地震や台風、豪雨など自然災害が多発する日本で、多くの自治体首長から注目されている若手社会起業家がいます。東大発ベンチャーWOTA(ウォータ)の前田瑶介社長(27)です。開発したのは、98%節水可能な「水循環型屋外シャワー」、水道なしでも稼働する「水循環型手洗い機」。どちらも有事の際に活用したいと自治体や企業からの問い合わせが相次いでいます。複雑化した水インフラの仕組みを再構築したいと語る前田社長に話を聞きました。(オルタナS編集長=池田 真隆)
九州豪雨の避難所で「シャワー」を提供した社会起業家がいる――。そう聞きつけた筆者が、その起業家に関心を持ち始めたのが7月末のこと。調べると、九州豪雨だけでなく、2年前の北海道胆振東部地震(2018年)、さらに4年前の熊本地震(2016年)でも避難所に試作機を提供して、住民らの入浴支援を行っていたことが分かりました。前田社長に話を聞くと、開発したプロダクトは社会課題に対応する形で生まれてきたことが分かります。98%節水可能なポータブル水再生処理プラント「WOTA BOX+屋外シャワーキット」が販売を始めたのは2019年11月ですが、2016年の熊本地震の際に避難所にシャワーを浴びることができる試作機を導入していました。
その後も災害が起きるたびに試作機を避難所に提供してきた結果、神奈川県や静岡県下の自治体から商品化の依頼を受けます。もともと、法人向けにインドア用のシャワーブースとして開発を考えていましたが、自治体からの要望に「必要としている人がいる」と一定の手ごたえをつかみ、商品化を決めたと言います。
WOTA BOXの特徴は、排水を98%以上再利用可能なこと。例えば、シャワーを浴びると1人あたり40~50リットルの水を使いますが、WOTA BOXでは、独自開発の水質センサとAIのディープラーニングによって、安全性と高効率の浄化を実現。100リットルあれば100人がシャワーを浴びることを可能にしました。持ち運び可能で15分あれば設営できるのも魅力の一つ。
排水の再利用率98%以上を成し遂げる要因は、使った水をろ過するフィルターを常に監視するセンサの性能にあります。
前田社長は、「従来の浄水場での水処理というものは、機械にだけ頼ればいいというものではなく、職員の方が嗅覚や視覚などの五感に基づいて、微妙な調整を施している、いわば「職人の技と経験」のもとに成り立っている世界です。我々は職人の判断ロジックを機械学習でモデリングすることで、超小型の浄水場をつくりました」と述べます。WOTA BOXは税別で498万円。今後数年で1万台の販売を目指します。
■スマフォ殺菌も可能な循環型手洗い機
今年7月に販売を開始した、水道なしでも稼働する水循環型ポータブル手洗い機「WOSH」も災害現場の声から生まれました。大規模な河川氾濫をもたらした2019年の台風19号の被災地で入浴だけでなく、新たな課題が見つかります。それが「手洗いができない」という課題です。アルコールだけでは殺菌できない病原体も多く、避難所では仮設トイレの出口に手洗い機がないことで感染リスクを高めていました。
昨年の夏ごろに簡単な試作機を作っていたのですが、その時点で製品化の意思決定はしていなかったとのこと。実際に製品化を決め、開発に着手したのは、今年に入り新型コロナが猛威を振るったのがきっかけです。手洗いの重要性が叫ばれるようになり、前田社長がある飲食店チェーンの経営者から、「お店に入ってから奥の手洗いに行くのではなく、入店前に手を洗えないだろうか」などと相談を受け、発災時だけでなく、日常時からどこでも手洗いができる水循環型手洗い機を開発しようと考えたそうです。
WOSHでは、膜ろ過・塩素添加・深紫外線照射の3段階の独自のテクノロジーを搭載、供給する水質はWHOの飲料水ガイドラインや各国の飲料水基準に準じています。スマートフォンの深紫外線照射機能も搭載しており、手を洗っている30秒間でスマホ表面についた菌の99.9%以上を除去します。
20リットルの水と電源があれば、水道がなくても使用可能。一般的に手洗い器は、トイレに設置されていることが多いですが、WOSHでは建物の入口にも設置することができます。センサが利用者の手洗い状況は常時可視化しているので、建物内のどこに置くと最も効果的か分かるようになります。前田社長は、「どこに手洗い機を置けば利用率が高いのか、データを集約して公衆衛生を底上げしたい」と主張します。
WOSHは24か月間のサブスクリプションサービスで販売していて、価格は月額税別2万2千円。7月に先行予約として600台の予約を開始しました。年内に生産予定の300台分は、即完売するほどの人気でした。2021年12月までに1万台の販売が目標です。
■原点は311、「人と水の関係性変えたい」
水インフラの再構築を目指す前田社長ですが、原体験は2011年3月11日に起きた東日本大震災にあります。311によりインフラが一時的に止まりましたが、このことが「原点」と言います。
前田社長が育った徳島県西部は上下水道がない地域が多くあります。上水は湧き水等から、下水は合併処理浄化槽で処理しており、そのためどこでトラブルが発生したのかすぐに分かる住民が多いそうです。
一方で、都市圏で整備されたインフラはどこで問題が起きているのか理解することが難しい。「上下水道は水インフラと利用者の関係が1対N(大人数)になっており、今インフラが今どのような状況になっているか、利用者が把握できない状態になっている。利用者が個人で水インフラを所有することで、人と水の関係を1対1にできれば、そういったインフラのブラックボックス化も解決できると考えている」(前田社長)。
地球上にある水のうち生活用水として使える淡水はわずか2.5%です。将来的な水不足が懸念される中、前田社長は「水の使い方を変えなくてはいけない」と危機感を示します。「淡水を増やすのではなく、50倍100倍の効率で使えるようにして、供給できていない人・地域に提供していきたい」と力を込めます。
・WOTA