今年に入ってから報道された胎児の遺棄事件は、すでに6件を超えています。子どもの母親はなぜ、一人で悩み、一人で出産し、挙句の果てに我が子を遺棄しなければならなかったのか。「『母親が悪い』というのは簡単だが、彼女たちの生育歴や環境を聞くと、壮絶な状況が見えてくる。母子ともに幸せになれる方法を共に考え、サポートしたい」。2000人以上の赤ちゃんを取り上げてきた一人の助産師が、支援を始めました。(JAMMIN=山本 めぐみ)

顔の見える面談型の相談にこだわる

「小さないのちのドア」入り口。助産院に併設されているが入口は別にあり、そのまま相談室へと入ることができる。またドアの部分は目張りがされ、外からは見えないようになっている。「不安な思いで相談に来られた女性のプライバシーを守ります」と代表の永原さん

「小さないのちのドア」(兵庫)は、思いがけない妊娠や出産に悩む女性とお腹の中の赤ちゃんが幸せに生きられるよう支援したいと2018年9月に立ち上げられた一般社団法人です。24時間体制で電話やメール、対面による相談を受け付けており、立ち上げから7カ月ですでに600件を超える相談が寄せられました。

もともとは、「赤ちゃんポスト」を関西でも作りたいと団体設立準備を進めてきましたが、「一方的に赤ちゃんを預かる赤ちゃんポストではなく、お母さんの悩みを聞ける場所を作りたい」と面談型の相談窓口にこだわり、団体の代表理事である永原郁子(ながはら・いくこ)さん(61)が26年前から神戸で開業している助産院「マナ助産院」の中に、専用の相談室が開設されました。

訪れる女性のプライバシーを考え、助産院とは別のドアを用意。相談室と直接つながっており、周囲を気にすることなく中に入ることができるようになっています。

お話をお伺いした「小さないのちのドア」代表理事の永原さん(右)と、事務長の西尾さん(左)

「赤ちゃんポストは、開けて、赤ちゃんを入れて閉めたら、もう二度と開かないんですね。つまり、一度手放した赤ちゃんを追うことはできない。ドアなら、入って話をすることができます。何も語らずその場を去るのではなく、託すことができます」と永原さん。

「話をさせてもらうなかでいろんな選択肢を知ってもらえるし、お母さんの同意がとれないと乳児院しか行き場はありませんが、実母がいることで赤ちゃんの可能性も広がります」と面談型のメリットを明かします。

「赤ちゃんポストに赤ちゃんを置き去りにすることで、お母さんは『育てられない』という思いと『赤ちゃんを捨てた』という思い、二つのネガティブな思いを抱えて生きていくことになります。しかし、両方を抱えていく必要はないのではないでしょうか」と話すのは、団体事務長であり、保健師でもある西尾和子(にしお・よりこ)さん(36)。

「極限の状態でも、二つのうち一つは話を聞くことで解決できるかもしれない。赤ちゃんだけでなくお母さんの幸せも一緒に考えていくのが私たちの役目です」と活動について語ります。

思いがけない妊娠の背景に見えてくる
複雑な家庭環境や生育歴

「赤ちゃんは全幅の信頼を置いてママの手を握ります」(永原さん)

「ここに来られる方の多くは、人工中絶が可能な期間も過ぎて『堕ろすこともできない。これからどうしよう』という八方塞がりの状態。誰にも相談できずどうしたらいいのかわからずに悩む中で、インターネットで調べるなどして私たちのもとにたどり着いてくださっています」と西尾さん。

「旦那さんからDV(家庭内暴力)を受けていたり、風俗で働いている方、こじれてしまった家族関係で来られる方もいます。お話をお伺いしていると、虐待はひとつこの問題と深く絡んでいるなと感じています。『悩むなら最初から子どもをつくらなければいい』と思いがちですが、一人ひとりの生育歴を聞くと、そうせざるを得なかった背景が見えてきます。愛された実感がなく、人の温もりを感じたいと寂しさを紛らわすためにセックスをする。虐待を受け続けても離れられないといったことがあるのではないか」と、思いがけない妊娠の背景にある課題を指摘します。

