小児がんや重い病気をもつ子どもとその家族が、治療中もまるで我が家で過ごすように滞在・宿泊できる施設「チャイルド・ケモ・ハウス」(兵庫県神戸市)。施設の開設から9年、病院を退院した後、地域に戻って暮らしていく当事者とその家族のより良い暮らしのための支援にも力を入れています。(JAMMIN=山本 めぐみ)

退院後に戻っていく地域での安心できる暮らしを目指して

神戸・ポートアイランドにある滞在型療養施設「チャイルド・ケモ・ハウス」外観。「保護者の方が夜に病院から帰ってきても、ハウス(家)には暖かい光が灯っていることが日常になるように」

医療技術が発展し、ひと昔前は救えなかった命が救えるようになりました。小児がんの生存率も上がり、医療的ケアが必要な子どもの数も増えています。小児がんをはじめとする重い病気をもつ子どもたちは退院後、暮らしていた地域へと帰り、そこで成長していきます。

「『病気の○○ちゃん・○○くん』ではなく、その子自身を見てくれて、病気に関する悩みや不安も気兼ねなく話せる人や受け止めてもらえる場所が地域にあれば、本人はもちろん、家族もずっと過ごしやすくなるのではないでしょうか」と話すのは、NPO法人「チャイルド・ケモ・ハウス」副理事長であり自立支援員の田村亜紀子(たむら・あきこ)さん(48)。

お話をお伺いした田村さん(写真右)。スタッフの本庄さん(写真左)と

田村さん自身も息子の結人(ゆうと)くんが小児がんと診断された時、そして結人くんが8歳で亡くなってからも、地域の人たちの存在が力となり、彼女に前を向かせてくれたといいます。

「入院中であれば、病気のことはお医者さんや看護師さん、制度のことはソーシャルワーカーさん、子どもの発達のことは保育士さんに尋ねられます。しかし退院後に地域に戻ってから、学校や日々の生活のこと、きょうだいさんとの関係…、漠然とした悩みや不安については相談できる場所もなく、困っている方が少なくありませんでした」

「退院後に関しては、治療そのものよりも世間がどう思うか、世間にどう受け入れてもらえるかで悩むことが少なくありません。私たちはこういった課題をサポートするために、神戸市・西宮市・尼崎市を拠点に、重い病気をもつ子どもとそのご家族のための相談窓口や居場所づくりを行いながら、地域の中にサポーターを増やす活動にも力を入れています」

小児がんや重い病気が「特別なこと」と思われ、地域と切り離されている

写真左:コロナ禍で外出できなくても、重い病気をもつお子さんとその家族が楽しめるコンテンツとして始めた「チャイチューブ」。写真右:ハウスの利用者だけでなく、地域の人やスタッフなど誰でもふらっと立ち寄り、気軽に交流できる場所を目指した「ふらりカフェ」

「子どもたちは病院を退院した後、地域に戻り、そこで暮らしています。しかし『小児がんや医療的ケアが必要な子どもを知らない、会ったこともない』という声を聞くことが少なくありませんでした」と田村さん。

入院や治療は「特別なこと」として周囲の目も向きやすい面がある一方で、こういった子どもたちや家族が実際に地域で暮らしているということについては、まだまだ問題意識をもって捉えられていないところがあると話します。

「『子どもたちはずっと病院にいるわけではなく、治療を終えた後は皆さんの暮らす地域に帰っていくんですよ』とお伝えしても、なかなか伝わりにくいところがあると感じてきました」

「小児がんや重い病気が、遠くで起きている何かすごく特別なことだと捉えられていると感じます。地域で、もしかしたら自分のすぐそばで当事者が暮らしているかもしれないという意識が広がれば、当事者やそのご家族がもっともっと生きやすい社会にもつながっていくのではないでしょうか」

「行ってはいけない場所がある」生きづらさを感じている当事者と、地域の人たちをつなぐ

写真中央、マスクをしているのが、8歳で亡くなった田村さんの息子の結人くん。「入院中、通っていた小学校の運動会の応援に、久々に学校へ。仲の良い友達がかけつけてくれました」

当事者やその家族は、地域に戻った時、どのような生きづらさを感じるのでしょうか。

「車椅子や人工呼吸器をつけている方が移動しづらい、外出できる場所が限られてしまうといったハード面の壁もありますが、それと同じくらい大きく立ちはだかるのが、ソフト面の壁です。『他の人がいる場所に私たちが行ってもよいのだろうか』という当事者やそのご家族の思いがあります」

