賃貸物件を自分好みに変えていく「賃貸カスタマイズ」という新たな潮流が若者を中心に広がっている。その物件は、「住み始めた時と同じ状態で部屋を返さなければならない」という原状回復の義務を課しておらず、借りる前、借りた後に自由に床や壁を改造・リフォームできる。「せっかく一人暮らしを始めるのなら、自分らしい空間を作りたい」と考える人も少なくないだろう。賃貸カスタマイズはなぜ広まっているのか、リクルートの不動産・住宅サイト「SUUMO(スーモ)」の池本洋一編集長に話を聞いた。(オルタナS副編集長=池田真隆)
■安さ以上の魅力になり得る価値とは?
SUUMOの調査によると、賃貸物件を利用する人のおよそ9割が「賃貸でも自分好みの部屋に変えたい」と回答していたという。そのような声は少しずつ貸主側に伝わり、徐々に原状回復の義務を設けない物件が増えてきた。
「住む人がなかなか見つからない賃貸物件の場合、打開策として敷金や家賃などを値下げすることが多かったのですが、借り手によっては『賃貸を自由に改造できる』という要素がそれ以上の“ウリ”になると分かってきました。そこで、原状回復の義務を設けない物件が出てきたのです。しかもその多くは貸主側が改装費用をある程度工面してくれるんです」(池本編集長)
原状回復の義務を設けない賃貸物件は、数年前から都市部を中心に全国的に広がりを見せ始めている。UR都市機構の『カスタマイズUR』は、リビング・ダイニングに原状回復の義務を免除した壁を設け、入居後も「壁紙を貼る・色を塗る・棚を付ける」などを可能にした。
レオパレス21の『お部屋カスタマイズ』では、壁紙の選択や落書きなどが認められ、自分の好みに合わせて、壁を塗ったり、棚を取り付けたりということが出来る。
さらに賃貸カスタマイズが可能な物件は、アパートやマンションなどの集合住宅だけではない。一軒家の賃貸物件でも増えている。
「東京都墨田区の向島にある民営の図書館『こすみ図書』がその例です。もとはお茶屋さんだった空き家を借りて、1階を私設図書館とイベントギャラリーに、2階を居住スペースへと改装しました。改装費はおよそ50万円。『こすみ図書』のように、賃貸の一軒家でも自由にカスタマイズ出来る物件が出てきました」(同)
■賃貸カスタマイズが住宅問題に光明を与える
このような賃貸カスタマイズは、築年数の古い物件で行われることが多いという。
「古い物件だからこそ原状回復の義務を取り払いやすいと言えるでしょう。そして住む人にとっては、自分好みにカスタマイズすることで持ち家のように愛着が湧いてきます。それは『長く住み続ける』ということにもつながるでしょう。賃貸カスタマイズは賃貸の空室率の増加に対する一つの策となりつつあります」
日本のアパート・マンションにおける「空室率」は深刻な状況にある。総務省の「住宅・土地統計」によれば、2008年時点で賃貸用住宅の空室率は18.9%。およそ5部屋に1部屋は使われていない状況だ。
「人口が減っているなかでも、賃貸物件の建築は減りません。新規建築が経済を支えている側面があり、また相続税を始めとする税制もまだ新築を促進するような形になっています。そのような背景から、世帯に対して賃貸物件の数が多くなってしまいました。となると、昔からある物件はどうしてもその煽りを受けて空室になってしまいます。そこに1つの光明を与えたのが賃貸カスタマイズでした」(同)
先述した通り、これまで古い賃貸物件のほとんどは家賃や初期費用などを減額することで、新しい物件に対抗していた。だがそれだけでは家賃下落しか道はなく賃貸オーナー業は儲からなくなってしまう「賃貸物件でありながら自由に改造できる付加価値」を加えることで、新たなニーズを掘り起こし、結果、家賃下落の流れを食い止めようとしている。
「実は欧米では、昔から賃貸でもカスタマイズできる物件が主流なんです。入居してから壁の色を変えたり、棚を立てつけたりというのは、住む人にとって当然の権利で、日本とはその文化が大きく異なっています。どちらが良いということではありませんが、今後、日本も欧米のように賃貸の自由化が進むことで、賃貸物件に新たな価値を与えられるのではないでしょうか。それは空室問題の解決にもつながるはず。そういう意味で、賃貸カスタマイズの認知度を高めることは非常に重要だと思います」
■若者に広がる賃貸カスタマイズ
日本でも徐々に広まりつつある賃貸カスタマイズだが、物件を選ぶ際に注意すべき点はどんなところだろうか。
SUUMO上で賃貸カスタマイズの事例を紹介している池本氏によれば、「賃貸物件は原状回復が原則です。自己負担で元に戻すのが嫌なら、大家さんに内緒でカスタマイズを行うのは避けてください。まずはきちんと相談してほしいです。これから 入居するのであれば、契約前に希望を伝えてみると意外にOK出たりするものですよ。またカスタマイズする箇所・内容をはっきり書き、大家さんにも書面で承諾の返事をもらうなど、必ず「記録」を残しておきましょう。一番手っ取り早いのはカスタマイズOKの物件を探すこと。SUUMOには賃貸カスタマイズに対応してくれる会社や物件を紹介しているので、まずはそれを探してみてください。また最近では改装自由な賃貸だけを集めているサイトもあるので覗いてみてもよいでしょう」
「実際に大家さんの負担で好きな壁紙に張り替えた賃貸に住むYさんからは、『家に帰るのが楽しみになりました。賃貸でもここまで自分好みに変えられるんですね!できるだけ長く住み続けたいと思っています』という声が寄せられました。また、間取りもキッチンも洗面も好きなものに代えられるというオーダーメイド型の賃貸に住むOさんからは『見せて見せてとひっきりなしに友達が遊びに来ます。本当にこれが賃貸?って驚かれるんですよ』という声も寄せられ、自分だけの空間を楽しんでいるようです」(同)
自分好みの空間を作りたい若者にとって、賃貸カスタマイズは魅力的な選択肢のひとつといえるだろう。
池本洋一:
住宅・不動産サイト『SUUMO』編集長 1995年(株)リクルート入社後、住宅領域にて編集、営業を経験。2007年に『住宅情報都心に住む』編集長、2008年に『住宅情報タウンズ』編集長、2009年に『SUUMOマガジン』編集長を経て、2011年1月より現職。
賃貸カスタマイズの詳細はこちら
http://suumo.jp/edit/customize/