ギフトエコノミーの街・インド オーロビルに来て4カ月が過ぎた。今、私は新たなプロジェクトを開始しようとしている。それは、モバイルサービスといって、訪問型の医療サービスだ。日本では、介護保険の影響もあり、在宅医療・在宅介護サービスはかなり定着してきているが、インドにおいては、病院やクリニックでの医療も十分とは言えず、モバイルサービスは数少ない。(オルタナS特派員=小川 美農里)

訪問先の家の軒先で働く女性たち

このサービスを開始したいと考えたきっかけは二つある。一つは、私の働くヘルスセンターで出会った、ある女性(60)との関わりだ。彼女は下肢の骨折後に、自宅安静が必要と医師から言われ、自宅で数カ月以上、ベッド上の生活を送っていた。

そのため、筋力低下が生じ、歩行困難な状態となった。初めてセンターに来た時は、家族に運ばれてきた。その後、リハビリやエクササイズをほぼ連日行い、現在は、杖を使用し一人で歩行できる状態まで回復するに至った。

日本でも以前は、手術後に一定の期間は安静という判断が多かった。しかし、現在は、手術後翌日から痛みをコントロールし徐々に動かすことで、手術後の合併症予防や早期回復となることが明らかとなっており、多くの病院で早期のリハビリが推奨・実践されている。

ある程度ADL(日常生活動作)が回復した状態で、急性期病院から自宅もしくは施設に移動し、その後も必要性に応じて、地域内で連携した継続的な治療・リハビリが行われる場合が多い。

しかし、インドでは、前述したようにサービス自体も少なく、また、家族の判断や経済状況によっても、病気になった後の生活が大きく左右されてしまう。

もう一つは、両下肢に麻痺がある少年との出会いだ。少年は、一般の病院や理学療法には、交通手段や金銭的な問題もあり通えず、徒歩圏内にあるセンターに理学療法目的で来ていた。

村で遊ぶ子どもたち

しかし一度転倒したことをきっかけに、両親が心配し、その後は自宅外へは積極的に出られなくなってしまった。麻痺の影響もあり、友人たちとも同じようには遊べない。彼はどのような気持ちで日々を過ごしているのだろうか。

この二つの出来事から、病気や怪我を防ぐ予防医療の必要性とともに、プライマリ・ケア(総合的、継続的、全人的な地域保健医療)の重要性を考えさせられた。そこから、訪問型サービスのアイデアが浮かんだのだ。

本当に実現可能なのかと、不安に感じることもあったが、このアイデアをセンターの責任者に話すと、「他にも同じような声があがっていた。ぜひ始めよう」と、すぐに開始するに至った。

まずは、センターの位置する村の情報収集から開始した。言語や文化などが、できるだけ障壁とならないように、 その村の出身であるスタッフと同行し、各家々を訪問している。

センターの位置する村は3000人規模であり、一軒一軒を訪問することは、時間と忍耐が必要だが、センターで待っていては得られない情報が少しずつ得られてきている。今後は、情報収集を継続し、具体的なサービスの必要性を把握した上で、計画・実践に移行していきたいと考えている。

オーロビル憲章と呼ばれる、オーロビルの基本理念の中には、「ヒューマンユニティ(すべての人々が共に協力し合うこと)の実現のための物質的・精神的な研究の場」と記されており、オーロビルを「実験都市」として位置づけている。もちろん、新たなサービスを開始するための様々な準備は必要だが、オーロビルの理念は、挑戦する意欲を向上させ、具体化できるように支援しているように感じる。

挑戦できる環境は、恵まれている社会でもあるといえる。13歳のハローワーク公式ホームページによると、人気な職業の第3位に公務員が挙げられていた。公務員とは、特定の職業ではなく、安定した職業の代名詞なのかもしれない。日本は、人々の持つ可能性を伸ばし、新たなことに挑戦できる環境であるだろうか。新たなプロジェクトを開始するに当たって、日本社会を見つめなおし、考える機会となった。