「社会や環境、人に配慮したエシカルな価値観が企業価値を高めていく」――そう話すのは、日本でいち早くエシカルに特化したマーケティング活動を行ってきた先駆者だ。エコだけど消費を否定するわけではなく、フェアトレードだけどおしゃれも追及する「エシカル」の可能性を聞いた。(オルタナS副編集長=池田 真隆)
トヨタ自動車系のマーケティング会社デルフィスのデジタル・ソリューション局に勤める細田琢氏(49)は、2007年に「エシカル」に出会った。当時、マーケッターとしてプリウスの宣伝・販促を手がけていた細田氏は、新しいコミュニケーションコンセプトを考えるために購入者の購買動機を調べていた。そのときに、「少しでも社会のためになると思ったから」という声が増えていることに気付いた。
社会貢献がビジネスにつながる時代が訪れるかもしれないと予測していたなか、雑誌「Pen」のロンドン特集内の一つの記事に目が止まった。それは、ロンドンでエシカルがブームになっているという内容だった。
もともとロハスという言葉は知っていたが、精神的な意味合いが強く、それに比べてエシカルは実践型だと思ったという。耳慣れない言葉だったが、2002年に「共生」がテーマとなった愛知万博で多くのNPO団体とかかわっており、これからの時代に合っていると可能性を感じた。エシカルビジネスを研究するために、細田氏は社内で有志を募り、「デルフィス・エシカル・プロジェクト」を立ち上げた。
調査を開始して、7年を迎えた。2010年から2012年までエシカル実態調査を行い、企業のエシカルな活動がファン獲得につながることを確認できたと言う。2012年に行った調査では、「社会に良い活動をしているならもっと情報発信をするべき」が73%、「同じような商品であれば、社会に良い活動をしている企業の商品を選ぶ」が55%となった。日本では「陰徳の美」という言葉があるが、細田氏は、「エシカルな活動を企業側がもっと発信していくことが、生活者の支持を得るカギ」と話す。
エシカルという言葉自体の認知度は、フェアトレードやリサイクルと比べて決して高くはないが、共感を得やすいのはなぜか。「日本人の根底には和の精神があり、言葉を知らなくても人に配慮する行為には親しみを持つ」と、東日本大震災発生時での助け合いを例にあげて答える。
しかし、単純にエシカルだけでは、物が売れることは難しい。製造や流通で環境や人権に配慮したエシカルファッションブランドの数は年々増えてきており、「エシカル」が差別化の要因になりにくくなった。
成功するには、エシカルを抜きにしても売れる商品であることが必須だと言う。企業がエシカルな活動に取り組む意義を、「消費の裏側を意識する時代になってきた。生産過程で環境破壊や児童労働をしている企業へのリスクは高まっている。企業としての対応が求められ、それを公表していくことが消費者と信頼を築き、ブランディングになる」。
■エシカルとは何か
倫理的という意味のエシカルの定義は日本にはまだない。だから、企業活動だけでなく、ゴミ拾いやお年寄りに席を譲る行為も当てはまる。意味が広すぎて、相手に説明しづらい言葉ではあるが、「世の中には、環境に関心のある人もいれば、貧困に興味を持っている人もいる。色々な意味を含んでいることは、多様にとらえることができるということ」と、時代の多様性に対応できると解釈する。
細田氏個人が考えるエシカルとは、「利己・利他」だ。利己だけでも、利他だけでも成立せず、両方揃っているものと定義する。
「利己・利他は消費や文明の発展を否定しているわけではない。これまで通り、モノを買うのは必要なこと」と話す。違いは、「買うとちょっと人の役に立てたり、社会課題の解決につながるモノを選ぶこと。行き過ぎた経済至上主義に違和感を感じてきた大人たちは、私を含めて多くいるはず。次の世代のために何を残せるのか考えることが根源にある」。
時代に逆らうのではなく、今の文明を享受しながら、人や社会に配慮した選択をすること――エシカルとは、そんな行為なのかもしれない。