「19歳は無料」――この言葉が世に出ると、若者の間に口コミで広がり、11万人の19歳が各地域のスキー場を訪れた。若者に火を着けたその企画はリクルートの「雪マジ! 19」。ソーシャルゲームなどで使われる無料体験期間を設ける「フリーミアム」がヒントとなった。(オルタナS副編集長=池田真隆)

「雪マジ! 19」の企画者であるリクルートじゃらんリサーチセンターの主席研究員の加藤史子氏

■調査から見えた「19歳」に限定する意味

「雪マジ! 19」とは、19歳限定で全国の指定スキー場リフト券が無料になるというもの。リクルートじゃらんリサーチセンターが企画し、2011年からスタートした。

この企画の立案者である同センターの主席研究員・加藤史子氏は、19歳を対象にした背景をこう語る。

「スキーやスノーボードを行う人たちについて調べてみると、年齢が上がるほど参加率が下がるという構造的な特徴が見られました。ゴルフなどは年齢が上がるほど参加率が上がるのですが、スキー・スノーボードはその逆で、40代でデビューする人はほとんどいません。つまり、若い頃、スキー・スノーボードをはじめるタイミングで、最大多数に参加してもらうことが必要ですが、事前調査により、その鍵となるのが19歳ということになりました」

スキー場を再び活気づけるためには、若者へのアプローチが必要不可欠。そこで生まれたのが、「19歳はリフト券無料」というコンセプトだった。そしてこのコンセプトは想像以上に19歳の心を掴んだ。特に2季目となった昨季は、日本の19歳の約1割に当たる11万人近くが「雪マジ! 19」に参加。この企画が元になり新たにゲレンデへと足を運んだ人も、推計で12.6万人に上った。

19歳の間で着実に広まりを見せた「雪マジ! 19」。では一体どのようにして、この企画が周知されていったのだろうか。その中身を分析してみると、「8割以上が口コミ」だったという。

「twitterやfacebookが人気の近年は、それらのツールを介した口コミが大きな流れを作ります。若者層は、授業でもバイト先でもゼミでも、同学年・同年代のコミュニティで生活しています。『19歳は無料』という内容はシンプルで、口コミがしやすく、かつ『19歳』に限定することで、19歳の友達を誘う、あるいは19歳の友達に知らせる動機がより明確になったのだと思います。また来年(20歳)になると有料なので、その限定感により、今、行動するキッカケにもなります」(加藤さん)

■一定期間の無料化がもたらす長期的なメリット

もちろん、無料化するということはそれだけ収益が減るとも考えられる。しかし加藤氏はそれ以上のメリットがあると感じていたという。

「極端な例ではありますが、スキー場はお客様が100人でも1000人でもリフトやゲレンデ管理などの設備運営費はほとんど変わりません。『雪マジ! 19』により、無料のお客様が増えても、それにより赤字がかさむという心配はありませんでした。何よりそれ以上に、無料によって訪れた人たちがその地域で消費活動を行うことが大切でした」

「雪マジ! 19」の会員調査によると、8割以上の人がゲレンデ内のレストラン・カフェで食事をし、6割以上の人がスキー場近くの店で買い物をしている。もちろんこの企画をきっかけに宿泊した人もいるだろう。

さらに重要なのは、無料ではなくなる来冬のゲレンデ来訪意向を尋ねたところ、96.4%が「『雪マジ! 19』がなくても、ゲレンデに是非行きたい」と答え、追跡調査をすると、1年目の19歳のうち約92%が20歳になってからスキー場にリピートしていた。19歳の時だけで終わらず、後にお金を払ってでも行きたくなる。無料が足がかりとなって、今後も足を運んでくれる人が生まれたのだった。

「『雪マジ! 19』は、19歳ならば何度ゲレンデを訪れても無料です。それが良かったのかもしれません。というのも、スキーやスノーボードは1回目から楽しさを味わうのは難しいスポーツ。なかなかうまく滑れませんし、何度も転ぶこともありますから。それでも、無料ならまたゲレンデを訪れようと考える人もいるはず。そうやって何度か来るうちに、楽しさが分かり『お金を払ってでも行きたい』と思ってくれたのではないでしょうか」(同)

■無料化モデルにより新たな発見もできる

世の中にレジャーは数多くあるが、始めてすぐにその面白さを満喫できるとは限らない。かといって、面白さが分かるまでお金を払いチャレンジし続けるのも難しい。そんな、面白さを知るまでの「タイムラグ」が新たなファンを作る上での妨げになっているケースがある。「雪マジ! 19」は、そのタイムラグを無料化で解消したといえる。

無料期間の中でその楽しさを知ってもらいファンを作るシステムは「フリーミアム」と呼ばれ、実は携帯やスマホなどのソーシャルゲームで数多く取り入れられている。無料で遊ぶ中で課金する機会が出てくるという仕組みだ。「雪マジ! 19」は、ソーシャルゲームのフリーミアムがヒントとなった。

「『雪マジ! 19』に続き、今年は『Jマジ! 20』というキャンペーンも行いました。これは『20歳ならサッカーJ1・J2の全試合が無料観戦できる』というものです。やはりこれも、サッカー初心者が無料期間のうちにルールや面白さを理解し、やがてサポーターになってくれることを願って始めました。今後もさまざまな分野でフリーミアムモデルの良さを活かせればと思っています」(同)

近年は、「若者の○○離れ」という言葉がよく聞かれるようになった。車やゴルフなどがその例だろう。どちらも、練習を重ねることでさらに面白さが増すジャンルだ。遊びのコンテンツが多様化する中では、これらのようにある程度の鍛錬を必要とするものは、新たな愛好者が増えにくいのかもしれない。

だがその中で、無料の体験期間を設けたフリーミアムモデルはひとつの参考になる。利用する側にとっても、無料で何度もチャレンジし深く吟味できるからこそ、自分の新たな趣味嗜好に気付くことがあるはずだ。

フリーミアムモデルは、その人の新たな一面を見つけ、生涯の趣味をつくるきっかけにもなるのではないだろうか。

 
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加藤史子(かとう・ふみこ):
じゃらんリサーチセンター主席研究員。慶応義塾大学環境情報学部卒業。1998年(株)リクルート入社。高校生向け進学情報誌の制作・編集を経て、「じゃらん.net」の立ち上げ企画開発、「ホットペッパー.jp」の立ち上げ企画開発など、ネットでの新規事業開発に携わり、2008年より現職。国内旅行市場動向の調査・トレンドの把握、市場活性化および観光による地域振興に寄与する実証事業を実施・研究。主な事業・テーマとして「乳児連れ家族旅行促進による需要創出」「携帯ゲームと融合した新・若者旅行」「働く人の”休暇”意識調査」「平日需要創出・旅行需要平準化」「フリーミアムモデルによる雪山活性化、19歳は全国のスキー場でリフト券無料(雪マジ!19)」「GPS・位置情報を活用した次世代観光地分析」「ご当地愛を可視化するソーシャルメディア活用(「かまくらさん」「ふじ氏」)など、新たな視点で国内旅行市場をより活性化していくことに挑戦。