カンボジアの若手農家が、UVも消臭機能も備えた天然繊維を作っている。繊維にこれらの機能をつけるには、化学薬品などに頼ることが一般的であった。ゴミが好物な害虫が益虫になり、同国の農家の副収入としても期待されている。(オルタナS副編集長=池田 真隆)

収穫されたエリサンの幼虫の切りまゆ

収穫されたエリサンの幼虫の切りまゆ

2014年2月27日、カンボジアのコンポンチャム州にエリサン養蚕試験場が完成した。エリサンとは、ヤママユガ科の幼虫のことだ。この幼虫が生産する繊維に、UVや消臭機能などがついている。

この幼虫は、カンボジアの厳しい自然環境で生き抜くために、独自に進化していった。たとえば、UV機能がついているわけは、カンボジアの熱い気候から身を守るためだ。

エリサンの幼虫は、タピオカの原料となるキャッサバ芋の葉を好物とする。これまで、廃棄していた葉がエサになる。

素材メーカー・シキボウはこの取り組みを支援している。今年8月、カンボジアの農家を日本にまねき、蚕の飼育方法を指導した。同国の試験場建設にも資金を提供した。

日本で養蚕技術を学ぶ、CFFO代表のロス・ネインさん(右)と弟のロス・ネイさん

日本の養蚕技術を学ぶ、CFFO代表のロス・ネインさん(右)と弟のロス・ネイさん

同社は、東京農業大学農学部昆虫機能開発研究室・長島孝行教授と5年以上にわたる共同研究を行い2011年、エリサンの繊維とコットンを組み合わせることに成功した。この研究で生み出したのが、天然の機能繊維「エリナチュレ」だ。

シキボウは、ベトナムからエリサンの繊維を輸入し、「エリナチュレ」にして、アパレル企業に販売している。買い取ったアパレル企業は、2012年から、この繊維を使い、ベビー用セーターや帽子を販売している。定価は物によって異なるが、相場は6000~8000円ほど。

UVや消臭機能を繊維につけるためには、機能加工を行うため、パッチテストが必須だった。そのため、赤ちゃんにはパッチテストを行うことができないため、ベビー用の商品はつくれないという壁があったが、乗り越えた。

カンボジア農家は、エリサンの繊維を年間で3トンつくりだすことをめざす。飼育するのは、同国で農家ネットワークを築くNGO団体CFFO(カンボジア・フェデェラル・ファーマー・オーガニゼーション)。同団体は、2007年10月、28歳と25歳の兄弟が立ち上げた。現在加盟している農家数は230に及ぶ。

3トン作り出せれば、500万円ほどの収入となる。さらに、同国では幼虫のさなぎも食用として販売することができる。3トンの繊維をつくりあげるだけの幼虫のさなぎを販売すれば、こちらも500万円ほどの収入になる。同国の平均月収が1万円ほどなので、副収入として期待されている。

カンボジアでエリサンの繊維の生産をめざず(写真右端はシキボウ戦略素材企画推進室・小出三樹課長、左端は、CFFO代表のロス・ネインさん)

カンボジアでエリサンの繊維の生産をめざず(写真右端はシキボウ戦略素材企画推進室・小出三樹課長、左端は、CFFO代表のロス・ネインさん)

同団体を設立した経緯に、20年続いた戦争がある。代表のロス・ネインさん(38)は、「長引いた内戦で、密告などもあり、人を信じられなくなっていた。まずは、信じ合うことをめざし、農家のネットワーク化をはじめた」と話す。

虐殺により、多くの国民が犠牲にあい、同国の平均年齢は20歳前半。なので、今年38歳となるロスさんのような世代は少ない。農で母国を立て直そうと、周辺の若手農家に声をかけた。海外企業と契約するために、独学で言語も勉強した。日本語は書くことと読むことはできないが、話すことはできる。

商品にカンボジア産エリサンの繊維が使われていることを証明するために、マークを開発中だ。だが、自社ブランドとして販売していきたい企業もあり、商品イメージに合わないといった理由で、エリサンを使用していても、マークを表示しない場合もあるという。

同企画に2006年からかかわっている、シキボウ戦略素材企画推進室の小出三樹課長は、「素材が変われば、社会が変わる」と意気込む。

小出課長は、カンボジアを訪れ、農で国を立て直そうと、10年前から活動する二人の兄弟に胸を打たれた。純粋な気持ちで農に励む姿に希望を感じたという。

カンボジアでの生産はまだ始まったばかりだが、「これまで化学薬品に頼っていたが、エリサンは、天然繊維で快適性が期待できる。カンボジアの農家の発展にもなる」と、繊維を扱うB2B企業として持続可能な活動をめざす。