東京、ロンドン、ニューヨークにあるデザインに特化した世界的に有名な4校が連携して1つの教育プログラムをつくりあげた。グローバル・イノベーション・デザイン(以下GID)プログラムだ。参加者は、一定期間ごとに大学を変え、世界3大都市を行き来しながら、異国の学生たちと協力して最先端のデザイン技術を学ぶ。単なる短期留学ではなく、修士課程を対象とした複数機関の連携による新しい教育モデルを目指す。プログラムの狙いや概要について、稲蔭正彦・慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科委員長と藤川恵美・同科特任講師に聞いた。(聞き手・オルタナS副編集長=池田真隆)
――GIDプログラムを立ち上げた背景を教えてください。
稲蔭:日本の大学は、色々な意味で日本国内をターゲットにして各種サービスを考えています。しかし、近年はグローバル人材が注目されています。そこで、グローバルに通用するデザイン技術を持った人材を育成しようと、2012年に本プログラムは始まりました。
グローバル人材になるには、文化やビジネスの違いを理解できることが大切です。そこで、このプログラムでは、国境を越えながらアクティビティを遂行してもらい、デザインセンスを身に着けます。
経済的にも文化的にも異なる発展をした世界3大都市を行き来して、デザインをキーワードに学びます。提携校は、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(以下RCA)とインペリアル・カレッジ・ロンドン、ニューヨークのプラット・インスティテュートと本校です。
――オンラインで国内外の大学講義を無料で見れるようにもなりましたが、本場に行って、本場の教えを学ぶのですね。
稲蔭:学びの真の価値とは、「知識の蓄積」ではなくて、「思考錯誤のプロセスを、学生や教授とのつながりで体験し、解決案を導き出していくこと」です。
知識はオンラインで伝達しやすいですが、市場調査を行い、現地の人と深い議論を交し合うことはオンラインでは難しいです。
今年度は、「食」がテーマですので、3都市の学生たちがそれぞれ食に対する感覚の違いを議論します。食のトレーサビリティを調べるなど、エコな食の求め方には、国民性の違いがででてくるでしょう。
広い意味で、デザイナーとは、社会的課題をクリエイティブに解決する人のことです。異国の地に行き、ローカルではない目でリサーチすることが重要なのです。
■誤解される「デザインシンキング」のとらえ方
――参加者にはどのような点について学んでほしいですか。
稲蔭:デザイナーを目指す参加者に意識してほしいことは、「言ったことには責任を持って、最後まで実践すること」です。社会的課題の解決方法を、言葉で言うことは簡単ですが、実践できない提案は、絵に描いた餅になってしまいますから。
自分の背丈に合う形で落とし込んだ発言をして、実行することが大切です。
――今回のプログラムのテーマに、「デザインシンキング」を置いています。デザインシンキングとはどのような考え方でしょうか。
稲蔭:デザインシンキングは、よくワークショップのように語られますが、そうではありません。デザインシンキングのプロセスで、そう見える要素もありますが、一要素に過ぎないのです。
デザインシンキングとは、デザイナーが使うツールではなく、デザイナーではない人がデザイナーのように取り組むことです。デザイナーの感覚で物事を見て、問題解決を探ります。
そのプロセスは、3つあります。1つ目は、フィールドでの観察を経て、具体的に問題を把握することです。そして、2つ目は、その観察結果から、ブレストやワークショップをして、アイデアを出します。
最後の3つ目は、アイデアが出たら、それが解決につながるのか考えぬくのではなく、すぐに実行して、解決できるのか確かめることです。これを何回も繰り替えします。そして、最終的に納得のいく形にしていくのです。
この作業を1人ではなく、チームで取り組むことが前提です。
■「慣れた守備範囲」を超える経験を
――不特定多数の人とコラボレーションするには、どのようなことに気をつけるべきでしょうか。
稲蔭:まったく知らない人たちと協力して、クリエイティブなデザインを導き出すためには自分が何者なのかを知る必要があります。自分を理解できないと、違いを比較することができません。
そして、もう一つは、マネジメント力も養ってほしいです。人が集まっても、連携できないと規模が大きい社会的課題は解決できません。
価値観の異なる人たちと、どうやったら効果的にコラボレーションできるのかを考えることが大切です。
――異国の土地に行くことで、日本人のアイデンティティを再認識しやすくなるので、自分オリジナルのデザイン感覚を磨けそうですね。
稲蔭:海外の提携校の教授たちとよく話題になるのが、学生に対して、「慣れた守備範囲」を超える経験をさせたいということです。
ヒトは言葉が通じない社会に置かれたときに不安になります。その領域でどうサバイブできるのか、自分の限界に挑むことで、ヒトとしての器も試されます。
藤川:私はRCAを卒業したのですが、教授が自分個人の作品に批評してくれることは貴重な体験だと思っています。それは、社会人になると難しいことなのです。
会社に入ったら、会社の立場で批評してくれますが、自分の作品に対しての批評はあまりしてくれません。
稲蔭:時と場合によっては、教授たちで矛盾した意見をもらうこともあるでしょう。学生は混乱するかもしれません。でも、それをうまく取り入れて、次のステップに進んでほしいですね。
稲蔭 正彦(いなかげ まさひこ)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科
研究科委員長、教授
メディアアーティスト・デザイナー、クリエイティブディレクター、プロデューサー、ストラテジスト。常に斬新なアートやデザインの表現力を追い 求め、表現力による価値創造を製品やサービスのイノベーションや創造社会のデザインに展開している。専門分野は、エンタテイメントデザイン、ストーリー思 考、ユーザーの経験デザイン。
藤川恵美
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科
特任講師
2003年ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)インタラクションデザイン科卒業。同大学院ヘレンハムリィンサーチセンターにてインクルーシブデザインや創造力向上のためのデザインリサーチのあり方を研究。2005年よりフィリップスデサイン(オランダ)でインタラクションデザインコンサルタントとして5年間勤務し、医療における先行デザイン開発やフィランソロピー事業を担当。その後、時代や文化を超えたすべての人類に共通する人間と物事の本質を学ぶため、南インドの山奥に3年間半留学し、ヴェーダンタとそれを学ぶためのサンスクリット語を伝統的な方法で学ぶ。デザインの創造性がどのように国際的社会問題などの解決に貢献できるかに興味を持ち研究をする。
【GIDプログラムの詳細】
・http://gid.kmd.keio.ac.jp/
・http://globalinnovationdesign.org/
【学部生のための夏期米国短期派遣「GIDショートプログラム」】
https://wwwdc01.adst.keio.ac.jp/kj/kmd/forms/2014/GIDShort/0217.html