成人式の前撮りの相場は20〜30万円。頼れる親や家族のいない児童養護施設を出た若者にとって、生活費や学費を自力で稼ぐ中、この額を負担するのは高いハードルです。「児童養護施設を出た子どもたちに、成人式の写真撮影をプレゼントとして『あなたは大切な存在だよ』と伝えたい」。児童養護施設出身の女性が始めたプロジェクトがあります。(JAMMIN=山本 めぐみ)
振袖を通して「生まれてきてくれてありがとう」を伝える
一生に一度、成人を迎える記念の節目である成人式。児童養護施設出身者に振袖や袴を着ての写真撮影をプレゼントし、「生まれてきてくれてありがとう」を伝えたいと活動するプロジェクトがあります。「ACHA(アチャ)プロジェクト」代表の山本昌子(やまもと・まさこ)さん(28)は、生後4ヶ月から18歳までを乳児院と児童養護施設で過ごしました。
日本の法律では、19歳になる前日までに児童養護施設を退所しなければなりません。山本さんも18歳で児童養護施設を退所した後、専門学校に通うお金を稼ぐためにアルバイト生活を送っていました。しかし頼れる人も帰る場所もなく、日々孤独に苛まれていたといいます。
「『なぜ私だけ』『もう死んでしまいたい』…。『死にたい』と思う毎日の中で、『どうやったら死なないでいられるか』と日々戦っていた」と当時を振り返る山本さん。成人式は、学費を稼ぐための居酒屋のアルバイトで祝うことなく過ぎていったといいます。
「学費を貯めることが最優先だったので振袖を借りる余裕はなかったし、振袖が着られないなら…と成人式にも出席しませんでした。周囲には『いや、別に興味ないし』と強がっていましたが、本音は行きたかった」と当時を振り返る山本さん。
「振袖の前撮りは大体20〜30万、抑えられたとしても10〜15万かかります。普通のご家庭であれば親御さんがプレゼントしてくれることが多いと思いますが、援助してくれる親や家族がいない児童養護施設出身者にとって、まだ10代や20代前半の子がこれだけのお金を集めるのはすごく大変。18歳で施設を出た後、頼れる人もおらずただでさえ孤立している子たちが、さらに孤立を深めてしまうようなところがあります」と指摘します。
「振袖姿の自分の写真を見た時に、『感謝を伝えにいかないと』と思った」
その後、山本さんは無事夜間の専門学校に入学。そこで出会った先輩から振袖の写真撮影をプレゼントされたことが、このプロジェクトをスタートする大きなきっかけになりました。
「たまたま廊下で先輩と話していて、『振袖を着ていない』という話になって。そうしたら『じゃあ、着る?』みたいな感じで言ってくださったんです。自分が児童養護施設の出身であることは当時からオープンにしていたので、周りは皆そのことを知っていましたが、先輩はSNSでネガティブな発言をしていた私に対して、『何かしたい』と思ってくださったようでした」
「振袖を着ての撮影中は実感が湧かず淡々としている感じだったんですが、後日、完成した写真と台紙を見た時に感動して、自分を育ててくれた職員さんや感謝している人に見せたい!と思ったんです。その時に、自分は不幸なのだとばかり思っていたけれど、いろんな人に支えられ愛されてここまで大きくなれたんだということにハッと気づきました」
「大好きだった施設を出た後、自分には帰る場所も居場所もなく、孤独で苦しくてつらくてたまりませんでした。でも振袖姿の写真を見た時、『私のためにこれだけいろいろやってくれる人たちがいるのに、自分はいつまで言い訳をして生きていくんだろう』って思って。それまでの葛藤が吹っ切れて、『お世話になった人たちに、感謝を伝えにいかないと』と思いました」
「写真を見せにいくと、施設の職員さんは大きくなったんだねって喜んでくれました。施設を出て、すべてを失ったような喪失感や孤独感を抱えていましたが、目には見えていなくてもずっとつながり続けていたし、これは無くなって消えるものじゃないんだって。一番大切なものはなくならずにちゃんと目の前にあったんだということに気づくことができたんです」
苦しくつらい時にも「愛されて生きてきた」感覚は失われずそこにあった
大好きな居場所を失った感覚はあっても、それでも「愛されて生きてきたという感覚は失われずにそこにあった」と振り返る山本さん。自分を育ててくれた人たちへの思いが、つらく苦しい時を支えたといいます。
「私は家庭的で温かい、本当に幸せな施設と育て親に育ててもらいました。親がいないとか、なぜ自分は施設にいるんだろうとか、そういうことに疑問を感じることすらなかったほどです」
「しかし18歳で施設を出なければならないとなった時、自分にとって確固たる大切な居場所が、実は国の制度やいろんなもので与えられてきたものだったのかと感じました。皆が言っていた『親がいなくてかわいそう』ってこういうことだったのか、とこの時初めて思ったし、初めて世の中を恨みました」
