エシカルという言葉を知っているだろうか?
直訳すると、「倫理的・道徳的」という意味の形容詞である。エコやフェアトレード、ボランティアなど、地球や環境、社会にとって持続可能な活動を総称して、「エシカルな活動」と呼ぶ。
まだ日本では、「エシカル」の明確な定義はない。しかし、オルタナS編集部は創刊以来、エシカルとは何かを追求してきた。エシカルビジネスの実践者が思い描く、究極のエシカル社会とはどのような社会なのか。そして、その社会の実現には何が必要なのか。約3年に及ぶ取材の結果、エシカルがどこから生まれ、どこへ向かうのか、おぼろげながら見えてきたものがある。
これまでに2500本以上の記事を取材したオルタナS編集部の総力を上げたエシカル特集で明らかにしていきたい。
*2013年8月21日に掲載した記事です
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まず、エシカルの意味から見ていく。一般的な意味は上述したように、「倫理的・道徳的」という意味だが、さらに深堀していかないとこの言葉を理解することはできない。そこで、国内のエシカル識者に聞いた、「エシカル定義」を紹介する。
「エシカルとは、この21世紀、人において、社会において、地球において、向うべき先を方向付ける根本原理、つまり『哲学』です。利益優先の歯車から脱して、シェアし合う、犠牲を生まない豊かさ、それがエシカルの使命です」
生駒芳子:
東京外国語大学仏語科出身。VOGUE、ELLEを経て、marie claire編集長に就任。2008年に独立し、フリーランスジャーナリストとしてファッション、アート、エコ、ライフスタイルまで幅広く取材する一方、 NPO法人サービスグラント理事やクールジャパン審議会の委員など社会貢献にも力を入れている。日本で初めて、ファッション誌で「エシカルファッション」特集を組んだ。
「エシカルとは、私たちHASUNAのこだわりであり、行動の指針となる美学です。 ジュエリーのデザイン・素材調達・生産・流通過程において、 関わる全ての人の幸せを最大化し、社会や自然への負の影響を 最小限にすることを目指しています」
白木夏子:
ロンドン大学在学中に、インド最貧困層の鉱山労働者達の労働環境や生活実態に衝撃を受け、ジュエリービジネスによる問題解決を志す。2009 年にエシカルジュエリーショップ HASUNA Co.,Ltd.を設立、取締役代表に就任。日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2011」でキャリアクリエイト部門受賞。
■現代のエシカルと美意識の関係
いかがだろうか?日本を代表するエシカル識者に見られる共通点は、「行動の『哲学』と『美学』」である。つまり、現在使用されている「エシカル」の背景には、「美しくなりたい・素敵な人になりたい」という願望があることが分かる。
女優でタレントの杉本彩も、美意識とエシカルの関係性を説く。杉本彩は、今年3月東京で開催された化粧品の動物実験反対のシンポジウムに登壇するなど、芸能人であるにもかかわらず、美のためにリスクをかけて信念を貫き通した。
「社会や人に配慮した考え方はなによりも美しいです。苦難や挫折に必ず合いますが、それでも、やり続けられるのは、自分の美意識のためだと思います」--杉本彩
美のために、信念を貫くことは、並大抵のものではない。外見的な美しさではなく、内面的な部分でも深堀することが必要となるからだ。杉本彩は動物実験反対と表明することに、「社内で、幾度となくもめました。社員の生活もありますので、経営者として、リスクを伴う判断にどう向き合っていくのか、そして、個人としてどう生きるのか、葛藤と戦っていました」と振り返り、HASUNAの白木夏子代表も、「就職しても起業するまで、自分は何者で、どう生きたいのかと考え続けていた」と言っている。
ここまでの分析から、現代のエシカルは、外見の美しさを求めたのではなく、内面的な美しさを求めた結果、生まれてくることが分かった。
■エシカルの起源はヒッピー文化
現代のエシカルが美意識の高まりから生まれてきたことを説明したが、次はエシカルの起源に迫っていく。エシカルを一躍有名にしたのは、1997年イギリスのトニー・ブレア首相(当時)が行った国際外交に関するスピーチである。
当時、アフリカの植民地政策を見直し、これからは、「犠牲の上に豊かさが成り立ってはいけない」「国と国の単位から、個人と個人の関係で考えるべき」と訴えた。その考え方から、「エシカル外交」と呼ばれ、エシカルが世の中に広がるきっかけとなったのだ。
このことから、エシカルの発祥地は、イギリス・ロンドンと言われている。しかし、これよりも前に、エシカルは起源を持つと言われている。
