今日、あなたは何を、誰と食べましたか?私たちは日々、食べ物や食べるシチュエーションを選択して生きています。食の選択が日々の生活に与える豊かさは、実ははかり知れません。噛む力や飲み込む力が弱い、「摂食嚥下(えんげ)障害」のある子どもたちにも、ワクワクできる食事を楽しんでほしい。当事者の子を持つ母親が、ある「スナック」を立ち上げました。(JAMMIN=山本 めぐみ)

摂食嚥下障害のある子どもとその家族の情報交換・発信の場

「もぐもぐは、それぞれ。口からペースト状・刻み・一口大などさまざまな形状にして食べたり、鼻や胃にチューブを入れて食べたり、その両方をしたり…。食事の楽しみ方のもぐもぐは、本当にそれぞれです」

一般社団法人「mogmog engine(もぐもぐエンジン)」が運営するバーチャルスナック「スナック都ろ美(とろみ)」。摂食嚥下障害のある子どもを持つ加藤(かとう)さくらさん(42)、永峰玲子(ながみね・れいこ)さん(45)が「ママ」を務め、当事者家族の情報交換の場、また摂食嚥下障害の啓発の場として、オンラインとリアルの両方で「開店」しています。

「スナックは、入るとママさんや見知った常連さんがいて、飾らずに日常の何気ない不安や愚痴を言えて、ちょっとスッキリできるような場所ですよね。そんな場所にしたいと思い『スナック都ろ美』と名付けました」と二人。

お話を聞かせてくださった「スナック都ろ美」の加藤さくらさん(写真左)、永峰玲子さん(写真右)

当事者家族に向けて、月2回ほどのオンラインのバーチャルスナックの開店と、通話アプリ「LINE」を用いたオープンチャットがあり、摂食嚥下障害のある子どもの食をはじめ、日々の生活のさまざまな悩みや不安、愚痴を吐露できる安心安全な場所だといいます。

さらに、医療や障害関係者に、子どもの摂食嚥下障害のことやとろみ食について知ってほしいと、福祉系の専門学校や学会などでの出店、当事者家族や現場の声を生かしたインクルーシブフードの開発、講演やメディア出演といった啓発活動も行っています。

摂食嚥下障害とは

加藤さんの娘の真心さん。「食べることが大好きですが、今は噛む力が低下しているため、丸飲みしても大丈夫なサイズやまとまり、弱い力で噛める柔らかさ、そして見た目が周りと同じであることが娘のお食事の攻略ポイントです」

そもそも、摂食嚥下障害とはどのような障害なのでしょうか。

「それぞれに症状は全く異なってはきますが、食べ物をうまく咀嚼して、唾液でまとめて、飲み込むことが難しい状態のことです」と加藤さん。加藤さんの娘の真心(まこ)さん(13)は、生後半年で「福山型筋ジストロフィー」という重度の筋ジストロフィーであることがわかりました。

「進行性の病気のため、もともとは食べられていたものが食べられなくなっていきました。小学校低学年あたりから噛む力が弱くなり、それまでは食べることができたお肉などを噛むのが難しくなりました」

「喉に詰まらないように一口サイズに切っていましたが、それでも食べるのが難しくなってくると、さらに細かく刻んで、誤嚥しないようまとまりをつけるため、マヨネーズで和えるなどしていました」

永峰さんの娘の楓音さん。「普段は誤嚥しないように、食事をミキサーにかけてとろみやまとまりを調整するので、見た目がほぼ茶色になりがち。お祝いなどの晴れの日に、やわらか食のお弁当を通販で注文すると、食卓も一気に華やかになります」

「赤ちゃんは生まれてすぐにお母さんのおっぱいを吸うところから始まって、徐々に口を動かして、噛んで、まとめて、ごっくんと飲み込む訓練をしていきますが、娘の場合は、脳からの指令の伝達がうまくいかず未発達なため、噛む、吸う、飲み込むことがなかなかうまくできません」と永峰さん。永峰さんの娘の楓音(かのん)さん(13)は、生まれて間も無くてんかん発作を起こし、「大田原症候群」と診断され、一生寝たきりだと告げられたといいます。

「食べ物を口に入れる時、それを認識したり距離感をはかることも難しく、そういった要素が重なって、自分で固形物を食べるということが難しいです。食べ物をミキサーなどにかけて細かくすることで、まず『噛む』を整え、とろみをつけることで『唾液でまとめる』を整えた状態で口に入れると、舌が動いて、そのまま飲み込むことができます」

「食の楽しみは、生きる楽しみ」

朝食(写真上)を、とろみをつけた状態(写真下)。「食事は全てミキサーにかけ、水分が多くサラッとしているものは、とろみ剤でヨーグルトくらいのまとまりにしたり、ご飯などベタつくものは、ゲル化剤を使うことでツルっと仕上がります」

