コンサル大手のアクセンチュアでは、2010年から企業市民活動(コーポレート・シチズンシップ)において「Skills to Succeed(スキルによる発展、以下 S2S)」という全世界共通のテーマを掲げて活動を実施している。

日本では、初等中等教育課程の児童、学生やニート、フリーターなどの不安定就労者、さらに障がい者などの人材に教育やスキル構築の機会を提供している。より多くの人材の経済活動への参加を実現することを目標にしているのだ。

なぜ、同社が人材の育成に力を入れるのか。アクセンチュア 製造・流通本部マネジング・ディレクターでコーポーレート・シチズンシップ全体統括の伊佐治光男さんは、「人材のスキル課題を経済問題だと捉えている」と話す。

アクセンチュアの社会貢献を語る伊佐治さん


日本は今、少子高齢化が進み、このままでは労働人口が減少していくという課題に直面している。このような課題を解決するためには、労働力の量と質の両面を高めるような取り組みが必要だ。

こうした中、アクセンチュアのS2Sでは「次世代グローバル人材の育成」、「若者の就業力・起業力強化」、「人材ダイバーシティの促進」という3つの人材のスキルに関するテーマを掲げて、社会貢献活動を推進している。

この3本柱を設定した背景には何があるのか。そして、人材育成の先にアクセンチュアは何を目指すのか。伊佐治さんに構想を聞いた。


——「Skills to Succeed」が掲げる3つのテーマを教えてください。

伊佐治:1つは、「次世代グローバル人材の育成」です。アクセンチュアは本業のビジネスにおいて企業の経営課題を解決するお手伝いをさせて頂いていますが、マーケットが益々グローバル化し多極化するなかで、企業は「人材」に関する様々な課題を抱えるようになっています。

国内市場の成長が鈍化しているなか、日本企業はこれから海外市場に進出し、海外市場の成長を取り込んでいかないといけません。そうしたときに欠かせないのは、海外においても能力を発揮し活躍出来るグローバル人材です。

英語が話せるというだけではなく、文化的多様性の中にあっても高いコミュニケーション能力を持って国際社会で活躍できる人材が必要だということです。

そうしたコミュニケーション能力は、スキルというよりもマインド(意識)の問題です。こうしたグローバル人材としてのマインドを身につけることは、大学生や社会人になってしまってからでは難しい面もあります。

ですから当社では敢えてまだ成長過程である小学校・中学校・高校に焦点をあてて、次世代のグローバル人材を育成するプログラムを提供しているのです。

こうした視点から取り組む活動のひとつに、アクセンチュアが公益社団法人ジュニア・アチーブメント日本と協業して実施している高校生向けのプログラム「TTBiz」があります。日本、韓国、シンガポールの高校生がそれぞれチームを組み、約半年にわたって旅行プログラムを作成し、そのプランニング力を競い合うというものです。

「次世代グローバル人材の育成」の領域で公益社団法人ジュニア・アチーブメント日本と協業して実施している高校生向けのプログラム「TTBiz」


当社の社員もプログラム期間中、高校生たちへのアドバイザーとして参加します。このプログラムは、国籍や文化的背景のことなるメンバーの多様な意見の中から、自らが考える日本と世界から見た日本のギャップを理解し、チームとして協働しつつ、自らの考えを適切に発信する力を養い、総合力を鍛えることを目的としています。

こうした活動の成果が見えてくるのは、10年先、20年先のことかもしれません。それでも、アクセンチュアの取り組みを通じて1人でも多くのグローバル人材が世界に羽ばたいてほしい。それが私を含めた社員に共通する思いです。

若者の就業問題は大きな社会問題

2つ目の領域は、多くの若者が希望を持てるような社会づくり、就労機会の創出を目指して実施している「若者の就業力・起業力強化」です。

日本では、若年層の失業率が全世代の失業率と比べて約2 倍となっているなど、若者の就業問題は大きな社会問題の1つになっています。

こうした問題について、アクセンチュアでは、仕事に必要なスキルを若者が持っていないため就職できなかったり、失業してしまったりするという問題を解決することと、起業家を支援することにより、雇用そのものを創出するという2つの軸で活動を行なっています。

その取り組みの一つに、東北で起業家支援を行っている一般社団法人MAKOTOとの協業で構築した市民参加型の起業家支援サイト「チャレンジスター」があります。

ウェブサイト上に構築されたこのプラットフォームは、「事業を通じて世の中を良くしたい」という高い志を持った若い社会起業家の資金面や事業運営面での支援ニーズと、全国の支援者をマッチングさせるものです。資金面だけではなく、様々な事業運営上の「困りごと」の解決も可能にしました。

「若者の就業力・起業力強化」の領域でアスバシ教育基金と共催した全国的な就労支援プラットフォームの形成のためのフォーラム


この領域で今後アクセンチュアが目指しているのは、全国的なプラットフォームの形成です。東北だけではなく、各地域には同じような問題に取り組んでいる団体が多く存在しています。こうした団体をネットワークでつなぎ、ノウハウやサービスを共有できるようなハブ的な存在になりたいと考え、取り組みを加速化させています。

障がい者の賃金を7倍へ

3つ目は、「人材ダイバーシティの促進」です。ダイバーシティと言えば、一般的には、女性の社会進出支援が想起されやすいですが、当社では、そうした性別の違いだけではなく、「障がいの有無」、「国籍の違い」、「文化的背景の違い」などが原因で本来の能力が発揮できない方々へ支援を展開しています。

