現在、よく耳にする企業の社会的責任(CSR)という言葉がある。今回は、慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)でCSRをテーマに「企業の社会的責任と社会・経済の活性化」という授業を行う慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授の村上恭一氏にインタビューを行った。今回はその前半をお送りする。今後は、この授業に登壇するゲストスピーカーの講演内容をレポートし、連載記事として公開していく。(聞き手・MAGADIPITA支局=久保田 惟・慶應義塾大学総合政策学部1年)

村上教授

慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科・村上特任教授

■「対話型講義」をやる意義とは

村上教授の講義は、「対話型講義」を軸に構成されている。授業前に討議資料が配布され、授業が始まると2~3人でのグループディスカッションを行う。ハーバードでのマイケルサンデル教授の「対話型講義」が思い浮かぶ。新しい授業展開として注目される「対話型講義」を行う意図を聞いた。

講義風景

講義風景

———なぜ「対話型講義」を採用したのでしょうか?また講義内での目的を教えてください。

村上:教室が従来の一方的に「教わる」場ではなく、未来型の「伝える」「気づく」場として、相互啓発・相互学習の場にしていく必要があると考えています。その環境を提供することで、「思考錯誤」の場を生むことになるからです。

対話を通じて、一人ひとりが考え感じたことを掘り下げ、他者の気持ちを理解することで、意見の多様性を知り、様々な意見を尊重しつつ、自分の意見も伝え合意形成を目指しています。

———今までの教育現場では、それらの環境はあまり提供できていないように思えます。「思考錯誤」の場はどのような役割を果たすのでしょうか?

村上:アショカジャパン創設者・代表理事の渡邊奈々氏(Blue Wing — Ashoka Japan ANAGlobalCH)は、20世紀型の教育は「教える・教え込む・知識を大人が教える」である一方で、21世紀型の教育は「先生が、教える人から、インスピレーションときっかけを与える人に変わらなければいけない」とおっしゃっています。

そこで必要となるのは「問う」力と、異質の考えを理解し結びつける力です。それらの力を生徒が主体的に養うのが「思考錯誤」の場です。

———なぜそれらの力が求められているのでしょうか?

村上:先ほど述べたように、20世紀型教育では知識を教わることに重点を置いているため、一つの価値観にとらわれやすいと言えます。米ハーバード大学教育大学院のロバート・キーガン(Robert Kegan)教授のいう、自己変容知性がますます大事になるからです。

知性の成長

■多様性から生まれるイノベーション

従来の教育方法では、重視されていない学習の要素に着目している「対話型講義」。そこから得られる思考力や多様性はどのような人材育成につながるのだろうか。

———多様性を意識した学びや思考力は何を生むのでしょうか?

村上:まず、世の中には既存の枠組みに囚われず、創造的思考を働かせて新しい物事を生み出している人たちがいることを知ってほしいという思いがあります。

これからは、いかに「世の中のルールを書き換えるか」が重視されます。CDで音楽を聴くのが当たり前だった時代から、今では音楽プレーヤーで曲を聴くのが主流ですよね。そんな、新たなルールを生み出す戦略につながると考えています。

———いわゆるイノベーターを育成することにつながっているよう感じました。「対話型授業」とこれらの人材育成はどのようなつながりがあるのでしょうか?

村上:ハーバードビジネススクールでイノベーションを研究するクリステンセン教授は「イノベーターは人と違う考え方をするが、スティーブ・ジョブズがいうように、実はつながっていないものをつなげることによって、違う考え方をしているにすぎない。アインシュタインはかつて創造的思考を『組み合わせ遊び』 と呼び、『生産的思考の本質的特徴』とみなした」といいます。

そのうえで、「関連づけ思考」と、それを誘発する「質問力」「観察力」「ネットワーク力」「実験力」の5つのスキルが必要といっています。 これらのスキルが活かされるためには、唯一無二の正解ではなく、一人ひとりの応答には全て意味があることと、絶対的な正解がない時代に、合意形成を 探求するプロセスそのものが学びであること。

それに加えて、様々な人とのコミュニケーションを通じ対話する能力を育むことが人生を豊かにすることを体得することが必要です。このために、「対話型講義」が生まれ、教育現場で注目が高まっているのです。これは、イノベーションのみならず、組織や社会を変革していくために重要な能力なのです。

■学びのステップを意識したカリキュラム作り

実際に「対話型講義」を導入したとしても、ただ生徒とのコミュニケーション量を増やし、議論させれば良いというわけではない。実際に講義を行う上で、どのような点を意識しているのかをお聞きした。

———実際に講義を行う上で意識していることを教えてください。

村上:答えを求めないように意識しています。こちらから学生に対して答えを押し付けるようなことはありません。何を考えているかというと、講義内で生徒に学んで欲しいポイントを想定して、議論が拡散しないように、学ぶべき点を意識することにつながっています。

これは弓矢の的のイメージで捉えていて「この範囲内なら点数が同じ」という考えをしています。時間内で想定するレンジには入って欲しいので、講義内での討議をどのように結びつけるのかに苦労します。意見を否定するのは簡単で、生徒の発言を点として捉え、それらの発言を結んでいくのかが講師の役割です。

講義の様子03

———どのような点を工夫していますか?

村上:やっぱり、学生側にやることを見抜かれてしまうとその講義の意味はなくなってしまいます。時間内で生徒同士の討議を活性化させ、ラーニングポイントに導くために、発言内で出たキーワードはしっかりと抑えることは意識しています。

板書の仕方も、整理された書き方をすると生徒は予測がついてしまうこともあるので、まずは発言内のキーワードを板書していって、最後にキーワード同士を結んでいくことをしています。

その黒板を板書することには意味がなくて、それぞれのキーワードをどのように結んで行ったのかというプロセスが重要になるんです。だからこそ最初はわかりやすく関連性を示したりもしますが、授業が進むにつれ板書の取り方も変えていっています。

———この講義全体ではどのようなカリキュラムになっているのでしょうか?

村上:全体としては、「ケーススタディによる討議」と「概念」を理解するための講義に分かれています。ここで考えているのが、ある問題を解くためには、それに合った物の見方をしなければいけないということです。

これを獲得できるともう一歩思考を深めることができます。ホームレス問題などの身近な分野からスタートし、講義を重ねるにつれて、学生があまり知らない分野になっていくように組んでいるのもそのためです。

ある程度の土台を作っておかなければ、新しい考え方や価値観には対応できないのです。講義では大学院でしかやらないような分野も扱っていくので、ここで学びのステップを想定することが必要になるのです。その中で、一面的な考え方や価値観を教えても意味はないので、いかに生徒自身が異なる観点を獲得できるのかを重視しています。

■講義を通した生徒の学びとは

村上教授は、経営学分野でもCSRをテーマにした講義を行っている。お金を稼ぐことと社会貢献をすることのつながりを考えたことがある学生は少ないはずだ。それまで当たり前だと思っていたことが実は、当たり前ではないと気づかされることも多い。その気づきから生まれる新たな学びが、教育の本来の姿だと感じた。後半では、この授業を通した目的や、授業の内容についてのインタビュー記事をお送りする。

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