私たち、武蔵大学社会学部メディア社会学科松本ゼミの学生5人は夏休みに、東日本大震災で膨大な救援活動を行った、世界最大規模のボランティア組織である慈済基金会(ツーチー)を取材するために、台湾へ向かった。国境を越えての取材は初の試みであり、みんな緊張しながら取材に臨んだ。慈済基金会についてはこちら。
慈済の志(慈済精神)に基づいた事業は、①慈善、②医療、③教育、④人文に、さらに国際援助、環境保全運動、骨髄寄贈、地域ボランティアの四項目を加えた「四大志業・八大法印」という志業構想がある。今回の取材は、「慈済会の環境への取り組み」、「医療」、「国際支援」、「修行活動」、「教育」と幅広い内容に触れた。この記事ではその中の「医療」について書いていきたい。取材を依頼したのは、慈済病院6つある分院のうちの1つ、臺北新店慈濟醫院(台北県新店市じさいそうごういいん、略称:慈済医院)である。(学生による被災地支援のための市民メディアプロジェクト支局=大朏 衣梨・武蔵大学社会学部メディア社会学科3年)
・臺北新店慈濟醫院の設立
慈済会では、花蓮市で1972年に慈済貧民施医義診所を設立した後、1986年に仏教慈済総合医院を設立、1989年に慈済看護専門学校(現在、慈済技術学院)、1994年に慈済医学院(現在、慈済大学)を設立した。6つの分院があり、今回取材で訪れた臺北新店慈濟醫院は2005年に設立された。実は、建設が始まってすぐに中南部の大地震があって1年間も建設ストップ。證厳法師は「学校や病院などは災害時避難所となるので絶対に災害などで崩壊してはならない」と細かい構造から考え直し、病院建設はかなり慎重に進められたのだ。
・四大志業「医療」のはじまり
慈済基金会が設立された時に最初に始まった取り組みが慈善事業であった。わずかな寄付金で貧しい人を救おうとしても一向に減らない、むしろ増えるだけ。なぜなら貧しい人は病気になることが多いから。そして病気になるとさらに貧しくなる。ここから医療もあったら救える人が増えるだろうと、医療事業が始まった。證厳法師は病気を診断するのではなく、病人を診断するための病院であることをいつも強調しているのだ。1番大事なのは病気になった「人」と向き合い、この人の心をケアすること。そして、患者としてではなく、1人の人間としてみなさい。「病を癒し、人を癒し、心を癒す」というのが慈済病院の方針となっている。
・珍しい光景
「慈済」の病院でしかないことであろうという発見が沢山あった。病院の中に見慣れた看板が目に入った。日本でも大人気のスターバックスコーヒーだ。別に特別なことではないのでは?と思うかもしれないが、ここのスターバックスコーヒーは少し違う。サンドウィッチなど、料理に一切肉が使われていない、世界中で唯一の素食のスターバックスコーヒーなのである。慈済基金会は素食であるが、病院に入っている全国チェーン店まで素食であることに驚いた。
そしてまた歩いていると、今度は病院の中央で演奏をしている集団を発見した。演奏者たちの前にはいくつかの椅子が並べられ、観賞できるようになっている。これは、入院している人や診察を待っている人がリラックスできるようにと考えられたのだ。ここで演奏している人たちはみなボランティアで、演奏時間も細かく決められた中で、交代制で行っているのだ。
土曜日の午後は診察がないのでお茶会を開き、病院にかかっている人やその家族など幅広い人たちが参加しお互いに交流ができるようにと毎回開催されている。日本では中々みることのできない光景である。
壁に掲げられたたくさんの1人1人の名前を見つけた。何なのかきいたところ、亡くなられた方で臓器移植のために内臓を寄進した人たちであるという。その人たちの家族がここにきて懐かしむことができるように名前が掲げられてあるのだ。
今回の取材で、慈済病院は医療のレベルはもちろんのこと、病院にかかる人やその周りの人の「気持ち」を大事にしていることが分かった。医療技術の進化や名医に重点を置かず、とにかく患者を大事にする慈済病院の考えは、とても大切なことであるのに今の時代は見放されがちなことのように感じた。正直、すごい、こんなことがあるのか、といった感心な言葉しか出なかった。今後も東日本大震災で膨大な救援活動をした慈済基金会を深く分析してゆきたいという気持ちが高まった取材であった。
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