選択的シングルマザーをご存知だろうか。自らの意思で結婚せずに出産し、1人で子どもを育てることを決めた女性のことだ。日本ではまだ少数派だが、安藤美姫さんや道端カレンさんなど、ライフスタイルの多様化を背景に、この生き方を選ぶ女性が少しずつ増えている。(オルタナS副編集長=池田 真隆)

女性と子育て研究所代表の高田さん

女性と子育て研究所代表の高田さん

女性と子育て研究所代表の高田真里さん(45)は2014年5月、選択的シングルマザーへの情報提供を行う「SMCネット」を立ち上げた。高田さん自身も小学3年生(8)の女の子を育てる選択的シングルマザーだ。

選択的シングルマザーに特化した情報提供は、行政や民間ではほとんど行なわれていないこともあり、同サイトへの問い合わせは増えているという。インターネットでつながり、今後はネット上だけではなく、リアルの場でも交流会を実施する考えだ。

高田さんが活動を行う目的は、「女性のライフスタイルが多様化しているのに、彼女たちが必要としている情報が不足していること」への問題意識がある。

多くの女性が「適齢期だから結婚しなければならない」、「子どもがほしいから結婚するしかない」という固定観念に縛られていることを残念に思うと言う。「幸せになる手段は結婚だけではない。人それぞれの選択があっていい」。

■家族のあり方に対する意識の変化

現在、日本の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に生むとされる子どもの数)は1.43。国を挙げて少子化に取り組んではいるものの、抜本的な解決策を見いだすことができていない状況が続いている。

時代とともに少しずつ女性のキャリアやライフスタイルが変化する中、現実的には仕事と家庭の両立は難しく、働きながら母となることを選択したくてもままならないという声をよく聞く。

そして、2016年度より不妊治療の公的助成は42歳までとなり、仕事が安定した後に子どもを生みたいと思っても、その機会はさらに狭き門となった。

先進国の中で少子化を食い止めることができた国は、婚外子の出生率が高い国だという専門家の意見もある。フランスや北欧の非婚での出産率は約50%。婚外子出生率の高さが、全体の出生率低下に歯止めをかけているともいわれている中、日本の婚外子出生率は約2%だ。

現在約3万人の会員がいるアメリカの選択的シングルマザーの会では、会員の多くが精子バンクを介した匿名の男性から精子提供を受けて妊娠、出産にいたる。しかし、日本では非配偶者人工授精(AID)は夫婦が対象であり、シングルの女性が合法的に第三者から精子提供を受けることはできない。そのため、妊娠にいたる経緯はアメリカとは少し異なるようだ。「日本の選択的シングルマザーは、恋愛関係にある男性との性交渉で妊娠し、結婚を選択しないケースが多い」(高田さん)。

現在、日本では3組に1組が離婚する時代。そして妊娠先行型結婚、いわゆる「デキ婚」の場合はさらに離婚のリスクが高いと指摘する声もある。離婚後のシングルマザーは経済的に困窮することが多く、仕事を複数掛け持ちするダブルワーク、トリプルワークでも年収は200万円程度、離婚した夫から養育費を継続的に受け取っているのは全体の2割強というのが実情だ。

このような現実からは結婚すれば家庭が安定し、安心して子育てができるとは必ずしも言えない。高田さんは、「女性、そして子育てには結婚に依存しないでも生活できる基盤づくりが必要」と考える。選択的シングルマザーはこういった課題への一つの解を示すものであると言えるかもしれない。

「今の日本では一度キャリアを中断した女性が、子どもを抱えて再び働くのはとても厳しい。離婚を望んでも、経済的な理由で離婚に踏み切れない女性はたくさんいる。シングルで生きて行くにしても、結婚するにしても、いつでも自分の力で生きて行ける基盤は同じように重要」と高田さんは言う。

■子どもは幸せ?

日本では「両親が揃っていないと子どもがかわいそう」といった考えが古くからある。そのため、死別やDVによる離婚など、やむにやまれぬ事情でひとり親になるのではなく、最初からシングルマザーになることを選ぶ女性に対しては「身勝手ではないか」と非難する声もある。

そして、「子どもの出生は婚姻内で」という意識も強い文化ゆえ、妊娠を機に結婚するカップルが全体の25%を占めるというデータもある。妊娠を機に結婚し、生涯幸せな人生を送る夫婦がいる一方で、「結婚は考えていなかったけれど、子どもができたから仕方なく」という気持ちで結婚生活を送る夫婦も少なくない。

準備や心構えのないまま、本当は親になりたくなかった「ふたり親」と、本当に親になりたいと望んで長い時間準備を重ねた「ひとり親」。子どもにとっての本当の幸せとは何だろうか。

