「もともと、コミュニティーは多様性があるもの。高度成長期に成績優秀者は東京を出た。それは、コミュニティーが受け入れていないわけではなく、社会制度がそうさせた。結果、田舎に残った人はみんな同じような人になってしまった。こうして、違う考えを持った人ごとに集まるようになり、価値観に多様性がなくなった」

コミュニティーでも事業でも、持続するものには、「変化」が常に必要だという。「例えば、農業や漁業、林業などの一次産業は、変化していないように見えるが、ここまで続いているのは、時代に応じて変化してきたから。持続してきた文化は変わり続けている」。

地方に移住やIターンする若者の数は増えている。久志さんもその一人だが、「これからは地方に人が集まり、価値がでてくるが、どれだけ多様な価値観の人が集まるかがとてもポイントだ」と話す。「そして、田舎のおばあちゃんの郷土料理を売り出すためには、高級レストランや老舗料亭と同じ価値があると、ある意味認識する必要があるし、そのぐらい自分たちの生活文化にプライドと自己肯定感を持っていないと生き残れない時代になってくる」。

思えば、久志さんは串間とは縁もゆかりもない若者だ。なぜ、ここまで串間のために尽くすのか。それは、久志さん自身は桃源郷だと感じた同地区で原発誘致の住民投票が移住当時持ち上がり、地元民から「何も無い、何もできない、だから原発なんだ」という声が多く聞こえショックをうけたからだという。

そんな日本の過疎地でも、できる事があると示すことや、当事者として行動するということがとても大切だと感じている。上手くいくかどうかは大した問題ではない、少しでも何かやってみようと思う人が増えること、未来は誰かがつくり出すものではなくて、自分たちでつくり出すということを体現したかったのだという。 

行動していくなかで、少しづつ未来はつくられていく。そう彼は考えているそうだ。

久志さんに、串間から見える未来について尋ねてみた。「これからは成熟した概念と、流行で生まれた概念が2極化してくるだろう。だから、大切なことは過去を知り、その概念がどのような文脈で今存在しているのか把握すること。背景を知れば、その概念の見方が変わる。表面的なことにとらわれないで、多面的に見てほしい。その見方をすると、本質が見えてくる。その本質をクレイジーなまでに追求した先に新しい社会が生まれるだろう」。


【久志尚太郎】
中学を卒業後単身渡米。16歳でアメリカの高校を卒業し大学に進学するも 911テロを経験し時代の節目を感じ ドロップアウト、一度目の起業後、日本へ帰国。その後独学で ITを学び、外資系証券会社や米軍基地などの ITプロジェクトに携わり、19歳でデル株式会社法人営業部に入社。入社後は法人営業部のトップセールスマンとして、新人研修や社内研修、新規事業の立ち上げに参画。25歳で同社の最年少ビジネスマネージャーに就任。 26 歳で同社退職後、NPO法人Rainbow Treeを宮崎県串間市で起業しソーシャルビジネスを展開。2013年より日本を世界へ発信するプロジェクトが進行中。都会と田舎、世界と日本を行ったり来たりしています。
http://skushi.net/
http://rainbowtree.info/

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