「『他の人と同じ食べ物を食べる』というのは、『見た目』もあります」と加藤さん。

「うちの子の場合は、もともと皆と同じものを食べていたのもあって、見た目が周りと同じじゃないと食べたくないんです。でも、家族と同じ献立を、全部まとめてミキサーにかけて出した時に、果たして見た目が同じかというとそうではないし、おいしそうではないですよね」

「作り手としては面倒だと感じることもあるのですが、もし私が娘の立場だったら、自分もそう思うよな、皆と同じものを食べたいなと思うんですよね。でも、摂食嚥下障害の子どもたちが食べたいと思えるものが、どれだけあるかということなんです」

最近は、見た目はほぼそのまま、食べ物を柔らかくしてくれる「ケア家電」も登場しており、「固形物は食べられないけれど、皆と同じものを食べさせてあげたい」というニーズに応えられるようになりました。こうした「情報」をどれだけ得られるかも、当事者家族の生活の質につながると加藤さんは話します。

世界初の子ども向けのやわらかいお弁当「もぐもぐBOX」。「子どもが好きな唐揚げやパスタ、お肉、エビフライなどが献立に並びます。一度調理した後に、ミキサーや寒天などを使って咀嚼しやすい形状にし、再度見た目に美しい状態に加工してあります」

「子どもが食べてくれないことは、親御さんにとってストレスにもつながりかねません。その軽減のためにも、普段からさまざま情報に触れ、そこから何をどれだけ、どう取り入れるのかという日々の選択が大切になってきます」

「食に対する親御さんの考えもそれぞれ。胃ろうのお子さんで、胃への栄養剤の注入だけという親御さんもいるし、娘のように両方を使い分けていたり、あるいはできるだけ口から食べることにこだわっている親御さんもいます」

「私は、『もし自分だったら』と想像すると、毎日ただ胃に栄養剤を注入するだけなのは、萎えてしまうと思うんです。食の楽しみは、生きる楽しみでもあります。もし食が好きだったら、それを諦めなくていい。おいしく、楽しく、ワクワクできるように、できるだけたくさん選択肢があるといいなと思っています」

障がいが知られておらず、立ちはだかるさまざまな壁

皆が笑顔になれるインクルーシブスイーツ。「昨年度、東京都との共同事業で開発したスイーツです。子どもから高齢者まで、摂食嚥下障害がある人も皆で一緒に食べることができ、幸せにしてくれます。このようなメニューが外食先で増えるといいな」

「摂食嚥下障害の子どもたちも、皆と同じように食を楽しんでいこうとなった時に、いくつかの壁が立ちはだかります」と永峰さん。摂食嚥下障害のことが知られておらず、市販品のレパートリーが少ないために親の負担が大きかったり、外食しづらいということがあるといいます。

「離乳食のようにレトルトで市販されているものもありますが、子ども用ではなく、介護食として高齢者向けにつくられたものがほとんど。子どもは、ハンバーグとか唐揚げとかが好きですよね。それは摂食嚥下障害の子どもであっても同じですが、高齢者向けとなると、どうしても渋めのメニューになりがちです。それはそれで、もちろんおいしいのですが‥」

さらに、外出時の食事に関しては、食事に限らず、車いす入店の可否や障がいのある人が排泄できるトイレやおむつ交換できる介護用ベッドの有無なども関係してくると加藤さんは指摘します。

サイゼリアにて、外食を楽しむ永峰さん親子。「お店はバリアフリーで入りやすく、ミラノ風ドリアはクリームソースがいい感じにまとめ役になってくれるので、フォークで調整するだけでそのまま食べられる奇跡の食べ物。皆と一緒に外食を楽しんでいます」

「ハード面の整備はお金もかかるし、設計上のことなどもあると思うので、すべてをバリアフリーにしてくださいと思っているわけではありません。ただ、お店は難しくても、たとえば近くにある多目的トイレを探しておく、介護用ベッドの代わりにここを使っていいよという一角を用意しておくといった、迎え入れる心構えをしていてもらえたらすごく嬉しいです」

「食べ物に関しては、お店のメニューがそのままでは食べられない子どもたちなので、『レトルトの持ち込みOK』『ミキサー貸し出すよ』とか『持ち込んでもいいよ』といったウェルカム感、『食形態を自由に楽しんでね』という雰囲気を出してもらえたら嬉しいです」

「さらにもう一歩踏み込めば、家族皆で、『いただきます』と『いっせーのーで』で一緒に食べられるメニューがあれば、すごく嬉しい。全部が全部をかなえるのは難しいと思いますが、決して不可能なことではないと思っています」

「ちゃんと目の前の我が子を見てあげてね」。
主治医から言われた一言

外食を楽しむ加藤さん親子。「メニューの中から娘が食べられるものを探すのは一苦労だけど、ソースやオイルでまとまりをつけたりと工夫をして、一緒に食事を楽しんでいます」