ドアを開けて中へ入ると、すぐに相談室へと入ることができる。中には大きな窓があって、明るく落ち着く空間になっている

団体を立ち上げてから7ヶ月、これまでの相談の中には「夫には堕ろせといわれたけれど、人工中絶ができない時期でお金もなく、夫に内緒で自宅で出産した。夫がこの子に何をするかわからないから助けてほしい」と連絡を受けるようなケースもあったといいます。

「オープンしてから約600人の相談を受けてきたが、ここまでたどり着いている声はまだまだ少ない」と永原さん。「生まれてからは母子寮など行政の支援もあるが、日本では、お腹の中の命が法律としてしっかり認められておらず、妊婦さんやお腹の中の赤ちゃんを守る法律が存在しない。妊婦と胎児のためのセーフティーネット、サポートするモデルケースを先駆的に作り、制度化していきたい」と今後の目標を語ります。

ベストな選択を、共に考える

電話による相談を受ける永原さん

相談を受けた際、具体的にどのようなサポートを行っているのか聞いてみました。

「彼女たちとお腹の子どもたちを助けるには、具体的に3つの方法があります。一つめは、特別養子縁組です。二つめは、今すぐは育てられないけれど、環境が整ったら我が子を引き取って育てるという方法です。三つめは、自分で育てるという方法です。シングルで育てる場合も、行政の支援を受けたり支援団体さんとつながったりしながら支援を借りることで、自立を目指すことができます」(西尾さん)

また、収入が不安定な人には安定した収入を得られるよう仕事を紹介し、行政や支援団体につながる時は一緒に役所まで出向いて支援が受けられるようサポートしているといいます。西尾さんはこの活動に携わる以前は保健師として役所で働いていた経験があり、「行政のサポートはどうしても申請ベース。相談者さんにとってもハードルが高くなりがちな上、制度を知らないが故に受けられるはずの支援が受けられないというケースもある」と行政支援の難しさを指摘します。

「最初は暗い顔でここに来られた方も、何時間も話した後、希望を持って笑顔で帰っていかれるように感じます。そんな時はうれしいですね。新たな視点を持つことで、少しずつ希望が見えてくるのではないかと思います」(西尾さん)

出産や産後ケアも無償で全面サポート

「マナ助産院」での妊婦健診の様子。助産師でもある永原さんがエコーで赤ちゃんの状態などを確認し、お母さんに説明しているところ

さらに驚くのは、団体として相談者の出産や産後ケアまで、トータルで支援をしているという点です。

「助産院ですので、ここに来ることができる方なら出産もサポートしています。疲れていたら、ここに滞在してゆっくり休むこともできます。ここでは産めなかったとしても、一緒に付き添ってお産を支えます」と永原さん。経済的な問題を抱えている人はマナ助産院での出産や健診の費用、助産院までのタクシー代や産前産後の食費、滞在費まですべて団体が負担しているといいます。なぜ、そこまでできるのか。疑問に思って永原さんに尋ねてみました。

生まれたばかりの赤ちゃんを抱く永原さん。「お産に何度も立ち会っていますが、毎回感動します。本人が産むしかないので、私たちは支えるしかない。生まれた瞬間、幸せがパーッと広がります」(永原さん)

「生まれてくる子どもには罪はないし、一つの素晴らしいいのちです。このいのちが肯定的に生きていくために最善を考えたいと思っています。お母さんたちも同じ。これまでの人生で、心から親身になって自分と関わってくれた人がいたという経験がない人たちに、私たちが本気で関わることで『社会にはあなたのことを全力で支えたいという人がいるんだよ』ということを伝えたい。愛を感じ、温もりの中で出産を迎えてほしい。だから、私たちは寄り添うことを大切にしています」

「出産の経験を、生きる力に」

お産直後、赤ちゃんを抱いて助産院のスタッフと。「いのちは神さまから与えられたもの。与えられた命をしっかり一生懸命生きてほしい」と永原さん

お腹に新しいいのちを宿し、様々な悩みや背景を抱えて「小さないのちのドア」の扉を叩く女性たちに、永原さんは「迷いながらでも、ここまでいのちを守ったあなたはすごい」と伝えているといいます。

