文部科学省の発表によると、小・中・高等学校及び特別支援学校におけるいじめの認知件数は517,163件 (令和2年)。新型コロナウイルス感染拡大によって学校生活にもさまざまな影響がある中、不安を誰にも相談できないような子どもたちも少なくないのではないでしょうか。「君は一人じゃないよと伝えたい」。佐賀からいじめを撲滅するために活動する一人の男性がいます。(JAMMIN=山本 めぐみ)

「佐賀からいじめをなくしたい」。小中学校で出張授業

佐賀からいじめを撲滅するため、県内各地に足を運び、行政や学校関係者と連携して活動している古場英樹さん(写真右)。目の前に広がるのは、大好きな故郷・佐賀の海

佐賀で活動する一般社団法人「地域活性化いじめ撲滅実行委員会」は、佐賀県内の小中学校へ出向き、いじめのこわさや命の尊さを伝える出張授業を無償で実施しています。コロナ前は一年間に80校ほど訪れて授業を行っていました。さらには24時間365日、子どもからのいじめに関する相談を受け付けるほか、不登校の子どもたちや塾に通うことが難しい子どもたちのための学習支援も行っています。

団体を立ち上げた代表理事の古場英樹(こば・ひでき)さん(50)。自営業の傍ら、「佐賀からいじめをなくしたい」とこの活動を続けてきました。

小学校での授業の様子。「団体アンバサダーでありミュージシャンの德丸英器さんによる倫理と音楽の特別授業です。子どもたちと一緒に、地域の応援歌を作曲しました」

「出張授業で何よりも強調しているのは『いのちを大切にしよう』ということ」と古場さん。

「誰かをいじめることは恥ずかしいことで、直接いじめてはいなくても、いじめを見て見ぬふりすることも立派ないじめだよということを伝えています。クラス単位でお話しすることもあれば、学年や全校生徒、あるいは保護者さんも交えてお話しすることもあります」

「私が前に立って授業をすることもあれば、皆で輪をつくって話し合うようなかたちをとることもあります。すでにいじめが起きていているようなクラスの場合は、より具体的に、子どもたちと率直な意見交換をすることもあります」

「クラスの子どもたち一人ひとりの意見を聞いて黒板に書き出しながら、今起きていることを一緒に考えます。一時間の授業で足りない場合は、週に2回でも3回でも、皆で考え、話し合う時間を設けるようにしています」

「授業中、つらさやしんどさから、うつむいたり泣き出したりする生徒が出てくることがあります。担任の先生方もまだ把握できていなかったいじめが、授業によって露呈されることもあって、先生方には『授業の間、子どもたちの表情を注意して見ておいてほしい』とお願いしています」

いつでも受け付けているいじめの電話相談、「9割9分、会いに行く」

古場さんたちが佐賀県内の学校に配っているいじめ相談ダイヤルのハガキ。「県内の小中学校に、定期的に配布しています」

もう一つの活動が、24時間365日、年中無休のいじめの相談受け付けです。

「教育委員会さんを通じて、佐賀県にある小中学校の児童にカードを渡していただいています。わたしの携帯番号が書いてあって、子どもたちが苦しいとき、いつでも電話をかけてきてほしいと思っています」と古場さん。

「電話相談は、夜は私が一人で対応しているのですが、いつ子どもから電話がかかってくるかわからない。おかげでお酒が飲めなくなって健康的になりました」と笑顔を見せる古場さん。「電話をかけてきた子どもは、必要があればすぐに駆けつける」と話します。

「連絡をくれた子のほとんど全て、9割9分は会いに行きます。教育委員会の協力体制ができつつあり、職員の方が一緒に同行してくださるかたちも出てきました」

なぜ、相談を受けるだけでなく駆けつけるのか。古場さんに尋ねました。

「学校でいじめを受けている、しんどい、つらい…。これらは本来、子どもは親御さんに相談できたら良いと思います。しかし子どもたちは、自分がしんどい時でさえも親御さんに気を遣って遠慮して相談しない。知らない番号に、それも皆が寝静まるのを待って連絡をしてくることがほとんどなんですね」