「親になりたいという熱意だけで子育てはできない。経済的、精神的な自立が前提になければ、子どもにとっても自分にとっても大変困難な人生になってしまう」と高田さんは言う。

「実親からの虐待で命を奪われる子どももいれば、ひとり親、祖父母、里親など、様々な環境で幸せに暮らしている子どももいる。子どもの幸せは血縁や家族構成で決まるものではないと思う」。

高田さんは選択的シングルマザーという生き方を、決して押し付けてはいない。妊娠前、5年近く交際していた男性とは、将来のことや子どもを作ることについて1年以上時間をかけて何度も話し合ったという。

「お互いの状況、価値観、ライフスタイルなどの様々な視点から判断し、何がベストな選択かを考えた。その時の状況が何かひとつでも違っていたら、また違う選択(法律婚、事実婚、別居婚、そもそも子どもを作らない選択等)をしていた可能性もある。幸せになるための手段は人それぞれ。固定観念に囚われず、自分らしい生き方、家族が幸せになることについて考えることが大切」。

子どもと2人での暮らしが最高に幸せという高田さん。「仕事に研究活動に育児に家事と、日々目が回るような忙しさ。でも娘の笑顔を見ると、疲れも寝不足も吹き飛ぶ。毎日がとても幸せ」。

■選択的シングルマザーの増加は何を示すのか

選択的シングルマザーを選ぶ女性が少しずつ増えているのはどうしてか。女性と子育て研究所フェローの野村尚克氏は、いくつかの意味が示されていると指摘する。主なポイントは「女性の自立」「結婚のリスク」「変わらぬ男性の意識」だ。

まず、女性の自立について、「男女平等で育ち、男性と同じようにキャリアを作ってきた女性は経済的に自立している。お金や生活を理由に結婚する必要はなく、男性に依存していない。自立した生活を謳歌しており、一人で子どもを産み育てようと思う人が現れることは自然なこと」と言う。

結婚のリスクについては、「結婚すれば夫婦が一緒になって生活し、子育ても一緒にすると考える。しかし、多くの場合は子育ては女性が担い、男性は給与を稼ぐ方にと分業される。このこと自体は悪いことではないが、女性にとってはキャリアを捨てることにもつながる。一度捨てたキャリアを復活させるのは難しく、大きなリスクとなる」。

そして、もし離婚した場合は、たいてい女性が子どもを引き取るが、養育費を受取ることが困難なことも知っていると言う。「一度も養育費を受取ったことがない人は約60%、一時的に受け取ったことがある人は約16%で、合計すると約76%の人が継続した養育費を受取っていない。この数字は異常な高さ。男性の財産を強制執行することもできるが、そこにいたるまでには大きな労力が必要で、離婚後の育児や精神的に不安定な中、こういった支援をしてくれる機関は少ないのが実情」。

男性の意識については、「昔は男性が稼ぎ手で、女性は育児を行うというのが一般的だった。しかし、現在は男性の稼ぎだけでは家族を養えなくなっている。そこで女性も働くが、その分、男性が育児を担うのかというとしない。これでは女性の負担が増えるだけでフェアではない。稼ぎの構造は変わっているのに育児についての意識が変わらない男性がいることも、結婚しない理由になっているのでは」と言う。

最後に野村氏は少子化問題についても指摘する。「現在、国を挙げて少子化対策に取り組んでいるが、これまでこの問題は女性の問題として片付けられていたように思う。子どもを産み育てることに男女で責任に違いはない」。

そしていま、喫緊に対策を打たなければならない問題がシングルマザーの貧困であると言う。「離婚などによって1人で子育てをしている母親たちの貧困はかなり深刻。シングルマザーの貧困率は5割を越え、20代のシングルマザーにおいては約80%が貧困。シングルマザーになった理由は様々あるでしょうが、このような状況になっても自己責任の一言で片付けられてしまう」。

「結婚して子どもを育てましょう。しかし、離婚して貧困になったらあなた個人の責任です、では怖くて子どもを産めないはず。子育てを支えてくれる親類が少なく、地域コミュニティが衰退している現在では、子どもを育てる環境は過去とは違う。全く責任が取れない状態で子どもを産み育てることは問題でしょうが、自己責任で片付けてきた結果がいまの少子化の一因になっているとも思える。養育費を支払わない男性への罰則を強化することはもちろんだが、こうした状況に置かれた母子をまもることを約束することがいま最も求められていることではないか」。

男性や社会に頼らず、一人の力で子どもを育てる選択的シングルマザーへのニーズは、これから増えていくかもしれない。

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