確かに世界でも日本でも原子力を積極的に推進する人々の中には、「温暖化対策のために原子力が必要」という議論をする人がいる。しかし、そのことをもって、温暖化対策を推進してきた人たちの総意が原子力推進ということでは全くない(三段論法として間違っている)。
逆に、日本には「原子力を推進すれば電力需要に対応しつつ温暖化対策になるとし、自然エネルギー導入や省エネ推進は不要」という作られた議論によって、実質的な温暖化対策は後退せざるを得なかったと言える。
これも、前述の神話1と同じように、温暖化対策を推進する人々の総意ではない。また、しばしば聞かれる「原子力を推進しないのなら、停電を甘受あるいは温暖化対策を放棄するしかない」という言説も、あまりにも単純化された議論である。
例えば、プリンストン大学のロバート・スコロウ教授らは、現在すでに商業的に存在する技術(自然エネルギーや様々な分野の省エネなど)を普及するだけで、産業革命以降の温度上昇を2℃以内に抑えることが可能だとしている(原発による排出削減も含まれているものの、全体の削減量の14分の1でしかない)。
これは過去において、かつ部分的には正しかった。しかし、現在においては、個別技術では優れているものもあるものの、全体的な効率はEU(欧州連合)15ヵ国と大きくは変わらない。また、途上国は急速にキャッチアップしている。
さらに、日本の同種企業間や工場間にもエネルギー効率において大きなバラツキがある。省エネが無理かどうかという問題は、問題設定自体がおかしいとも言える。正しくは、省エネを受け入れるかどうかという問題であり、そのための制度設計をどう作るかという問題である。
そもそも特定企業の国際競争力と国全体の国際競争力とは異なる。また、国全体の国際競争力という概念自体がおかしい、あるいは存在しようがないと主張する経済学者は少なくない。「国全体の利益」あるいは「国益」と言い換えることは可能かもしれないものの、言うまでもなく国益の定義も困難を極める。
いずれにしろ、企業に関して言えば、特定企業が国際競争力を失うかどうかは制度設計次第である。たとえば、比較的に厳しい温暖化対策を国民に課しているEUでの排出量取引制度第一期間(2005年~2007年)では、排出枠が無償で割り当てられた上に、炭素価格の価格転嫁がなされたことによって、ほぼすべての企業が排出量取引制度導入によって利益を上げた。
逆に、温暖化対策を進めないことは、すでに年間20兆円を超えている化石燃料輸入コストの増加や21世紀唯一の成長産業と言われる自然エネルギーや省エネへの日本企業の参入後退という意味で、中長期的には「国全体の利益」に反するという議論も十分に可能である。
ある意味では、現在、「15%節電」という実質的なキャップが企業や家庭にかかっている。そして、地域あるいは企業間で電気を融通しあうという、まさに市場メカニズムの原型となるような仕組みに関する壮大な社会実験がなされている。あらためて言うまでもなく、排出量取引のようなメカニズムこそが、一律に削減を強制しない制度であり、取引によって効率性の向上(最小コストでの目標達成)も得られる。
温室効果ガス排出の取引は、一部の人が非難するような非道徳でもなんでもない。逆に、取引制度がないほうが(一律の強制節電による病院の停電などを考えればわかるように)非道徳だと言える。
鳩山前首相の個人的な強いイニシアティブは確かにあったものの、結果的には現在の日本の中期目標(2020年までに1990年比で25%削減)は「他国の意欲的な目標設定があれば」という(解釈の幅が大きい)条件付きとなった。地球温暖化対策基本法案がいまだ審議中である現状においては、法的な裏付けもない。
そして、(誰がどう判断するかなどについては何も決まっていないものの)この条件が近い将来に満たされることはないというのが現在の少なからぬ政府関係者の見立てであり、「日本の25%目標はなくなった」と公言する政府関係者もいる。
また、京都議定書第二約束期間延長問題に関して、多くの途上国や環境NGOが日本を強く非難しているのは事実であり、この問題で日本が組んでいる米国、ロシア、カナダの3カ国は、温暖化の科学に対して懐疑的で温暖化政策の必要性そのものを否定するような勢力が大きな政治的影響力を持っている国々であることも国際社会においては常識となっている。
温暖化対策コストは、そのお金が日本の中で回るのであれば投資であり、中長期的に考えれば、省エネは燃料費などの経費削減で得をする。現在、日本は世界一の債権国であり、個人資産も1400兆円あるとされる。
すなわち、お金があるところにはあり、この行き場を探している余剰資金を新たな産業構造や社会の構築へ向けてどう動かすかが国と民間の両方にとっての最大の課題だと言える。かつて米カリフォルニア州では、2000年に起きた電力危機の際、家庭おける節電分のキャッシュ・バックなど200余りの省エネプログラムを作った。日本でも、節電クレジットや低炭素復興債などの新しいファイナンスの仕組みやプログラムが必要であり、それを実現する政治的英断や企業家精神を期待したい。
明日香 壽川(あすか じゅせん)