第6回、フィリピンごみ山スラムに暮らす住民へのインタビュー。

マリルー・ヴァリエさん (43歳/女性)
職業:ジャンクショップ経営/水汲み場の配給員/NGO団体ACCESS女性会リーダー
家族構成:夫・22歳から10歳までの子ども8人・孫5人・孫(養子)
出生地:ルソン島ヌエヴァ・エシハ州
居住地:スモーキーマウンテンⅡ

― 略歴 ―
6歳の時、マニラに出稼ぎに出ていた母親のもとへ引き取られマニラ首都圏内のスラムで生活を始める。3年生の時、落第および経済的貧窮から小学校を中退。スラム内で惣菜販売をしていた母親の手伝いをするようになる。
15歳で結婚。2人の子どもをもうけるも、無職の旦那から日常的にDV(家庭内暴力)を受けるようになる。生計を立てるため路上野菜売りの仕事に就いた。18歳の時、旦那が刺殺さる。
子どもを連れスモーキーマウンテンⅡに移住、スカベンジャーとして働き始める。5ヶ月後に再婚するも1年経った頃から再びDVを受けるようになり、連日ゴミ拾いの仕事を強要される。7年の間に2人の子どもを授かるが、旦那は日頃から入り浸っていた酒場で喧嘩の末殴り殺された。
26歳で現在の旦那と再婚。夫婦でスカベンジャーとして働き、溜まったお金でジャンクショップ(中古品買い取り)を始める。結婚から16年、6人の子どもをもうけた。


―― 地域警察との間に起こった訴訟問題について教えてください。

「2006年、地域警察のリーダーであるRと個人的に知り合い、親しく交流するようになりました。今の彼の姿など、当時は想像もできなかったわ」

とても良い人だった、とマリルーさん(以下マルウさん)は言う。同じ皿に盛られたご飯を分けあった仲。彼の態度が変化し始めたのは、知り合って1年が過ぎた2007年のこと。

「彼は地域警察としての権力をあからさまに示すようになりました。私の夫は地域でも特に人徳のある人でしたので、彼は夫の発言力に強く嫉妬していました。そのため夫を見かけては、常習的に軽い暴力を振るうようになったんです」

2011年、度重なる嫌がらせに耐えかねたマルウさんは、所属しているバランガイ(最小単位の行政地区。規模のイメージとしては○○県○○市○○丁の“丁”程度のまとまり)の議長に助けを求めに行ったが、「暴力団の存在が恐ろしく、手出しできない」という無力な言葉が返ってきただけだった。

フィリピンにはびこる大きな問題として、警察と暴力団との癒着がある。暴力はこじれた問題を素早く解決する手段として確立され、口答えをした者が銃殺された上事実を隠ぺいされるという事例も決して稀ではない。スモーキーマウンテンⅡ内の地域警察も例外ではなく、またR自身が暴力団の一員であった。ほとんどの地域においてこの現状は成す術もなく野放しにされている。マルウさんは一切の助けを得られず、嫌がらせに屈する日々を強いられた。

嫌がらせが悪化したのは、Rの妻がバランガイの代表選挙に立候補した後のことだった。マルウさんや夫のジョージがそのポジションに立つべきであるとの意見を持った地域住民らは、声をひそめずにそう囁き合った。この事実はR夫婦に散々な屈辱を与えたばかりでなく、案の定の落選を経験させた。

Rはマルウさん夫婦に関する悪い噂を流し始める。お金を使って裏で票を操作したであるとか、選挙期間中に青年がRを切りつけた事件ではマルウさん夫婦の差し金であると吹聴した。けれど地域住民が根も葉もないこれらの噂を信じることはなく、Rの嫉妬の念は膨れ上がるばかりだった。

2012年3月4日、ついにRが決定的な事件を起こす。政府による強制立退き反対派として、マルウさんが未申請のチラシを配布したことが原因だった。NGO団体ACCESSはそれまでにも立退きや再定住に関する情報提供を住民に行っており、関係者である彼女は既に目をつけられている状態にいた。
当日、泥酔した数人の地域警察が家の中に押し入り、マルウさんの家族全員の頭に拳銃を突き付けて回った。

「『外部の人間をコミュニティに立ち入らせるな。キャンペーンをやめなければ、お前ら全員皆殺しにしてやる』と言われたわ」

16歳の息子は腹を拳で殴られ、15歳の娘は頬を平手打ちにされた。どうにか家の中から追い出したが、去り際に一人が空に向け実弾を発砲。Rの妻は大声でマルウさんに罵声を浴びせ、その場から立ち去った。

マルウさんは訴訟を起こすことを決意。

5月4日、最初の審議がマニラ市の裁判所にて行われた。法廷で読み上げられた事実関係を地域警察は一切認めなかった。それどころか、当日マルウさん一家が家の中で違法なギャンブルを行っていたため、それを取り締まったのだと主張。真偽は次回に持ち越されることとなった。またこの裁判の後、法廷で立ち会っていたACCESSスタッフが脅されるという事件が発生。マルウさん関係者のほとんどに地域警察からの圧力が掛かるようになった。
5月18日、マニラ市裁判所にて2度目の審議。判決は出ず、審議は地方裁判所に上告された。現在は日程が確定するのを待機している状態。戦いはまだ始まったばかりだ。

「法廷ではでっち上げの嘘ばかりで責められ、深く傷付きました。遊びにきたよその子どもを家に泊めていたことを、売春の斡旋行為だと言われました。私は今まで子どもの安全と地域の安寧を思い、ただ正しく行動してきただけなのに」

銃を突きつけられ頬を叩かれた15歳の娘は、精神的に大きなトラウマを抱えてしまった。家の中に引きこもるようになり、しゃべることが不自由になった。誰と居ても上の空で、常に最悪の状態を想像してはその妄想に囚われ苦しみ続けているという。

「今一番強い気持ちはリベンジしてRを刑務所に入れることです。家族の状況はとても厳しいですが、神が私たちの正義を認め勝利に導いてくれると信じています」


―― 立退き問題についての気持ちを聞かせてください。

現在スモーキーマウンテンⅡでは立退き問題が深刻化している。政府は資金繰りのために公有地を売却し、多国籍企業の誘致を行う計画だ。既に地域住民への説明会が開かれ、人口調査も終了している。その一方で政府はまだ具体的な実施計画は立っていないとし、再定住先についても情報を開示していない。明日にでも強制撤去させられる不安にかられながら、住民は今日もその日の食事を得るために必死で働いている。

「他の人にとってはただのゴミ山かもしれませんが、ここは私たちが大切に息づいてきた場所です。最初は不衛生で地獄のようだった環境を、努力して少しずつ改善してきた生活の場です。私はここから立ち退きたくありません」

「私たちがなにをしたと言うのでしょうか。人が捨ていらなくなったものを、ただ再利用して静かに生きているだけです。地域内で2009年に2度の立退きを経験しましたが、政府は私たちのなけなしの家財道具をゴミとしてしか扱いませんでした。立退きは私たちのすべてを破壊します」

「現在ACCESSは立退き反対を訴える署名活動を行っています。フィリピン政府は国民の声に耳など傾けてはくれません。特に私たちのような土地を持たないスラム住民は、到底国民として正しく扱ってはもらえません。政府は主要な先進国からの声により敏感です。あなたの署名が最後のひとつになるかもしれない。協力が必要です」

「どうぞ私たちを尋ねて来てください。生きる私たちに会いに来てください。そして立退きに『ノー』と声を上げてください。日常を守りたい、それだけの願いです」


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