山が一面に雪で覆われ、寒さも一段と増す2月の北海道夕張市では、毎年この時期に開催される映画祭がある。皆さんも、一度は耳にしたことがあるだろうゆうばり国際ファンタスティック映画祭が開催される。この映画祭は、現在、市民主体のNPO法人ゆうばりファンタで運営されている。しかし、初めからNPO法人で運営されていたわけではない。ここに至るまでは、夕張市の財政破綻が大きく関わりを持っている。(学生による被災地支援のための市民メディアプロジェクト支局=冨山 啓美・武蔵大学社会学部メディア社会学科3年)
1999年ゆうばり国際冒険・ファンタスティック映画祭という名でスタートしたこの映画祭は、当時の夕張市長を務めていた故・中田鉄治氏のもと行政主体で始まった。国からの補助金もあり、また、海外からも大物スターが訪れるなど、名の知れた映画祭となっていき、順調そうに見えていた映画祭であった。しかし、1999年をピークに映画祭の予算は落ち込んでいた。その当時、国では、自治体の合併を推し進めるなど、行財政の無駄を省いていく流れにあったことも関係していた。澤田さん(NPOゆうばりファンタ代表理事)は、それを敏感に感じ、このままほっといては、映画祭はなくなってしまうと思い、行政に出来ないのであれば、民間が受け皿となり続けていく方法はないのかと考えるようになった。
それから数年後の2006年夕張市は、財政再建団体入りを表明した。澤田さんにとっても、市民にとっても、誰しもがこんなに早く夕張市が財政破綻すること、そして、夕張市を代表する映画祭がなくなるとは思ってもみなかったという。この時、周りでは映画祭をなくしたくないという声ばかりであったため、地元が音頭を取らねばならないという思いで、市民主体のNPO法人ゆうばりファンタが立ち上がった。
映画祭が財政破綻をきっかけに、市民主体のNPOが運営していくようになったが、以前から映画祭自体は市民の方々も関わりを持っていた。市民は映画の事は分からないが、せっかく地元で行われており、国内外の有名な人も来るのだったら自分たちでできることはやろうという思いがあり、形となり増えていった。
今では、映画祭の名物となったストーブパーティーがあるが、これも始めは若者たちがリアカーに石炭ストーブを積み、そこで焼いたものをお客さんに振る舞いだしたところ思いのほか面白く、これを目当てに来る人もいるようになったという。
他には、今はなくなってしまったが、映画ファンのため24時間みんなで集まれるスペースを作った。夜な夜なファンがマニアックな映画の話をし、最終的にはゲストも来てファンと共に語り合ったという。
このように、夕張の人たちは、映画祭をだんだんと自分たちのものにしていった。他の映画祭では味わえない体験がゆうばりファンタスティック映画祭では味わえる。財政破綻があり、映画祭が一度は続行の危機に陥ったが、それでも続けてこられたのは、ゆうばりファンタスティック映画祭が市民によって訪れる人々に世界で唯一の場所と感じさせ、虜にしているからなのであろう。私も、そんな素晴らしい映画祭を体感してみたいと思った。
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