団体が行っている学習支援の様子。「全ての子どもたちが学びの機会を諦めることがないように、という思いで実施しています」

「その状況を想像すると、子どもはどれだけ孤独だろうかと思うんです。だから、それが何時であろうと、どこにいようと関係なく、『どこにいるの。今から会いに行くから』と」

さらには直接会って話を聞くだけでなく、学校や教育委員会とも連携を取り、その子が学校に戻りたいなった時、できるだけ負担なく戻ることができるような受け入れ体制を整えている点が、活動の大きな強みだと古場さん。

「この3年ほどは、年間50人前後の子どもたちから相談を受けましたが、そのうち9割が学校に戻ることができました。通常は3割ほど戻れたら良いと言われているそうなので、これはかなり大きな数字です。これは教育の現場のプロの方たちの連携があるからこそ。本当にたくさんの協力があって、子どもたちを支えることができています」

高校の時に経験した壮絶ないじめ、「ひとりじゃないよと伝えたい」

つながった子どもたちの「海に行きたい。船に乗りたい」という声に応え、船舶免許を取得した古場さん

夜中であっても、子どもたちのもとに駆けつける。なぜ古場さんはそこまでするのか。それには、自身の過去のいじめの経験があるといいます。

「私自身が、小中学生のときにいじめっ子だったんです。しかし高校に入学して、壮絶ないじめに遭いました。野球の推薦で高校に入り、入学前から練習に参加していたのですが、すぐにいじめが始まりました」

「決して裕福ではなかった親戚が『やりたかった野球で高校に入ったお祝いに』と、私がほしかったグローブを、お金を貯めて買ってくれました。すごく嬉しかった。でもこの気持ちのこもったグローブも、いじめのいやがらせで傷つけられたり隠されたりしました。つらかったし、許せなかった」と当時を振り返る古場さん。

「一度、私が先輩から正座して殴られている時、先生が前を通りかかったことがありました。『よかった、これで助かる』と思ったのも束の間、先生は見て見ぬふりをして私の前を過ぎ去りました」

子どもの頃の古場さん(写真中央)。「小中学校の時は野球に熱中していました。負けん気が強く、人を笑わせるのが好きでした」

「30年以上も前の話だけど、今でも夜ふとした時に、当時の光景が鮮明に浮かぶことがあるんです。その時のことが一つひとつ、ものすごく心にひっかかっているんです」

「これはいじめられた人にしかわからない気持ちだと思うんです。正直私も、いじめていた時の光景は覚えていません。でも、私から嫌なことをされた人は、今もそれが心の中に残っているでしょう」

「私はいじめに耐えられず、部活を辞めて学校にもほとんどいかなくなってしまいました。でも今思うこととして、あの時、誰か一人だけでも助けてくれる人がいたら、一人だけでも味方になってくれる人がいたら、もしかしたら、なんとか乗り切れたんじゃないかと」

「だから、今いじめを受けている子たち、つらくてしんどい子たちに、『あなたの味方だよ。あなたは一人じゃないよ』ということを、直接会って伝えたい。『一人じゃない』と感じられたら、精神的に少しは楽になれると思うんです。だから、それを伝え続けたい。そういう思いでやっています」

「佐賀は大好きな生まれ故郷、良い部分を残していくために、まずは行動に移すこと」

どうやったらいじめのこわさを子どもたちに伝えられるか。活動を始めた頃は、いじめのこわさを伝えるためにプロレス劇で学校を巡回していた。リングに上がり、ヒール役をする古場さん(写真中央)

佐賀で生まれ育った古場さん。「昔からあったコミュニティの、良い部分を残していきたい」と話します。

「子どもの頃、自分が悪いことをした時には、地域の大人たちが怒ってくれました。しかし今、同じように大人が子どもに何か注意をしようものなら、『変な大人に声をかけられた』というふうになりかねません」

「地域の子どもを、地域の大人が守っていく。昔はごくごく当たり前にあったコミュニティが、佐賀のような田舎でもだいぶ失われつつあります。でも、良い部分を残していきたい。大好きな佐賀だからこそ、そこは必ず実現できると信じて活動しています」

