日本コカ・コーラ、技術・サプライチェーン本部の乙黒慧は、入社17年目の生え抜き社員。家では3人の子どもの母親でもある。育ち盛りの子どもを持ちながらも、しっかりとキャリアを重ねてこられた背景には、会社の文化や制度、さらには同僚との助け合いがあった。(オルタナS副編集長=池田 真隆)
■3度の職場復帰を果たした女性社員
「お母さん、早く早く!」
山の急斜面を一気に駆け上がる3人の子どもたちが、下にいる母親を呼び寄せる。
「そんなに高い所まで行けないわ。こっちから投げてみるから、ちゃんと受け取ってね」
母親が手に持つのは木の苗。親子はこの山に、木を植えようとしていた。
「大きく育つといいね」
土まみれになった親子は、自分たちが植えた木が育った様子を想像しながら、しばらくそれを見つめていた――。
2015年5月のある土曜日、群馬県片品村の丸沼高原に、多くの新しい苗木が植えられた。日本製紙と日本コカ・コーラの協働プログラム、「森とスマイル」の一環として行われた植樹イベントによるものだ。
「休日にこうやって、子どもたちといっしょに外で過ごすのが何よりも楽しみなんです」
イベントに親子で参加した乙黒慧は、日本コカ・コーラの社員である。この日は活発な子どもたちを温かく見守る3人の母親として温和な表情を見せていたが、会社の中では一転、引き締まった表情を見せる。
乙黒は現在、技術・サプライチェーン本部の、コマーシャリゼーションマネジャーという立場で仕事をしている。いったいどんな仕事なのか。
「新しい製品が開発されたら、その特徴やブランド戦略などを、製品を製造・販売するボトラー社さんと共有する必要があります。これなくしての製品化はありえません。どの工場でどのように製造するかなど、商業生産に向けて、ボトラー社さんや部署間の調整をするのが私の仕事です」
新しく開発された製品が世に出るために奔走する。彼女はいわば、「新製品の道先案内人」でもある。乙黒は社内でそのような重要な仕事を任されているが、3人の子どもを持つ母親でもある。会社ではそんな様子を微塵も見せずにしっかりと仕事をこなしているが、育児と仕事の両立は本来、とても難しいはずだ。いったい彼女のワークライフバランスに、どんな秘密が隠されているのだろうか。
「私は特別な人間ではないし、自分の力で両立できているとは全く思っていませんよ。この会社だから、育児をしながら仕事を続けられたんだと思います」
それは乙黒が16年間、日本コカ・コーラ一筋で仕事を続けてきたことが証明している。産休や育児休暇の期間があっても、彼女はキャリアを中断することなく3度の職場復帰を果たしている。
「中2の長女は物静か、小5の次女は社交的、小2の長男がまたシャイなんですよ」。3人の子どもの特徴をそう話す乙黒は、入社4年目で長女を身ごもった際に、仕事を続けていけるかどうか、大いに悩んだのだという。
「私にとって出産は初めての経験だし、当時の世の中はまだ、出産・育児と仕事の両立について今ほど語られていませんでした。休むことで職場の仲間に迷惑をかけてしまうと思い、申し訳ない気持ちで一杯で……」
しかし乙黒が悩んでいたことは杞憂だった。自分が子どもを授かったこと、そして産休を取りたいということを上司に報告した際、こんな言葉が返ってきた。
■「はたらくママ」を救った上司の言葉
「いつ戻ってくるの?」
この言葉を聞いて、乙黒は「気分がスッと楽になった」という。この上司だけが特別に理解のある上司だったというわけではない。3回の産休は、それぞれ違う上司への報告だったが、3人とも全く同じ言葉を返してきたという。
「正直、どんなリアクションをされるか怖い部分もあったんです。でもみなさん、嫌な顔せずにそう言ってくれました。これは会社のカルチャーなんだな、と思いました。すごくありがたいことだと思っています」
乙黒が言う「会社のカルチャー」は、働く女性を支援するさまざまな制度としても現れている。年に5日取得できるチャイルドケア休暇。そして、半休や、フレックスタイム。乙黒はこうした制度を活用して、子育てと向き合ってきた。
「子どもの学校行事や保護者会などの際に、そうした制度がとても役立ちました。子どもが小さい時には、急な発熱で私が駆けつけることが何度もあったんです。そんな時には職場の仲間にも助けてもらいました。私が職場の席を離れる時に、いつもサポートしてくれる人が現れる。家で仕事の続きをすることもありました。会社にも仲間にも本当に感謝しきりです」