ファッションジャーナリストの生駒芳子氏は、「60年代のヒッピー文化やフラワーチルドレン文化がルーツにある」と見る。これらの文化では、「自然に帰る」ことを尊重しており、この考え方が、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』や、オーガニックコットンの開拓者であるサリー・フォックスを生んだという。こうした起源を経て、現在のエシカル文化が起きていると話す。
■現代のエシカルが抱える課題
エシカルは、2011年の東日本大震災以降、社会貢献熱の加速によって台頭してきた。消費で応援する「エシカル消費」や、百貨店の催事などで、「エシカルファッション」をよく目にしてきた。さらに、9月に開催される日本最大の展示会「ルームス」でも、今年から「エシカルエリア」が特設される。
しかし、ブーム性の動きには危険もある。青年海外協力隊でエチオピアへ赴任したことがもとになり、2012年に世界最高級皮とされるエチオピアシープスキンを使用したレザーブランド「アンドゥアメット」を立ち上げた鮫島弘子代表は、「エシカルはルールではなく、気持ちのあり方。心から離れて、ブームとされてしまう可能性がある」と指摘する。
HASUNAの白木夏子代表も、「エシカルという言葉を利用してお金儲けに走る団体が出てくる可能性もある。大切なのは、言葉ではなく、エシカルを当たり前に捉えること。一過性のブームのように、言葉に飛びつくのは危険である」と並ぶ。
「エシカル」には定義がないがゆえに、言ったもの勝ちであり、使いやすい言葉でもある。だからこそ、実態のない言葉として謳われることがあるのだ。
エシカルビジネスを展開するには、商品の生産・流通・消費などあらゆる場面で、公正な取引をしないといけない。利益率にとらわれすぎずないで、ビジネスを展開していくので、実践者本人の信念が問われる。
■エシカルの役割は問題提起
エシカルは現代にどのような意味を与えるのか。デルフィス エシカル・プロジェクトの細田琢プロデューサーは、「エシカル商品も買うけど、ファストファッションやコンビニ、100円ショップにも行く。そんな気まぐれな我々に対し、エシカルは『問題提起』という役割を負っている」と話す。
購買選択肢の中に、「価格」や「質」以外にも「エシカルかどうか」が加わるということだ。この考え方は、立教大学経営学部の高岡美佳教授(エシカル購入研究会会長)も持つ。
高岡教授は、日立製作所とスーパーマーケットのOdakyu OXと共同でエコな消費者意識を購入現場で喚起させる実証実験を行った。その実験では、事前に消費者の趣味趣向データを入れたICチップ入りのお買い物カードを商品のそばに配置したICチップリーダーにかざすと、消費者の趣向と合っているおすすめ商品が画面上に出てくるようにシステムを組んだ。すると、実験結果では、多くの人がもともとの趣向と合った商品を購入したデータが出た。
高岡教授は、エシカルをトレンドにしないで、継続的に拡大していくための戦略をこう話す。「人間の消費行動を分析するときに、意識と行動の2軸で考えることができます。この2軸で座標を作ると、4つの象限ができます。この4つのうちの、『意識が高い』が『行動をしていない』象限に私は鍵があると思っています。なぜなら、その層に当たる人は潜在的にエシカル志向を持っているので、上手く心を掴めば、トレンドや一時のキャンペーンで終わることなく続くからです」。
エコ意識を持つ消費者は増えているが、「価格」と比べた場合、優先順位は低い。朝日大学マーケティング研究所は2011年11月、首都圏在住の20~59歳男女411人に「エコ商品に関するマーケティング調査」を実施した。そこでは、消費活動に「エコ」を意識すると答えた消費者は6割を超えた。
「エコ」を意識する消費者は、徐々に増えていることがわかるが、「低価格」の魅力を超すまでには至っていないことも課題として見ええてきた。「エコ」と「低価格」の購買選択基準の比較では、「エコ」重視が約3割、「低価格」重視が約7割の配分だった。
では、どうすれば、「エシカル」は付加価値となるのだろうか。
■消費者の声で社会を変える
エシカルを付加価値とするには、「消費者の連携」が条件と話すのは、みんな電力の大石英司代表だ。同社は、自然エネルギーに特化したECサイト「GreenDept(グリーンデプト)」の運営やユニークなエコグッズの開発を行う。大石代表は、「エコ意識を持った消費者は増えているが、まだまだ全体から見ると少ない。しかし、消費者である彼らがエコ商品の魅力を連携して拡散することで、関心の低かった層にも伝わる」と話す。