「親御さんに話を聞くと、『あっちの世界とこっちの世界』ではないですが、病気や障がいが特別扱いされて、地域の中にいけない場所があまりにも多いと。私たちは、そこをなんとかできないかと活動しています」

「誰でも利用して良いはずの子育てサロンの利用を断られた、車椅子に乗った子どもを連れてお店に入りづらいといった声も多く聞きます。逆に、地域の方やお店さんから『うちのお店だったらいつでも来てくれていいのに』とか『ゆっくりできる場所を確保するから、いつでも声をかけて』というありがたい声もあります」

「でもそれが当事者に伝わっていないことが多い。生きづらさを感じている当事者の方と『いつでもウェルカムだよ』という地域の方とをつなぎ、病気や障がいに関係なく、地域の中で子どもの成長を温かく見守り、子育てを応援できる場所を増やしていきたいと思っています」

心のバリアフリーを可視化する「みえてくPROJECT」

2022年春ごろより本格始動する「みえてくPROJECT」。写真は「みえてくPROJECT」に賛同した店舗がお店に張れるステッカーと、プロジェクトの紹介カード

団体としてこれからスタートするプロジェクトの一つに「みえてくPROJECT」があります。これは見えないバリアを取っ払い、心のバリアフリーを可視化するプロジェクト。

「地域で美容院などの店舗をしている方に、病気のことや『ご本人やご家族はこんな気持ちなんだよ』を知っていただく講義を受けてもらい、『うちには遠慮なく来てね』『ウェルカムですよ』と店頭で意思表示していただけるステッカーやレジ横に置いていただけるようなミニカードを製作中です」

「お店の方が『うちはウェルカムですよ』と思っていても、接点もないし入ったこともないお店だったら、それを伝えることはなかなか難しいですよね。かたちがあって見ることができたら、お互いに安心できます」

地域の中に、安心感を増やしていく

さらに、地域の中でサポートの輪を広げるための「あのねサポーター」の育成にも取り組んでいます。

「『あのねサポーター』は、地域の中で安心して『あのね…』と話せるような人を増やしていくためのプロジェクトです。子育てサロンや幼稚園、学校など地域で何か活動をされている方を対象に、『みえてくPROJECT』よりも少し詳しい講座を受けてもらい、受講後に『あのねバッジ』をお渡ししています」

「あのねサポーター」であることを証明するバッジ。「講座を受けて、あのねサポーター(あのサポ)に認定をされるとテキストなどのほかに、『あのねバッジ』を進呈しています」

「このバッジをつけている方がいたら、その方は重い病気をもつ子どもやそのご家族が何か困ったことがあった時に『あのね…』と話しかけてもらって良いですよ、という目印です」

「専門職ではありませんし、何か特別なことができるわけではないかもしれません。だけど、地域の中に『あのね』と話しかけられる人がいるという安心感、思いを持つ方がいるという安心感が家族を支え、誰もが暮らしやすい社会へとつながります。今後も、地域を一緒につくっていく仲間を増やしていきたいと思っています」

皆とは違う子がいた時に「がんばっている子なんだろうね」と話してほしい

剣道をがんばっていた結人くん。「治療中でも許可が出たときは剣道の道場に行き、お稽古に励んでいました」

「重い病気をもつ子どもたちは、長い入院で友達の輪に入りにくかったり体力が十分に戻っていなかったりと、学校でもしんどい思いをすることがあります」と田村さん。

「息子もそうでした。お友達には恵まれていたのですが体力面がついていかず、学校の中で最も楽しいはずの休み時間を一人寂しくポツンと過ごしている姿を見た時は切なかったです。また小児がんの場合は、抗がん剤治療の副作用で髪が抜け落ちます」


「ある時、小学2年だった息子を学校に迎えに行くと、1年生の男の子が『ハゲ、ハゲ』といいながら前を通り過ぎました。思いがけずその場に遭遇した私は、相手の子はまだ小さいし、気になって彼の背中をトントンとたたいて言ったんです」

「『ハゲはね、病院で大変なことをいっぱいして、がんばった証拠なんだよ』と。そうすると次に迎えに行った時には、彼は『ハゲはがんばった証拠、ハゲはがんばった証拠』と言いながら私たちの前を通り過ぎていきました」