最近になって、社内制度はますます充実してきている。働く女性を支援するだけでなく、女性のキャリアアップ支援にも積極的なのだ。これからもずっと仕事を続けたいと思っている乙黒も、会社のこうした動きを心強く感じている。
たとえば、2020年までに世界全体でビジネスを2倍に成長させることを目標に掲げる、コカ・コーラシステムの長期成長戦略「2020 VISION」でも、働きやすい職場環境づくりや女性の積極的な登用などが重要なテーマとなっている。
2012年に、日本コカ・コーラ社内に発足したwomen’s linc(ウーマンズリンク)もその一環で生まれたものの一つだ。もともとは米国本社発祥の組織で、女性社員が自主運営をして、さまざなま交流会や勉強会を開いている。ウーマンズリンクは登録制で、各イベントに好きな時にすることができる。乙黒も最近、「綾鷹」のワークショップに参加した。
「合組(ごうぐみ)という、茶葉をブレンドする作業などさまざまな体験をさせてもらったんです。お茶そのものを深く知ることができて、これまで以上に自社製品のことを考えるようになりました」
交流会を通じて、社内の女性社員との関わりも深まった。それはコマーシャリゼーションマネジャーとして、部署を行ったり来たりする乙黒にとって、実務的に有益であるだけでなく、育児などで同じような悩みを抱える社員との情報交換の場をも生んだ。
■一番必要なのは「家族の理解」
乙黒は15年4月にサービスが始まった、「はたらくママのための育児タクシー(ママタクシー)」にも注目している。これは、コカ・コーラ財団が支援している若手の企業家集団、グローバルシェーパーズの発案をきっかけにして生まれたもので、スマートフォンにアプリをインストールすれば、必要な時、必要な場所にタクシーを呼び出すことができるものだ。
「私の子どもがもっと小さい時に、このサービスがあったら良かったな、と思いますね。急な発熱時などは、急いで子どものところに向かわないといけない。でもタクシーが来るまでは動けない。ママタクシーのアプリを使うと、タクシーの到着時間が分かるので、たとえばあと10分かかると分かったら、仕事の引き継ぎやメールなどが時間配分を気にしながらできますからね。小さいお子さんを持つ方に積極的に活用してもらいたいです」
こうしたさまざまな制度が生まれてくることで、乙黒に続く「働くママ社員」たちも大いに助けられることだろう。しかし、どれだけ制度が充実し、会社の仲間の理解があったとしても、それだけでは足りない。育児をしながら仕事を続ける上で最も必要なのは、「家族の理解」だ。
「子どもたちの理解なしでは、一人の母親としても、一人の会社員としても、中途半端になってしまう。だから私は子どもたちに、自分の仕事を見せているんです」
乙黒はハピネスファミリークラブという社内のクラブ活動に参加している。そこで仲間たちといっしょに、「オープンオフィス」というイベントを企画し、夏休み中の子どもたちに会社訪問をしてもらうことにした。「親がなぜ働くのか。それを理解してもらうには、子どもたちに間近で仕事を見てもらうのが一番だと思うんですよね」
冒頭の植樹イベントも、子どもたちに自分の働く会社の活動を知ってもらうことが参加の目的の一つだ。と同時に、アウトドア好きでもある乙黒親子の、趣味と実益を兼ねた行事でもある。
乙黒に、仕事と育児を両立させるための秘訣を聞いてみた。「仕事と家庭でキッパリ気持ちを切り替える。それがストレスを溜めずにバランスをとるコツだと思います」。仕事の日は思いっきり働き、家事もしっかり。そして、休日は思いっきり遊ぶ。会社でも家でも手抜かりのない彼女の休日は、これからも子どもたちとの予定でいっぱいだという。
乙黒 慧(おとぐろ・けい)/神奈川県茅ヶ崎市出身。大学卒業後、1999年日本コカ・コーラに入社。現在は、技術・サプライチェーン本部にて、主に炭酸・スポーツカテゴリーを担当し、コマーシャリゼーションマネジャーとして、新製品導入に向け社内関連部門やボトラー社の調整に奔走する。プライベートでは3児の母。休日は子どもたちとアウトドアで過ごすのが何よりの楽しみ。
*この記事は、日本コカ・コーラのCSRサイトから転載いたしました。
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