「同じ思いを持つたくさんの方が、業種を超えて活動に協力してくださっています。一人の大人として、それがたとえば『一人だからできないよ』とか『民間だからできないよ』ということではなく、それぞれ立場は違っても、子どもたちのため、佐賀のため、個人や企業、民間や行政が共に手を取り合って協力し合うことで、絶対に良い地域ができてくると思っています」

学校でのあいさつ運動を共催する佐賀市教育委員会へ、打ち合わせに訪れた際の一コマ。「官民や業種の垣根を越えて、報告・連絡・相談をこまめに行い、地域の大人も一緒に参加できる体験イベントなど、子どもたちの応援団が増える企画をいつも考えています」

「『できない』とか『しない』っていう選択肢もあるかもしれません。だけど、できない中でも、できることを一緒に探していく。まずは腹を割って話すことから始めて、この問題に本気で取り組んでいるところを、言葉ではなく行動で見てもらって、仲間を増やしていく。活動を振り返っても、そうやって協力してくださる方が増えていきました」

「私たちが活動を始めた頃は、いじめのこわさを伝えるためにプロレス劇で学校を巡回していました。でも、なかなか周囲の理解が得られなかった。しかし次第に私たちの本気が伝わり、批判していた方たちが、今では一番応援してくださっています。言葉も大事だけど、まず行動が大事。すべては行動から始まると思っています」

「悩んでいる子どもたちのために、佐賀から発信していきたい」

窓から子どもたちの様子を伺う佐賀のおじさん二人。「子どもたちをそっと見守る大人が、地域に一人でも増えることを願って」

「私たちのところに相談をくれた子たちが、学校生活に戻った後、学校での何気ない出来事を笑顔で話してくれるんです。それが何より嬉しく、原動力になっています」と古場さん。

「大変な活動なので、毎年『今年でもう終わりにしようか』って思うんですけど、子どもたちと接していたら、やめられない」と話す古場さんに、今後のビジョンを伺いました。

「いじめで苦しんでいるすべての子どもたちの相談を受けられるように、そして佐賀県を超えて全国のいじめで苦しんでいる子どもたちのために、今後は人材の育成やノウハウをお伝えしていくことにも力を入れていきたいです」

「あとはそうですね、子どもたちが気軽に相談できたり、『うちでも話をして』って気軽に声をかけてもらえるように、相談や学校の出前授業などは、すべて無料であることにこだわってやってきましたが、今後も子どもたちに対して無料を貫いていきたいと思っています」

「実際は相談をくれた子どもに会いに行くガソリン代だけでも、私一人で年間50万円ぐらいかかっていて、運営はかなり厳しい状態ですが…、これからも子どもたちに無料で活動を届けられるように、がんばっていきたい」

「子どもの時だけでなく、大人になってからもいじめはありますが、必ず味方になってくれる人がいるし、必ず助けてもらえる道があるよということも、お伝えしたいと思っています」

団体の活動を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は9/5〜9/11の1週間限定で地域活性化いじめ撲滅実行委員会とコラボキャンペーンを実施、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。

JAMMINのホームページからチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円が団体へとチャリティーされ、いじめに悩む子どもたちを支援するための資金として活用されます。

1週間限定販売のコラボデザインアイテム。写真はTシャツ(700円のチャリティー・税込で3500円)。他にもバッグやキッズTシャツなど販売中

JAMMINがデザインしたコラボデザインには、自分の思いを伝えること、またより良い未来のために声を上げてアクションを起こすことの象徴として、ギターを弾きながら歌うオオカミと、その歌声に耳を傾ける動物を描きました。子どもと大人たち、地域の人たち…、皆がお互いの笑顔で元気になって、一緒に明るい未来をつくっていこうという思いを表現したデザインです。

JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中。こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。

・「君は一人じゃない」子どもたちをいじめから守り、撲滅する地域づくりを佐賀から発信〜一般社団法人地域活性化いじめ撲滅実行委員会

「JAMMIN(ジャミン)」は京都発・チャリティー専門ファッションブランド。「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週さまざまな社会課題に取り組む団体と1週間限定でコラボしたデザインアイテムを販売、売り上げの一部(Tシャツ1枚につき700円)をコラボ団体へと寄付しています。創業からコラボした団体の数は400超、チャリティー総額は7,500万円を突破しました。

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