営的なミッションとしては、クラブがあってよかったと思う人を増やすことですが、私自身は今の世の中の価値観を変えたいと思っています。無関心・ヒトゴト・他責が嫌いです。例えば誰かの役に立ちたいと思った時に、優れた能力の人やお金を持っている人でないと、そういったことが出来ないという世の中にはしたくなかった。

誰だって誰かの応援ができる、誰かの役に立ちたいと思ったら行動できる「器」をつくりたいと思っていて、それがシャレン!でもあるんです。そのような社会が当事者性を持った人であったり、より大きな存在意義を伴った企業を増やしたりすることにもつながると思っています。

――米田さんがそう思った原体験は何でしょうか。

米田:もともと女性の働き方に問題を持っていました。特に、子どもを育てる環境として、保育園が足りていないこともありましたが、地域で子どもを見守りたいと思っているおじいちゃんやおばあちゃんと、子どもを見てほしい家庭が分断されていると強く感じていました。

保育士の資格を取り、保育の現場にも行きましたし、在宅診療所で家庭を回っていたこともありますが、そこで見たのも分断されている社会のリアルです。浅草の山谷で往診同行をしたときには、自らのあまりの無知さを恥じましたし、強烈な無力感がありました。

学生のときから「社会の役に立ちたい」とふわっと思っていましたが、実際の現場に触れると、自分はなんて甘かったんだろうと思い、もっと地に足を着けて行動していかないといけないと思いましたね。

無力な非力な人間でも、もがきつづけ、行動していく姿勢があれば、もしかしたら船の角度はたった1度しか変わっていないけど、たどり着く場所は随分変わる。あんなやり方もアリだね、そんな風に思ってもらえるよう頑張りたいと思います。

米田惠美:
EY新日本有限責任監査法人を経て、独立。2018年より公益社団法人 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)常勤理事を務める。リフレッシュ方法は「森を散歩すること」。休日には読書や岩盤浴などを楽しむ。

シャレン!の公式サイトはこちら




[showwhatsnew]

【編集部おすすめの最新ニュースやイベント情報などをLINEでお届け!】
友だち追加