「子どもの場合は、好奇心がつい強い言葉になってしまうことがあります。でも、なぜそうなったのかを伝えると、ちゃんと理解してくれる。だからこそ、周りの大人たちがきちんと伝えなければいけません。『見たらダメ』とか『その話題に触れたらダメ』と大人が腫れ物のように扱ってしまうと、幼い子どもは知るチャンスを失い、病気や障がいは何かいけないこと、触れてはいけないことなのだと認識してしまいます」

「皆とちょっと違う人がいた時に、気になって凝視したり口にしたりすることは悪いことではありません。その時に近くにいる大人の方が、事情を知らなくても『きっと頑張ってる子なんだろうね』という話をしてもらえたら嬉しいなと思います」

「がんではない息子を知ってくれていた人たちとのつながりが、力になった」

最初の入院をした時の結人くん。「初めの入院では何が何だか分からず、すべてを怖がっていました。仮面ライダーが大好きで、好きなものをベッド周りにたくさん置いていました」

2歳9ヶ月でがんを発症した、田村さんの息子の結人くん。

「1年間の抗がん剤治療と手術で寛解(病気の症状や徴候の一部またはすべてが警戒した状態、あるいは見かけ上、消滅して正常な機能に戻った状態)し、元気に幼稚園と小学校に3年間、通いました。小学1年生の夏に再発が分かり、その後2年、病院と家を行き来する生活が続き、小学3年生で亡くなりました」

「最初の入院中、ずっと退院を目指して頑張ってきたけれど、退院後にも様々なしんどさがあることを知りました」と当時を振り返る田村さん。

様々な葛藤がありながらも、8歳で結人くんが亡くなった後、「小児がんになった結人くん」ではない結人くんを知ってくれている人たちの存在やつながりは、田村さんが再び前に向く力になったといいます。

2006年、チャイルド・ケモ・ハウスの普及イベント前に募金箱を手作りする結人くん

田村さんに、活動へのモチベーションを尋ねました。

「活動が過去の自分の経験にとらわれてしまっていないかとふと思う時もありますが、今の当事者の方たちの声を聞きながら、自分も悩んでいたな、困っていたなということを一緒に解決していくための活動ができるのは大きなモチベーションです」と田村さん。

「私が人生を終える時が来たら、結人には『よくやったね』と迎えにきてほしい。『ごめん、中途半端で』と彼に言うのは嫌かなと思っています。息子はチャイルド・ケモ・ハウスの施設の完成前に亡くなってしまいましたが、生前、私がチャイルド・ケモ・ハウスの普及活動をしていることを知っていました。闘病中、息子の状態が良くなくて私の方が落ち込んでいた時に、『いいやん。俺を産んだし、チャイルド・ケモ・ハウスの活動ができてるし』と言ってくれたんです」

「『確かに、私はそれで十分』と思って。私がここで病気のお子さんやご家族の支援に取り組めていることに対して、彼が『いいやん』と言ってくれたこと、認めて応援してくれたことは、今でも私の中で大きな力になっています」

団体の活動を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、チャイルド・ケモ・ハウスと2/7(月)~2/13(日)の1週間限定でコラボキャンペーンを実施、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。

JAMMINのホームページからチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円が団体へとチャリティーされ、それぞれの地域の中に、悩みや不安を分かり合える仲間を増やしていくための活動の資金として活用されます。

「JAMMIN×チャイルド・ケモ・ハウス」2/7~2/13の1週間限定販売のコラボアイテム。写真はTシャツ(700円のチャリティー・税込で3500円)。他にもパーカー、バッグなど販売中

JAMMINがデザインしたコラボデザインには、ハウスを形どった手を描きました。
地域の中に暮らす人たちが手を取り合い、誰もが「我が家のように安心できる場所」を増やしていこうというメッセージが込められています。

JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中。こちらもあわせてチェックしてみてくださいね!

小児がんや重い病気を持つ子どもたちと家族が、退院後も笑顔で、安心して暮らせる地域のために〜NPO法人チャイルド・ケモ・ハウス

山本めぐみ(JAMMIN):

「JAMMIN(ジャミン)」は京都発・チャリティー専門ファッションブランド。「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週さまざまな社会課題に取り組む団体と1週間限定でコラボしたデザインアイテムを販売、売り上げの一部(Tシャツ1枚につき700円)をコラボ団体へと寄付しています。創業からコラボした団体の数は390超、チャリティー総額は6,500万円を突破しました。

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