例えば、障がい者の問題ですが、日本では国内人口の7%が障がいをお持ちの方だといわれています。こうした障がい者の方々の一部は、障がい者施設で働くことで経済活動に参加していますが、月額平均賃金は約13,000円と、経済的な自立とは程遠い状況にあります。

施設で作られる商品は丁寧な作業によって生み出されているものの、市場での商品価値の強弱が余り意識されていないために十分な収益につながらず、賃金も低いままの状況が続いています。

私たちは障がい者の経済的自立を図る余地はかなりあると思っています。障がい者施設の生産活動にビジネスの視点を取り入れることで、商品の市場価値を高めるような取り組みです。

こうした課題に対して、アクセンチュアは特定非営利活動法人難民を助ける会と共に障がい者の「ものづくり」を応援するデザインコンペ「アートクラフトデザインアワード」を開催しました。

「人材ダイバーシティ促進」の領域で行った食品加工を営む障害者授産施設へのヒアリング調査


素材や機能、デザインの付加価値と、障害がある方も生産可能な「作り手にとってのバリアフリー」を両立させた商品の企画を広く全国から公募し、採用された企画を商品化させ、全国に流通させようとする取り組みです。

当社のコンサルティングスキルを生かして、障がい者施設で生産される商品の付加価値を向上させ、販路を拡大して安定した収入基盤を確立させる環境作りを目指しています。

私たちはS2Sの活動を通じて、障がい者の収入を7倍引き上げ、障がい者手当・年金も含めれば自立して暮らせるところまで、取り組みを進めていきたいと考えています。

--これらの活動を行うときに気をつけていることはありますか。

伊佐治:当社の社会貢献活動は日本で活動されているNPO法人との協業によって成り立っています。各領域において高い専門性を持つNPO法人の存在は社会的な課題解決のために欠かせません。

このようなNPOの専門性をより大規模に、より持続的に活かしていくためには、社会貢献活動のプロセスを徹底して「工業化」していくことが必要であると考えています。

社会貢献活動は、既存の体制やプロセスでも比較的小さな規模であれば確実な効果が期待できますが、活動規模が10倍、100倍になったときに同じことをできるかといったら、難しいと感じています。

規模が拡大しても同じ効果を出し続けるためには、プロセスを徹底的に標準化、マニュアル化し、スケーラブルに展開できるような体制を作らないといけません。

社会貢献の分野ではビジネスの世界ほど活動の「効率性」や「成長」を問われてこなかったかもしれません。しかし、今後、社会貢献活動の重要性がさらに増していくことを考えると、標準化、工業化を進めて効率的に事業を展開し、確実に成果に結び付けるという観点を持つべきではないかと思っています。

その意味で当社の強みであるITを活用することも意識しています。民間企業だと効率化や標準化という観点から業務のなかでITを活用するのは今や当たり前ですが、社会活動の領域でもITを積極的に活用することが必要になってくるでしょう。

当社は本業ビジネスの領域で企業や官公庁のお客様がより高いビジネス・パフォーマンスを達成し、成長していけるようよう、その実現に向けたビジネスパートナーとして取り組んでいます。

このような知見を最大限に活かして、社会的課題の解決の分野にも貢献していきたいと考えています。

——全体統括という立場でやられていますが、今後の展望なども含めて意気込みを語ってください。

伊佐治:当社は高いパフォーマンスや事業変革の実現を支援するだけではなく、その結果や成果にコミットする企業です。ですから、社会貢献活動の領域においても確実な社会的インパクトを生み出したいと思います。

当社が掲げている3つのテーマはどれも、日本経済発展のために解決しなくてはならない課題だと思っています。やるからにはこうした課題の解決のために確実に貢献し、実績をあげたいと思います。そして、当社の手法やソリューションが社会的課題解決のために有効なものとして同じ課題に取り組む企業やNPO団体にも広がってくれればとも思っています。

最後に少し個人的な話しをさせてもらいますと、私が当社の企業市民活動に関わるようになったのは、小学生に関わる活動をやりたいと思ったことがきっかけです。まだプランは具体的ではありませんが、将来的にはいつか、考え方がまだ柔軟な子供たちの世代と接する仕事をしてみたいと思っています。

そう思うようになったきっかけは、ある些細な出来事でした。ある日の夕方、自宅の近くで小学生の男の子たちが、「また明日も遊ぼうね」と言って無邪気に別れていく様子を見たのです。

私はその子どもたちの「遊ぼうね」の言葉の中に、「明日が楽しみだね」というニュアンスを感じました。どこにでもある子どもたちのやり取りですが、そうした明るい未来を思い描けるような感覚は、ビジネスに没頭しながら年を重ねると、なかなか感じられないものです(笑)。

ふと出会った小学生を見ていて、この子たちは明日が楽しみだと感じることができる心を持っているんだな、と大変新鮮に思えたのです。「今日は楽しかった」とか「今が楽しい」というのでなく、「明日が楽しみ」と言えることのほうが重要だと思いました。

日本の人材のスキル向上を目指すアクセンチュアの活動を通じて、「多くの日本人が楽しい明日を想起できるような社会」を実現するために貢献したいと思います。また、このような社会貢献活動を通して、アクセンチュアの社員一人ひとりにも企業市民として成長していく機会を提供したいと感じています。


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