「『なぜ』という疑問、悲しみ、怒り…。すごく苦しくてつらくて、ただ歩いたり電車に乗ったりしていても涙が溢れました。どうして良いかわからず、この先何十年もこうやって苦しみながら生きていくぐらいなら、これまで生きてきたこの十何年の思い出だけを抱えて死んだ方が幸せなんじゃないか、人生に終止符を打った方が楽なのではないか思うようになっていました」
しかしそんな時にも、確信として山本さんのもとを去らず、そこにあった「愛されて生きてきた」という感覚。
「もし私が命を絶てば、私を育ててくれた育て親が悲しんだり、育て方が悪かったんじゃないかと自分たちを責めたりするかもしれない。そうやって勘違いはされたくない。『育ててくれた人たちのためにも、何があっても生きるんだ』というのが私の心の支えでした」
「生い立ちの整理」が、前に進むきっかけに
その後、前を向いて生きていくために「生い立ちの整理」をしたという山本さん。21歳から22歳の1年ほどをかけて、自分の過去を知る人たちに会いに行ったといいます。
その一つが、「父親との対話」でした。
「ファミレスで4時間半ぐらい、『なんで施設に預けたの』という話から始まって、いろんな話をして。父とは施設にいる幼い頃からずっと交流があり、もともとこういう会話をしなかったわけでもないし、なぜ施設に預けられたのかもなんとなくは理解していましたが、ここで改めて話を聞くことで整理ができたし、新しく聞く話もありました」
「いろんな角度から何が本当かを見極めながら、父への理解が深められたことも大きな収穫でした。他にもいろんな人から話を聞くことで、『私が全てをマイナスに変換していただけで、真実はそうではなかったんだ』と気づくことがたくさんありました」
「勝手に思い込んでいたことがたくさんあって、相手がいるのであれば、きちんと対話することの大切さを実感する時間にもなりました。それまでずっと自分が世界で一番不幸な悲劇のヒロインのように思っていたけれど、生い立ちの整理をして『もう、こんなのやめよう。ポジティブに前に進もう』という気持ちになりましたね」
「あなたは愛されている」を感じてもらいたい
プロジェクトを通じて「振袖を着る」経験や思い出を届けるのはもちろん、それと同時に「大人として認められるという人生の節目に『あなたは愛されているんだよ』ということも伝えたい」と山本さん。2016年3月にプロジェクトを立ち上げて以来、これまで130人に撮影を届けてきました。
「撮影の際、『振袖姿を見せたい人がいたら、現場にもぜひ呼んでくださいね』とお伝えすると、児童相談所や児童養護施設の職員さんが来てくれて、一緒になってその方の振袖姿を喜んでいるんです。晴れ姿を見せたい人がいること。見に来てくれる人がいること。撮影を通して『自分はこんなにも愛されているんだ』と実感してもらえたら嬉しいです」
団体の活動を応援できるチャリティーキャンペーン
チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、ACHAプロジェクトと12/13(月)~12/19(日)の1週間限定でキャンペーンを実施、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。
JAMMINのホームページからチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円が団体へとチャリティーされ、児童養護施設出身者の大人の第一歩を応援するため、成人式の日に、希望する児童養護施設出身者に無償で振袖をレンタルするための資金として活用されます。
「撮影はヘアメイクや着付けも含めすべて無償で行っていますが、成人式に振袖のレンタルを希望される方には一回1万円で貸し出しをしています。チャリティーを通じ、無償でのレンタルを届けたいと思っています」(山本さん)
JAMMINがデザインしたコラボデザインには、一生に一度の晴れ舞台を写す手を描きました。写真を撮る人と撮られる人、あるいは写真を見せたい人…、人から人へと紡がれていく優しい気持ちを表現しています。
JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中。こちらもあわせてチェックしてみてくださいね!
・児童養護施設を出て成人を迎える子たちに、振袖を通して「生まれてきてくれて、生きててくれてありがとう」を伝えたい~ACHAプロジェクト
山本めぐみ:JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。2014年からコラボした団体の数は380を超え、チャリティー総額は6,500万円を突破しました。