「日本の人工妊娠中絶の件数は、1年間で16万件といわれています(平成28年の厚労省のデータ)が、実質的にはこの2倍ほどの数があるといわれています。お腹の中のいのちが軽く見られがちな日本で、体を張って子どもを守り、産むということは本当にすごいこと。ここまで全身全霊を使ってやることは、出産以外にはありません」

「赤ちゃんは産道を通ってお腹の中から出てくる時に、自分で『こっちの方が良いな』と体を回転させながら出てくるんですよ。それを誘導するのがお母さんです。二人の力で一つのいのちが生まれてくる。一生懸命頑張って自分の力できれいに赤ちゃんをこの世に産み落としたら、それは本当に大きな経験になり、自信になるのではないでしょうか。その自信は、生きていく上でも子育てをしていく上でもずっとその人を支えていくと思うんです」

「お産の経験は、お母さんにとっても自分のいのちを見つめるきっかけになります。『あなたも母親のお腹からそうやって生まれてきたんだよ。愛されていないと感じたこともあったかもしれないけれど、産む瞬間、お母さんはそれだけがんばってくれたんだよ。そしてあなたも頑張ったんだよ』そんなメッセージを感じて、お産の経験を自信に、そして生きる力に変えて欲しい。そう心から願っています」

「全身全霊をかけて、一人ひとりと向き合いたい」

2018年9月1日の開所式。「小さないのちのドア」のスタッフや理事、支援者の皆さんと記念撮影

「現代はどこか一人ひとりが孤立していると感じる」と永原さん。「お産を通じて、傷ついた過去を抱えている人に寄り添い、一緒に問題を解決していきたい」と今後のビジョンを語ります。

「頑なな人に『心を開いて』なんておこがましいことはいえません。でも、お産というこの大きなタイミングでふと体の中の一点でもいいから温かさを感じてもらえたら、『あなたの人生に関わりたいと思っている人がいる』ということを感じてもらえたら、また何か困ったことがあった時に再び私たちとつながってくれるかもしれない。だから、全身全霊をかけて一人ひとりと向き合い、深い部分で寄り添うことが私たちの使命だと感じています」

「赤ちゃんにとってはお産は人生のスタートで、希望そのもの。だからこそ、いい状態でスタートさせてあげたい。生まれた瞬間に『ここはどこ?寒い、寂しい』ではなく、温かく、溢れる愛情で包んであげたい。そういう風に考えると、お産というのはいのちをつなぎ、時代をつないでいくことではないかと感じています」

「小さないのちのドア」の活動を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、「小さないのちのドア」と1週間限定でキャンペーンを実施し、オリジナルのチャリティーアイテムを販売します。「JAMMIN×小さないのちのドア」コラボアイテムを1アイテム買うごとに700円がチャリティーされ、思いがけない妊娠、誰にも相談できない妊娠に悩む女性をサポートするための資金になります。

「JAMMIN×小さないのちのドア」1週間限定のチャリティーアイテム。写真はベーシックTシャツ(全11色、チャリティー・税込3,400円)。他にもボーダーTシャツやキッズTシャツ、トートバッグなどを販売中

コラボデザインに描かれているのは、卵を守る鳥をあたたかくサポートする他の鳥たちの姿。一人で悩みを抱える女性を、周囲の人たちが助ける様子を表現しました。チャリティーアイテムの販売期間は、4月22日~4月28日の1週間。チャリティーアイテムは、JAMMINホームページから購入できます。JAMMINの特集ページではインタビュー全文を掲載中!こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。

思いがけない妊娠。誰にも相談できない小さないのちとお母さんに寄り添い、共に未来を切り拓く〜一般社団法人小さないのちのドア

山本 めぐみ(JAMMIN):
JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。創業6年目を迎え、チャリティー総額は3,000万円を突破しました。

【JAMMIN】
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