オーディトリウム渋谷は8月16日、フィンランド映画「365 日のシンプル・ライフ」を全国に先駆けて公開する。同作品は世界各地で公開され、若者のあいだに「消費文化から距離を置き、本当に必要な物だけで生活する」価値観を提示してきた。今回は日本での公開にあたり、監督・脚本・主演を務めるペトリ・ルーッカイネン氏に、同作品を撮るきっかけや、日本の消費文化の印象などを聞いた。(オルタナS特派員=山中 康司)

ペトリ氏は作品の監督・脚本・主演を務める

ペトリ氏は作品の監督・脚本・主演を務める

■幸せじゃないのは、物に囲まれているからだと気付いた

−−この映画は、監督自身が「自分の持ちモノ全てを倉庫に預け、1日1個だけ持ってくることができ、その間は物を買わない」というルールで過ごした1年間を記録したものです。作品の冒頭、自分の持ち物を全て倉庫に預けた監督が、全裸で雪のヘルシンキを駆け抜けるシーンは印象的でした。このような実験的な設定で映画を撮ろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

ペトリ:映画を撮る以前、自分の人生を考えた時に幸せじゃないなと感じたことが、そもそものきっかけでした。そして、自分が囲まれている物がその原因じゃないか、と思いました。

自分の家から1キロくらいのところに倉庫があるのを知っていたので、そこに物を全て預けようという発想が生まれたのです。元々ビデオ日記を撮る習慣があって、友人たちにこの計画について話をしたら、彼らも映像で記録すべきだと言いました。セラピー的な効果もあるかとも思って、最終的に映画を作ることになりました。

■物よりも「自分の自由な時間」に価値がある

−−今回来日してみて、日本における「物と人の関係」についてどのように感じましたか。

ペトリ:来日中、自分は都市部にしか行かなかったし、日本人の家を訪ねた訳ではないけど、少なくとも東京の人はみんな新しい服を着ているなと気づきました。

東京は何でもクリーンで、整っています。パンクロックな人でさえも、新しい服を着て、イベントもきれいな場所で行なわれていました。自分が行ったことのあるヨーロッパの大都市のパンクロッカーは、みんな汚い古着を着ていて、ビールを飲んでいる浮浪者のそばに座っているけれど、東京ではそのような光景は見ませんでした。

−−たしかに日本の人々は、若者ファッションに代表されるように、流行の物で自分自身を表現することに長けているように思います。一方で、そのような消費文化に疑問を感じ始めた人も少なからずいるようです。

ペトリ:北欧では段々普通のことになっているのと同じように、日本でも少ない物で生活しようとすることは、興味深いトレンドになってきているようですね。北欧では、特に若い人たちは、たくさんのお金を稼ぐために、つまり本当に必要じゃない、そしてそれは私たちを幸せにさえしない物を買うために、バカみたいに働かなきゃならないといった、これまでの消費の習慣に疑問を持ち始めています。

私はある日本人の女性に、以前私がガールフレンドの誕生日にプレゼントを買わずに、彼女と彼女の友達のために料理をしたという話をしました。プレゼントとして、彼女たちへの料理を作るために、自分の時間を10時間捧げたのです。

この日本人女性は、この種のプレゼントにとても興味があったようでした。日本では、プレゼントに物をあげることが大切なようです。私もかつてはそう思っていましたが、今は『自分の自由な時間』が最も価値があるものだと思っています。だから、いろんな形でその時間をプレゼントとして捧げるなら、何よりも価値があるに違いないでしょう。

■まず行動を起こしてみると、ゆっくりとわかり始める

−−今回の映画は、若者である監督の力で新たな価値観を提示した例だと思います。しかしなかには、自分なりの価値観を胸に秘めつつも行動に移せない若者や、明日からライフスタイルを変えようと決意しても、長く続かない若者もいます。なにか自分や世の中に対して新たな行動を起こし、継続していこうとする時、大切なことは何でしょうか。

ペトリ:私も、一晩では「素晴らしいアイデア」を思いつかなかったし、ただ何をするべきか、どう生きたいかがわかっただけでした。何年ももがき苦しみ、考えに考えて、そしてある日、「ただやってみること」を決意したのです。

私は荷造りを始め、実際に何かをやり始めたときにはじめて、どうやって自分の人生を変えるかを考え始めました。だから私は、行動を起こすこと、そのプロセスの中で学ぶこと、そして友達や家族、自分のまわりの人々と話すことが大事だと思っています。もしあなたが、それを試さないなら、生きるための新たな方法は見つからないでしょう。

あなたのライフスタイルを1カ月で変えられると思ってはいけません。それは難しすぎる。きっと変わらないし、自分自身に失望するでしょう。半年か1年かけて、前向きに自分のライフスタイルを変えていきましょう。

そうしたら、実現する可能性があります。そして、その数カ月後に、ゆっくりと分かり始めるでしょう。この新しくてよりサステナブルな生活とは、いったいどんな生活なのか、ということを。

◆◆『365日のシンプルライフ』は、8月16日(土)よりオーディトリウム渋谷他全国順次ロードショー。詳細は映画公式サイトで。http://www.365simple.net/