SNSの発達で、個と個とがつながりやすくなった現代社会では、一人の声が社会を変えた事例が続々と見受けられる。特に、ソーシャルな分野で多い。東日本大震災を機に創設した、「公益社団法人 助けあいジャパン」はSNSで集まった人々でできた団体だ。復興庁と連携し、復興支援に関する情報を発信し、サイトの閲覧PVは年に720万を超え、フェイスブックページのファンは18000人を超す。これまで設立から1年後に公益社団法人に認定された例はない。
また、「夢の国」を変えた例もある。今年3月、東京ディズニーリゾート初となる同性カップルによる結婚式が、行われた。式を挙げたのは、増原裕子さんと東小雪さん。
会場となったホテルミラコスタで、家族や親しい仲間に加えディズニーのキャラクターたちに囲まれながら幸せな結婚式を挙げた二人だが、当初この結婚式はできないものであった。事の発端は、大のディズニーファンである東さんが東京ディズニーリゾートで結婚式を挙げられるか尋ねたことだ。
ディズニーからの返答は、「式を挙げるなら、新郎新婦の格好をしてほしい」というものであった。つまり、一方が新郎用の服を着、一方が新婦用の服を着てほしいという意味だ。この返答に対して、二人は悩んだ。東さんが自身のツイッターでディズニーとのこのやりとりをつぶやくと、「夢の国でも、夢は叶えられないのか」、「多様性を認めるべきだ」など1000件を超える反応があったほどだ。
1週間後、二人は東京ディズニーリゾートから「ご希望の衣装で、つまりウェディングドレス同士で結婚式を挙げていただけます」との返事をもらった。米国のウォルトディズニー社にも確認をとった上での正式回答は、最初の回答から大きく変わった。こうして、日本のディズリーリゾート初の同性結婚式が開催されることとなった。
■エシカルが社会を変えるか
今後の社会では、「ソーシャル」や「環境配慮」がますます求められていくはずである。電通ソーシャル・デザイン・エンジンの福井崇人チームリーダーは、「東日本大震災以降、日本の広告業界の動きはソーシャルに変わった」と話す。震災後、復興支援に関連するCMが増加したこともその一つだという。
世界的に見ても、「世界最大の広告賞であるカンヌ国際広告祭でも、2007年ころからソーシャル性がない広告は評価されなくなった」と言う。(福井崇人チームリーダー)
「ソーシャルの波を動かしているのが誰なのか見極めないと企業は生き残っていけない」と予測するのは、化粧品メーカー「The Body Shop」を運営するイオンフォレストの福本剛史代表だ。The Body Shopでは、全商品の8割がフェアトレードである。
福本代表は、「環境意識がない企業は、今後日本のマーケットでは生きていけないと思います。時代とともに、企業が社会から求められる水準は変わっています。私が子どもの頃、名古屋にいたのですが、四日市コンビナートでは昼間も夜中も多くの煙を出していました。しかし、あの時は、多少の灰で喘息になっても、社会が許容していた印象があります。でも、公害という問題が出てきて、事業活動から公害を出すことは許されなくなりました。こうして、社会の要請が変わってきました。これから、社会が企業や団体に求めてくるのは環境配慮です。これは不可避だと感じています。前の社会では強かった会社のやり方は、現代では、通用しないでしょう」と話す。
さらに、「(創業者の)アニータが生まれたイギリスは国家として成熟する過程で、『ノブレスオブリージュ(位高ければ徳高きを要すという意味)』という概念が生まれました。いまや日本もイギリスの立場になろうとしています。人件費の安さを利用し、輸出して儲けていた時代は終わりました。そういった意味で、若者が自然発生的に、環境意識を持つようになっているのは大変心強いです。これからの日本は、まさにそういった人たちが創っていくと思います。もし、あなたたちの着ている服や使っている化粧品が幼い子どもたちの搾取的労働で製造されていると判明すれば、その商品は買いたがらないでしょう。若者たちの声に気づけないと企業は生き残っていけません」。
■エシカルの絵を描く
これまでの取材で出会ってきた2000人を超える社会変革者たちが一同にまとまれば、必ずや社会はエシカルに変わるポテンシャルを秘めている。エシカルな価値観を持った若者たちの声と、それに応える企業の存在で社会は、必ずエシカルな方向に変わっていくはずだ。
エシカルは広義的すぎる、
エシカルはふわっとしすぎる、
エシカルは見えづらい、
確かに、明確な定義がないからこそ伝えづらい言葉であり、扱いづらい言葉でもある。でも、この言葉は人を変えて、世界を変える力を持っていると信じている。
もっとわかりやすく伝えていくには、明確にしていくことが必要である。絵を描けるかが鍵だ。エシカル識者が思い描く「エシカルの絵を描く」ことができれば、自然とその波は広がっていくだろう。