「テウテウカマタ!(よーい始め! )」――トンガ語の開始合図とともに、会場内には子どもたちの珠を弾く音が響き渡る。どの子どもたちの表情も真剣そのものだ。(横浜支局=細川 高頌・横浜国立大学教育人間科学部人間文化課程3年)
2015年3月、トンガ王国の首都ヌクアロファの会場は地方大会を勝ち上った189︎人の子どもたちで埋め尽くされた。今年で5回目となるトンガ王国そろばん全国大会だ。大会は在トンガ日本大使館とトンガ教育訓練省との共催で、この大会で優勝した子どもは、8月に日本で行われるそろばんキャンプに招待される。トンガでそろばん教育が始まったのは1976年のこと。前々代国王のタウファアハウ・トゥポウ4世が、算数嫌いの多いトンガ人の子どもたちが算数に興味を持つ方法の一つとしてそろばんに着目し、そろばん指導者の中野敏雄氏(大東文化大学名誉教授)と面会したことがきっかけだった。
この交流をきっかけに、翌1977年から中野氏を代表とする使節団がトンガに派遣され、トンガの教員にそろばん研修を行うようになる。
1989年からはJICA(国際協力機構)も、トンガ教育省へ珠算隊員や小学校教諭隊員を青年海外協力隊として派遣してきた。現在、そろばんはトンガ国内全ての公立小学校で3年生から5年生の必修科目となるほど普及している。
トンガ王国は南太平洋州に浮ぶ人口10万人ほどの小さな島国。主要な産業が少なく、優秀な人材は出稼ぎなどのために海外へ流出してしまっているのが現状だ。そろばん教育に力を入れるのは、国内の優秀な人材育成の狙いもあるそうだ。
現在そろばん隊員としてトンガに派遣されている長岡由佳さん(青年海外協力隊隊員・36)は「そろばんをしている子どもたちの表情はとても楽しそう。初等教育からそろばんを学ぶことで、算数や数学への抵抗が無くなる子どもたちも多いのでは」と話す。
トンガのそろばん普及に30年以上関わっている藤井將男氏(国際珠算普及基金理事長・71)は「この国にそろばんが普及したことによる計算能力の向上などがきちんとデータとして表れてくると、似たような現状に悩んでいる他の南太平洋州の国々もそろばんに注目するはず。長期的な目線でデータを集めていきたい」と意欲的だ。トンガでのそろばんの役割は、子どもたちの計算力向上だけにとどまらない。「そろばん大会で優勝して、日本に行きたい」多くの子どもたちにとって、遠く離れた日本の地は大きな目標の一つだ。
日本人に古くから親しまれてきたそろばんが、日本とトンガをつないでいる。こちらに来て、トンガ国内での日本の知名度に驚いた。街を歩いていると、片言の日本語で話しかけられることもしばしばある。その背景には、30年以上続く日本人のそろばん普及活動も影響しているのだろう。
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