俳優・香川照之が昆虫をテーマにした子ども服ブランドを始める――。このニュースが発表されたのは2年前。なぜ昆虫なのか、なぜ子ども服なのか。人気ドラマの撮影の真っただ中、そんな疑問を直接本人にぶつける貴重な機会を得た。香川照之は「ぼくは単に子ども服を売りたいわけではない。昆虫の危機を感じ取る感性を伝えたいのです」と強調する。(オルタナS編集長=池田 真隆、吉田 広子)

香川 照之(かがわ・てるゆき)俳優/Insect Collection、INSECT LAND、Insect Gardenプロデューサー

平成のドラマ史で最高視聴率(42,2%)を記録した「半沢直樹」(TBS系)。その続編シリーズの撮影も佳境に入った9月2日に香川さんへのインタビューは実現した。

インタビューと言っても、与えられた時間は「10分間」。香川さんの真意を引き出すため、思い切って1つのトピックに絞って質問した。それは、「なぜ昆虫にこだわるのか」。

香川さんが立ち上げたブランドを紹介する。最も有名なのが親子向け服育ブランドのInsect Collection(インセクトコレクション)だ。ニュージーランド在住のデザイナーによる昆虫をモチーフにしたデザインが子どもたちに人気を博す。香川さんはプロデューサーとして、すべてのアイテムのデザインにかかわっている。

リーズナブルな価格帯の洋服や雑貨を通して、子どもにTPOやマナーなどの社会性、環境問題、国際性に対する理解を深める「服育事業」だ。ローンチして2年で30万アイテムを販売した。最近では、環境配慮型の加工剤を使ったアイテムや、アフリカの感染症対策団体へ収益を全額寄付する昆虫柄マスクが子どもたちに好評だ。今後は、レジ袋の代替として、キャッサバ粉100%の食べられる袋に入れて商品を提供していく。

昆虫をモチーフにした親子向け服育ブランドのInsect Collection 写真:川畑嘉文

同ブランドの洋服の素材の一部にはオーガニックコットンを使用しており、在庫ロスゼロを目指した販売体制を構築。1アイテム売れるごとに64円を昆虫保護団体に寄付している。64円にした理由は虫(ムシ)にちなんだ。

服や雑貨だけでなく、子どもに生き物との共生や地球環境を伝えるための絵本も作っている。それが、自然教育絵本ブランドのINSECT LAND(インセクトランド)だ。すでに蛍とカブトムシを主役にした絵本を2冊発売しており、物語は香川さんが考えた。

香川さん自ら物語を考えた絵本

11月23日にはカマキリが主役の3冊目の出版も決まっている。テーマはSDGs。この絵本は、「国連生物多様性の10年日本委員会」の推薦図書に選ばれてもいる。シリーズは今後も続き、全9作を3年かけて出版していく。9月1日には、リュックや頭巾、ライト、笛などの一式を揃えた防災グッズを同ブランドから販売した。

9月2日には、3つ目のブランドとして「Insect Garden(インセクトガーデン)」を発表した。コンセプトは「地球の声を聴こう」。植物の押し生花で昆虫などの作品をつくるカナダ在住のクリエイター井上羅来さんがデザインを手掛けた。

大人向けのInsect Gardenのバッグ 写真:川畑嘉文

Insect Collectionに比べてInsect Gardenは大人向けのブランドだ。エコな商品にこだわり、素材は再生ポリ、商品を入れるビニールの袋を透明の紙袋に置き換えたのもアパレル業界初。これもキャッサバから作った「食べられる」紙袋だ。

タグには植物の種が漉き込まれてしきつめられており、タグを土に植えると植物が生える。種は10種類程度あり、どんな植物が生えるかは生えてからのお楽しみとのことだ。

ゴミを出さない昆虫にならって、廃棄まで考えるのがアパレルブランドの責任として、「当然のこと」と強調する。

香川さんはブランドを紹介するときに、再三こう繰り返した。「昆虫から学べることは山ほどあります」と。

「かわいい服を着てほしいというのは表向きの思いです。その思いの裏側には、昆虫を取り巻く環境の変化を子どもたちに伝えたいという思いがあります」

シドニー大学のフランシスコ・サンチェス=バヨ博士の研究によると、世界の昆虫の3分の1が絶滅危惧種だという。急速に昆虫たちの数は減っており、その大きな要因は人為的な行動による気候変動、化学物質による環境汚染などがある。

「50年間昆虫を見てきて感じる変化として、タマムシやカミキリムシの鳴き声を東京では聞けなくなったことがあります。そうしたのは、私たちです。私たちが昆虫を追いやってきたのです。コロナ禍ですが、まさに、私たちが昆虫にしてきたことを、受けている気がします」

「そもそも私たちは地球上に一番新しく誕生した生き物です。つまり、太古から生命をつないできた大先輩の昆虫たちの後輩です。それなのに、こんなに大きな面をするのはいかがなものか」

「昆虫の99.9%は餌になるために生まれる。死ぬまでただ働きつづける働きバチやアリもいる。生まれたときにはすでに親は死んでいるので、孤独な環境で生まれて、育つ。その境遇に不平や不満は一切言えない。本能だけで生き延びている大先輩の尊さを思えば、少しは謙虚になれるはず」

昆虫の危機を訴えるのは、昆虫のためだけではない。人間にも跳ね返ってくる問題だからだと説く。

「生態系のピラミッドの一番下にいる昆虫がいなくなれば、いずれ人類も破滅します。地球は人間だけの星ではありません。命の数を1だとすれば、昆虫の命が一番多い。こうしたことを敏感に感じる感性を持たなければなりません。昆虫が地球の危機の警鐘を鳴らしてくれているのです」

香川さんが展開するInsect Collectionはこちら