2013年12月22日、神戸市中央区港島にある「ジーベックホール」は、230人の観客でいっぱいになった。この日行われるのは「花音(かのん)スペシャルコンサート」。地元神戸の音響機器メーカーTOAが、サンテレビジョンとタッグを組み、2011年から制作している音楽番組「花音」のライブバージョンだ。(オルタナS関西支局特派員=松本 幸)

いつもの番組オープニング映像からスタートしたコンサート

■楽譜のない即興演奏で作るコンサート

神戸の有馬温泉や淡路島の線香づくり、播州の鍛冶場…。「花音」はそんな兵庫県ゆかりの風景にまつわる「音」をテーマに、美しい映像と音楽がシンクロして視聴者の旅情を誘う3分間の音楽番組だ。

「まちには音が花のように咲き乱れている、というのが花音誕生のコンセプト」(番組構成作家 辻壽々代さん)との思いを反映し、映像に収録された「原音」からイメージをふくらませ、毎回ミュージシャンたちが即興演奏で音楽を作り上げている。今回は、そんな番組制作の舞台裏そのままの楽譜のないコンサートを、地域の人々に無料で楽しんでもらおうという初の試みだ。

1曲目は記念すべき第1回放送作品「匠の響き」。名物・明石焼き専用の銅鍋を作る職人の槌音をモチーフにしたものだ。ステージ前方に張られた幕に、いつもの番組のオープニングシーンが映し出され、聞きなれた谷口英明アナウンサーの低音のナレーションが入る。

映像に重なって始まる音楽。観客の誰もが番組VTRを見ていると信じて疑わずにいたその矢先、映像が消え、幕の向こうには、楽器を演奏するミュージシャンたちのシルエットが。幕が落とされると、一瞬にしてそこはライブステージに変わった。VTRと生演奏が見事に「クロスフェード」する仕掛けにより、テレビの中からミュージシャンが現実世界に飛び出してきたような、あっと息をのむスタートとなった。

出演するのは、番組レギュラーである宮嶋哉行さん(ヴァイオリン)と、安永早絵子さん(マリンバ・パーカッション)。さらにHANA★JOSS(ガムラン)、尾引浩志さん(口琴・ホーメイ)、安永友昭さん(パーカッション)らが曲目に合わせて次々に登場し、セッションを繰り広げる。

番組オンエアで流れるのは、ほんの1分ほどの演奏だが、今日は長さもたっぷり。番組で使われたフレーズを生かしつつも、そこから自由に解き放たれ、インスピレーションに満ちた発展形の楽曲を聴かせてくれる。

視聴者による人気投票1位になった作品「ローカル線に魅せられて」で、安永早絵子さんが叩いているのは、実際の鉄道のレール

■ステージと観客が一体になって生まれる、瞬間芸術の楽しさ

舞台上から伝わる、息の合ったハーモニーや高揚感は、「楽譜も事前練習もなし」とは、にわかに信じがたいほど。また、インドネシアのガムラン、ロシア連邦トゥバ共和国に伝わる倍音唱法ホーメイなど、西洋と東洋の異なる音階が混じりあうユニットは、通常なら考えにくい編成。

しかしそれを不協和音とすることなく新鮮なうねりを生み出し、観客を魅了するのは、演奏力の高さは当然ながら、想像力の豊かさや、音楽の垣根を超えてお互いを生かしあえるコミュニケーション能力がなければできないことだろう。

そのことを裏付けるように、コンサートの中盤に差し挟まれたトークセッションでは、即興演奏の実演として、客席から募ったお題に沿って、その場で曲を作り上げることに。

「2020年東京オリンピックでお願いします!とくに男子体操で」というリクエストを聞き、顔を見合わせる「花音」メンバー。「では楽しい話題なので明るめのコード進行でいきましょう」、「あん馬の旋回運動をイメージして、打楽器でベースラインを作りましょうか」、「そこにヴァイオリンが選手の胸の高鳴りを表現するように入って」。

いつもの制作風景を再現するように、会話から即興演奏が生まれていく様子に観客も引き込まれ、演奏が終わると大きな拍手が起こった。「即興演奏の時は、あまり頭で考えていないんですよ。テーマが持つイメージと、自分の引き出しの中にあるもの、それからほかのメンバーが持つ世界を、その時感じたそのままで出す。それがすごく楽しいんです」とは、安永早絵子さんの言葉だ。

アンコールのクリスマスメドレー。多様な音楽同士が混然一体となって生まれる響きには、音を奏でることの本能的な喜びがあふれている

コンサートは、約1時間半の間に8曲を演奏したのち、アンコールのクリスマススペシャルメドレーでフィニッシュ。会場を後にする観客たちが残していったアンケート回答には、「感動した」「すべての風景の中に音楽があることを知らされた」「今後も番組とコンサートを続けてほしい」などの喜びの声が多く寄せられた。

「観客のみなさんが楽曲に引き込まれている空気感が、ステージのミュージシャンの力になって、想像していたよりもずっと素晴らしい音楽が生まれたと思います。まさに音楽は瞬間芸術だと感じました」(TOA・花音企画担当者)。同社は「花音」制作前から、音響のプロとしての立場を生かし、日常の音をテーマにした舞台作品を制作するなど、メセナ活動を蓄積してきた歴史がある。これからも「音楽の喜び」を通じて、地域社会への貢献を推進していく予定だ。

・「花音」番組ホームページ:http://www.toa.co.jp/otokukan/kanon/