13年前に娘の障がいがわかった時、「無力さ、無知、孤独を感じて絶望した」と加藤さん。

「今から医師になって治療法を見つけ出すとさえ思いましたが、それにはあまりにも時間がかかると思い、『食だったら自分にもできる』と、玄米菜食、グルテンフリー、ナチュラルフード‥いろんな講習を受けて資格を取って、日々の食事にかなりストイックに取り組みました」

「そんな頃、主治医の先生に『情報に振り回されないでね。ちゃんと、真心ちゃんの目を見て生きてね』って言われたんです。『真心ちゃんが何をしたら喜ぶのか、この子を見てあげてね』って。当時の私は、目の前の娘を見ないで、その先の不安や情報に翻弄されていました。完全に大事なものを見失っていたんです」

「自分が笑顔になると、この子も笑顔になる」

NICUにいた楓音さん。「口からチューブを入れ、ミルクを飲んでいるところです」

初めての出産で、娘が産声もあげずに娘が産まれてきた時、「何が起きたかもわからなかった」と永峰さん。てんかん発作を起こして大きな病院へと緊急搬送され、NICUに入っている1ヶ月の間、「私ができることといえば、母乳を絞って冷凍し、持っていくことだけでした」と振り返ります。

「会いに行くと、体中を管でつながれて、ミルクを口や鼻からチューブで飲む娘の姿がありました。一生寝たきりだと告げられ、目の前で起きていることを受け入れられず、産んだ後もしばらくお腹が大きいのですが、『もしかしたらこれは全部夢で、私はまだ妊婦なのかもしれない。悪夢であってほしい』と思いました」

しかし、同じ疾患の子どもを持つママに会いに行った時、意識が変わったといいます。

「会うまでは『自分の子どもの未来を見にいくようでつらい』と思っていましたが、確かに重い障害はあるけれど、ママは明るく、子どもはとても愛されていて。その姿を見て、大丈夫だって思えたんです」

「この時を機に、明るく前向きになりました。そうすると今度、娘が笑うようになったんです。『自分が笑顔になると、この子も笑顔になるんだ』って気づいて。娘がどうしたいか、どう幸せを感じるか。できないことではなく、できることや幸せなことに目を向けていこうと切り替えて生活をするようになって、本当に楽になりました」

同じおいしさを共有できる場は、
世界平和への第一歩

「一つのテーブルで、皆で同じメニューを囲んで一緒に『いただきます』することができた時、その空間にはまさしく『障害』という概念はありませんでした。きょうだいさんで同じ形状のものを食べて嬉しそうにしている姿を目にして、感動で涙があふれました」

「私たちはここから、世界平和を目指しています」と二人。

「『皆で一緒に食を楽しむ』こと、それにものすごいテクノロジーが必要かというと、そうではないですよね。なのになぜ今すぐそれが実現できないんだろうと考えると、やはりそこには壁があって、もっとこの障害のこと、食の多様性を知ってもらう必要があると感じています」

「誰もが同じように、分け隔てなく同じものが食べられる。『食の障害』を取っ払うだけで、ただ一人の人対人として、同じおいしさを、平和を共有できる。『食が好き』というポジティブなエネルギーは、人をつなぎ、障害を乗り越える力になると信じています」

団体の活動を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、7/10〜7/16の1週間限定で「スナック都ろ美」とコラボキャンペーンを実施、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。

JAMMINのホームページからチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円が団体へとチャリティーされ、摂食嚥下障害のことや摂食嚥下障害のある子どもたちの食について、一人でも多くの人に知ってもらうための啓発グッズやチラシ制作の資金として活用されます。

1週間限定販売のコラボデザインアイテム。写真はTシャツ(700円のチャリティー・税込で3500円)。他にもバッグやキッズTシャツなど販売中

JAMMINがデザインしたコラボデザインには、「嚥下」の語源にもなっている「燕(ツバメ)」が、とろみのついた食べ物をすくったスプーンをくわえ、空を飛ぶ姿を描きました。

摂食嚥下障害への理解が広まり、皆が同じように、おいしいものや食べたいものを食べる空間をシェアできるように。ツバメがくわえたスプーンは、摂食嚥下障害のある子どもたちが食を豊かに楽しめる社会を広げていくための、思いと思いをつなぐバトンとしても描かれています。

JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中!
こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。

・食でかなえる世界平和。摂食嚥下障害のある子どもたちも、皆と一緒に「楽しくワクワクできる」食事を〜スナック都ろ美(一般社団法人mogmog engine)

「JAMMIN(ジャミン)」は京都発・チャリティー専門ファッションブランド。「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週さまざまな社会課題に取り組む団体と1週間限定でコラボしたデザインアイテムを販売、売り上げの一部(Tシャツ1枚につき700円)をコラボ団体へと寄付しています。創業からコラボした団体の数は400超、チャリティー総額は8,000万円を突破しました。

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