2013年6月、サッカー王国ブラジルでコンフェデレーションズ杯が開幕された。優勝はブラジル。そんな華やかさをよそに、開幕期間中は全国各地で数十万人規模のデモが度々行われていた。彼らは高水準の教育・保健・公共交通機関などを求め「国費の無駄遣い」と甲高に叫んだ。大規模デモが起きる要因の一つであるブラジルの教育現場に迫った。(オルタナS特派員=清谷啓仁)

埼玉県教育委員会は、JICA草の根技術協力の一環として、ラ・ファビアノ・デ・クリスト(在ブラジルNGO、以下LFC)への教育支援を行ってきた。同国の目覚ましい発展の裏に潜む影とは。LFCで活動するカーシャさんに、ブラジルの教育現場について話を聞いた。

ラ・ファビアノ・デ・クリストで学ぶ生徒たち

■ブラジルの教育現場

ブラジルでは経済面での発展が進む一方、社会から疎外されてしまっている貧困地域の人々の社会参画が深刻な問題となっている。特に、貧困地域に暮らす子どもたちへの教育は喫緊の課題とされており、基礎学力を身に付けること、暴力や薬物を逃れ豊かな人間性を育むこと、そして社会人となるための職業訓練を行うことなどが政府に求められている。

「公立学校は、幼稚園から大学まで学費が無償」とブラジル憲法で定められているが、貧困層への教育において考慮しなければならないのは、各家庭の金銭問題。日銭を稼ぐため、子どもたちが学校へ行かずに働くということが、日常的に起こっているからだ。

そのため、政府は貧困家庭に対して「家族手当」を制定し、子どもを持つ貧困家庭に毎月一定金額を支給している。家族手当を受けた家庭は、子どもを就学させ、定期的な健康診断を受けさせることが義務付けられる。

先のデモで取り上げたよう、教育に対して国民の多くが求めているのは、その「質」に他ならない。政府の資金不足のため公立学校の数は不十分であり、それを補うように多くの学校が「半日制」を採用し、同じ施設を1日2~3回利用している。

そのため、公立学校では主要科目のみに絞った詰め込み教育を実施せざるを得なくなっており、こうした状況が子どもたちの表現力向上の機会を奪ってしまう原因の一つとなっている。

■重要視するのは「家庭全体」へのケア

1958年に設立されたLFCは、貧困地域に暮らす人々への自立支援活動を行うNGOである。ブラジル全土に広がる65カ所の教育施設を中心に、これまで300万人にも及ぶ人々への支援を展開してきた。教育は子どもたちのみに限らず、子を持つ母親への職業訓練など、家庭全体への統合的なケアを行うことを重要視している。

「持続可能な教育を行うためには、教育インフラを整えるだけではなく、こうした家庭全体への支援が不可欠なんです。母親への職業訓練はその一つですが、給食制度や歯科・医療サービスも無償で提供しています。空腹を満たし、健康を維持することが、教育の大前提としてなくてはなりません」とカーシャさんは話す。

LFCの施設に入学する子どもたちの年齢層は広い。0~5歳までの子どもを持つ家庭には、両親が安心して仕事に出られるよう託児サービスが提供される。6~13歳の子どもたちについては半日公立学校へ通い、残りの半日を施設で過ごすことになっている。施設では補修学習を行うほか、音楽・図工・保健体育・道徳等の公立学校では教科に含まれない授業を受けることができる。子どもたちの表現力の向上を図り、豊かな人間性・社会性を育むことを目標としている。

「埼玉県教育委員会と意見交換をさせて頂いていますが、やはりブラジルの公立学校は量・質ともに不十分と言わざるを得ません。無償の義務教育とはいえ、依然として学校に通えない子どもたちがいることも事実です。そうした状況の中、私たちは既存の公立学校を補完するような形で活動しています。小さな組織ではありますが、貧困家庭にとっての希望でありたいと思っています」(カーシャさん)

様々な活動を通し、子どもたちの表現力が育まれていく

■「変えていくこと」が教育の本質

絵を描き、歌を唄い、身体を動かすーこうした様々な活動を通すことで、子どもたちの豊かな才能や可能性を発見することができるという。これまで与えられることしか知らなかった子どもたちが、「自分たちにも何かできる」と気づいていく。教育の本質は、子どもたちを変えていくことができることにあるのではないだろうか。

「私たちの活動の多くは、本来であれば政府によって成されるべき仕事なんです。法律でもきちんと明記されていますが、資金不足を理由に現実は全く追いついていません。だからこそ私たちのような活動の存在意義があるのですが、デモであったように国民は政府に質の高い教育を心の底から求めてます。こうした国民の想いに真摯に目を向け、政府が先頭に立って国が変わっていくことを願っています」とカーシャさんは語る。

BRICSの一員として目覚ましい経済発展に注目が集まるブラジルだが、内側に目を向けると国民の不満は徐々に高まり、政府に対する信用も失われつつある。W杯、オリンピックと世界規模のビッグイベントを控えるブラジルは、いま大きな帰路に立たされていると言えるのではないだろうか。


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