16歳でアメリカの高校を卒業し19歳でデルに入社、21歳でデルを辞め世界25カ国を放浪。現在は、宮崎県串間市の人口1000人の市木地区に暮らす。久志尚太郎さん(29歳)のキャリアは特殊だ。

「21のときに、これからの世界の動きを肌で感じるために放浪した。ヒッピーカルチャーに興味があったので、ヒッピーコミュニティーを周った。そこで見た刺激的なものは、『なければつくる』という概念だ。家も仕事も社会も、なければ自分たちでつくっていた」

久志さんはこの概念を体現している人のことを、「クレイジー」だと話す。「既成概念にとらわれないで自らが当事者としてつくっている」。(オルタナS副編集長=池田真隆)

家族と写る久志さん(真ん中)

何かを与えられた社会を生きるのではなく、創っていく社会を生きたいという思いを抱えて、2007年に日本に帰国する。

日本に帰ってきて、前職であるデルに戻り、法人営業部の最年少マネージャーとなる。その後、すぐに、宮崎県に転勤することとなるが、ちょうど、新しい働き方を模索していた彼にとって、その場所は、五感を刺激した。

「宮崎に転勤になって、そこでできた友達が世界の秘境にも負けないくらい美しいところがあるといって紹介してもらった場所が串間だった。時間が止まっていた。日本にもまだこんなにきれいな場所があったのかと思った。手付かずの自然が残っていたことに大きな可能性を感じた」と印象を話す。

市の人口は2万人、市木地区は1000人、高齢化率は50%、農業従事者の平均年齢74歳。典型的な高齢化を迎えた過疎地である。

地方で通用するビジネスモデル

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