タクシーを持たないタクシー会社Uber。ホテルを持たない宿泊サービスAirBnB。教員がいらなくなるMOOC講座。そんな逆説的な経済が今、急速に拡大し、社会に巨大なインパクトをもたらしはじめている。しかし、労働条件が無視された働き方には様々な課題がある。これらのビジネスモデルはどうすればより良い組織となるのか。(寄稿・ロンドン大学SOAS経営学准教授=トゥーッカ・トイボネン、編集・オルタナS副編集長=池田 真隆)
これらのサービスのインパクトは「衝撃」であるのか、それとも「公益」であるのか、決してまだ明らかではない。例えば西洋では、既存のタクシー会社がUberに猛反対しているが、消費者の間では大人気。なぜなら、スマホで気軽に呼んで支払いもすませられるサービスは非常に便利だからだ。
ただ、ドライバーはUberの「従業員」と見なされないので、社会保障などの手当てを受けていない。Uberの巨大な利益は株主に配分され、遠くへ逃げていく。アメリカでは、労働条件を完全に無視する「On-Demand Economy」の象徴として批判されるようになっている。
そんな中で、明確な「ミッション」を掲げて社会や環境問題を真っ正面から解決しようとしている「デジタル社会起業」が増えている。ロンドンでは「Fix My Street」のアプリを使えば近所の道路の不整備やその他修理の必要なところを速やかに役所に報告できる。
「TheGoodData」のプラグインを利用すれば、ネットで普段知らないうちに記録される「消費者データ」が見えるようになり、そのデータが生み出すお金の一部が発展途上国に寄付される。一方、「GovFaces」は政治家と投票者の間の意見交換を、facebookのように使いやすいかたちにしていく。まだ日の浅い起業家たちだが、デジタル社会の可能性について示唆することが少なくない。
デジタル社会起業家の登場は以下のようなことを示唆している。
(1)デジタル・サービスの生み出す価値の大半はそれらが利用される現地に残すことが可能である
(2)個人データ・消費者データは個人がより透明にコントロールできるようになる
(3)デジタル・プラットフォームなどが民主主義を直接的に支える、信頼度の高い道具にもなりえる
これら一つひとつはちっぽけに感じられるかもしれませんが、どれもが現在の主要なデジタル・ビジネス・モデルと根本的に異なる。消費者・市民・企業・政府の関係性を大きく変えていくポテンシャルを持っている。
価値共有や持続可能性を強調する「デジタル社会起業」をより理解するため、ぼくはこれから数年ロンドンを中心に研究することになる。それからこの現象を、既存の(「アナログ」な)社会起業論・研究やデジタル経済の課題と結びつけるために、今年の7月にロンドン大学・SOASで社会起業サマースクールを行う企画もできた(英語名は「Social Entrepreneurship: Enlightened Organisational Frameworks」で、主な対象は日本人を含め海外の大学生・社会人・起業家だ)。
デジタル社会起業は教科書もないほど新しい領域なので、ロンドン大学にいる最先端の研究者たちと実際に「デジタル社会イノベーション」を進めている起業家たちと一緒に学ぶ構成になっている。
Uber・Amazon・Facebookが用いるようなビジネス・モデルやプラットフォームをどのように組み替えていけばより「良い」起業・組織を作れるのか。先入観なしに新しいビジネス・モデルを探っていくことで、デジタル時代の可能性をよりはっきりと見えるようになるはずだ。社会や経済にとって緊急の作業であるといえるが、同時に面白いチャレンジでもある。
トゥーッカ・トイボネン:
1979年フィンランド、ヘルシンキ生まれ。立命館アジア太平洋大学卒業。2009年にオックスフォード大学博士号取得(社会政策学)。東京大学・京都大学・慶応大学・GLOCOM (日本国際大学)などを経て、現在はロンドン大学・SOASにて経営学准教授を務める。経済を「アップデート」しようとするデジタル社会起業家やイノベーション・ラボなどを研究中。専門分野は組織社会学。著書に『若者問題の社会学』(明石書店)などがある。最新情報はHP(www.tuukkatoivonen.org)やTwitter(@tuukkatoivonen・@Tuukka_T)を参照。