SDGsの目標年まであと10年。企業もサステナビリティの取り組みが待ったなしだ。新型コロナへの対応も迫られる中で、環境省は「脱炭素社会」「循環経済」「分散型社会」に向けた経済社会のリデザインを示した。7月に環境事務次官に就任した中井徳太郎氏に聞いた。(聞き手・森 摂=オルタナ編集長、吉田 広子、池田 真隆)

地域循環共生圏で大量生産・消費を見直し、エネルギーや食料の自立・分散型の社会を目指す 撮影:川畑 嘉文

─環境省がこれから力を入れるテーマは何ですか。

気候危機と新型コロナウイルスのリスクは同時にとらえています。今後も異常気象は相次ぎ、第2第3の感染症も起こりうるでしょう。人間に例えると、いま、地球は「生活習慣病」にかかった状態だと思っています。つまり、体質を根本的に改善しないと治らないのです。

具体的には、社会・経済を一極集中型から「分散型」に変えていくことが必要だと考えます。そのためには、デジタル投資によるDXが欠かせません。ニューノーマル時代は「3密回避」が必須ですが、DXが進むことで、必然的に分散型の社会・経済が成り立ちます。

高度経済成長期に政府は多極分散型国土をつくるための政策を打ち出しましたが、今回は、政府によるトップダウン型ではなく、事業者によるボトムアップ型のDXで社会のリデザインを進めることが有効だと考えています。

キーワードは「脱炭素社会」「循環経済」「分散型社会」です。企業のサステナビリティ活動は、存在の危機を乗り越える「サバイバビリティ活動」が不可欠になるでしょう。

「26%減」では2度目標は無理

─欧州では経済復興と脱炭素を掛け合わせた「グリーンリカバリー」が盛り上がっていますが、日本はどうでしょうか。

日本も「グリーンリカバリー」では負けていません。今年7月に閣議決定した成長戦略及び骨太方針2020に環境と成長の好循環を実現するという方針を盛り込みました。

パリ協定は、産業革命以前と比較して気温上昇を2度未満に抑えることを求めていますが、日本は2030年度までに温室効果ガスの排出を2013年度比でマイナス26%を自己目標に掲げています。しかし、「26%減」を達成しても、パリ協定で定めた2度未満に抑えることはできません。

9月からは経産省と合同の審議会を開き、地球温暖化対策計画の見直しを始めています。3月に提出したNDCでは削減目標についてエネルギーミックスと整合的な意欲的な数値を目指すとしており、これにつなげていきます。来年11月の「COP26グラスゴー会議」までには発表する予定です。

環境と成長の好循環を生み出すために、水素社会を実現するための設備投資やグリーンボンドの発行を含めたESG金融の推進、再生可能エネルギーの主力電源化、分散型エネルギーシステムの確立などを目指したいと考えています。

─2018年に閣議決定した第五次環境基本計画では目指すべき社会として「地域循環共生圏」を掲げました。環境、社会、経済を同時に回していくことを環境政策として打ち出しましたが、地域循環共生圏で目指す「新しい成長」とは何でしょうか。

質的成長めざし モノサシ変える

質的成長を軸に人口減社会に対応する

地域循環共生圏は、大量生産・消費のあり方を見つめ直し、エネルギーや食料を地域の資源からつくる自立・分散型の社会を目指すための考え方です。地域にある全ての資源を生態系(エコシステム)がもたらす恵みととらえて、健康的な成長を目指しました。ここでいうところの新しい成長とは「質的な成長」のことです。貨幣経済では測ることができない、生活の質の向上も含まれます。

人口が減るとGDPが減るという議論もありますが、付加価値の高い技術・モノ・場所に適正に資金が回るようになれば、人口が減ってもGDPが減らない社会が可能となります。こうした考え方が財政や税収の面から見ても極めて重要です。

地域循環共生圏を具現化するために、今年に入り「環境省ローカルSDGsプラットフォーム」を立ち上げました。これは、人とモノと資金と技術をつなぐ場です。

このプラットフォームでは、各地域の資源を活用したビジネスをつくるために、関係省庁による支援制度の紹介や地方銀行や信用金庫の相談などを受けられます。地域金融機関が単独では一歩踏み出せない案件を環境省として支援します。

ビジネスパートナーとのマッチングの場として大いに活用してもらいたいですね。現在、企業へ登録を呼び掛けています。

炭素の価格付け 有効なナッジに

─7月の就任会見では炭素税の必要性を強調していました。その意図は何でしょうか。これからの時代、サステナビリティの流れを加速するためには、お金の流れを変えていかないといけないと考えています。環境省がESG金融に力を入れているのもそれが理由です。

大手金融とはハイレベル・パネルで議論したり、地域金融には地域循環共生圏で描いた曼荼羅(まんだら)を見せたりしています。彼らと話すほど、「国として脱炭素社会に向かう指標がほしい」と言われるのです。その期待に応えるために、炭素の排出は割高ということを発信する必要があるのです。

2012年に導入した温暖化対策税の税率はガソリン1リットル当たりに換算すると0.76円程度ですが、今後は気候危機と感染症のリスクが同時に高まっていくでしょう。

環境省としては、カーボンプライシング(炭素税、排出量取引など)を各方面が裨益できるスキームとして設計し、社会に実装したい。ですが、今はコロナ禍で経済が大きな影響を受けているので、時期は慎重に見極める必要があります。環境と成長の好循環に向けて大いに議論することが重要ではないでしょうか。

レジ袋の有料化で、コンビニではレジ袋を辞退する人の割合が7割になりました。このことにより、環境意識を持つ人が増え、行動経済学でいうところのナッジ(自発的に動く動機)になったと認識しています。カーボンプライシングも一種の「ナッジ」になりうると期待しています。

中井 徳太郎(なかい・とくたろう)
85年東大法卒、旧大蔵省へ。16年環境省廃棄物・リサイクル対策部長、17年総合環境政策統括官。20年7月から環境事務次官。東京都出身、58歳。

*雑誌「オルタナ」62号(第一特集「エシカル消費、SDGsが牽引」)は9月30日に発売予定