国際平和映像祭(UFPFF)2016(主催:一般社団法人国際平和映像祭)は出展映像作品を4月21日から7月21日まで募集する。作品は5分以内の映像で、スマートフォンで撮影したものでも応募可能だ。映像作家らによる複数の審査員の審査によってグランプリが決まる。(オルタナS副編集長=池田 真隆)

国連平和映像祭代表理事の関根さん(右)がモデレーターとなり、識者を迎えた。写真奥は、ワールドピースゲーム・プロジェクト代表の谷口さん

国連平和映像祭代表理事の関根さん(右)がモデレーターとなり、識者を迎えた。写真奥は、ワールドピースゲーム・プロジェクト代表の谷口さん

同映画祭は2011年から始まり、毎年国連が定めた国際平和デー(International day of peace)である9月21日に開催してきた。平和をテーマにした5分以内の作品でグランプリを競い合う、ショートフィルムコンテストである。

3月21日、横浜にあるさくらWORKS〈関内〉でプレイベントが開かれた。イベントでは、平和と映像に関する有識者が6人登壇して、社会性に目覚めたきっかけを語った。

■卒業制作が話題に

トップバッターで登壇したのは、グラフィックデザイナーの田中健一さん。田中さんは30歳になるが、卒業制作で、「Japan – The Strange Country」と題した11分間の映像をつくった。この映像では、日本は経済的に豊かだが、フードロスやファッション、環境への負荷など、日本人が気付きづらい8つの問題をシニカルに指摘した。公開した当時は、ネット上で話題となった。

グラフィックデザイナーの田中さん

グラフィックデザイナーの田中さん

続いて登壇したのは、ワールドピースゲーム・プロジェクト代表の谷口真里佳さん。ワールドピースゲームとは、米国人教師のジョン・ハンターが1970年代につくったもので、米国では小学4年生向けに実施されている。子どもたちは、首相や国連事務総長など役割が与えられて、どのようにすれば平和になるのか、ボードを使いながら議論する。谷口さんは、このゲームを日本で広めようと2015年8月に米国で研修を受けた。今は帰国して、小学生から中学生までを対象にしたワールドピースゲームを主宰している。

平和をテーマにしたワールドピースゲーム

平和をテーマにしたワールドピースゲーム

3人目の登壇者は、社会性をテーマにしたアートプロジェクト「retired weapons」代表でUFPFF顧問の石川淳哉さん。石川さんはシリーズ累計300万部を売り上げた絵本「世界がもし100人の村だったら」(マガジンハウス)の宣伝制作を担当した。この絵本にかかわったのは、石川さんが起業して3年後の2001年だったが、実は初めてのソーシャルなプロジェクトだった。この絵本の読者を「小学校3年生が夜眠るときに読んでもらうもの」と想定して、テーマソングもつくった。すると、絵本は大ヒットして、当初、販売部数は8000部の予定だったが、シリーズ累計で300万部を突破した。

UFPFF顧問の石川さん

UFPFF顧問の石川さん

この体験を機に、「クリエイティブな仕事は全部、ソーシャルなものにしよう」と思ったという。石川さんは、「今の時代の伝わる広告は、消費者に押し付けるタイプではなく、共感型である」と話した。

■「平和の鐘」作った男の6女

折り返しとなる4人目の登壇者は、肩書を「人間」としている丹下紘希さん。丹下さんは、様々な有名アーティストのミュージックビデオやジャケットなどを手掛けてきた。原発事故を機に、自らの会社を一時休業させ、それ以降は映像の力を社会問題の解決に生かそうと、映像集団NOddIN(ノディン)を立ち上げた。丹下さんは今年2月、映像クリエイターに協力を呼びかけ、絵本「戦争のつくりかた」をアニメ化した。

登壇した丹下さん

登壇した丹下さん

この絵本は12年前に、日本が戦争に向かっていく危機感を感じた有志の市民によってつくられたものだ。丹下さんは、「身近な人と平和について考えていくことが大切。身近な人のほうが説得することが難しいから」と言った。

5人目に登壇したのは、元国連事務次長補の久山純弘さん。久山さんは、「国連は地球市民のために存在している機関である」とし、平和を維持する機関としてあり続けるために、「一人ひとりの働きかけこそ求められている」と言った。「市民から非営利セクター、ビジネスセクターなど、それぞれの立場で、平和のために貢献していければ」と期待を込めた。

元国連事務次長補の久山さん

元国連事務次長補の久山さん

最後の登壇者は、国連平和の鐘を守る会副代表の高瀬聖子さん。高瀬さんは、ニューヨークの国連本部に「平和の鐘」を寄贈した元・愛媛県宇和島市長の中川千代治氏の6女である。この平和の鐘は、千代治さんが世界中のコインや武器などを集め、それらを溶かしてつくった。千代治さんは何の後ろ盾もなかったが、パリで開かれていた国連総会で「二度と戦争をしてはならない」と訴えた。60カ国の大使がいたが全会一致で国連本部は贈呈を承認した。

国連平和の鐘を守る会副代表の高瀬さん

国連平和の鐘を守る会副代表の高瀬さん

千代治さんが平和運動を決意した背景には、仲間の戦死がある。第2次世界大戦のとき、千代治さんは少尉としてビルマ戦線に招集された。高瀬さんは、千代治さんのことを、「虫の命でさえ殺せない人だった」と言う。しかし、「そんな優しい人でも、戦争は簡単に父を連れていった」。ビルマ戦線では、父の部隊は全滅したが、父は生き残った。「生き地獄だったと思う。この経験から、自分が生き残ったのは、むごい戦争を二度としてはいけないと伝え続けるためだと決心し、残る人生すべてを平和運動にかけるようになった」と話す。

国連平和映像祭代表理事の関根健次さんは、「2020年までには、この映像祭を国連本部でやりたい」と目標を話す。平和な心を持つためには、「一人ひとりが相手を想像すること」とした。国際平和映像祭(UFPFF)2016の映像出展については4月21日から、公式ホームページの応募専用フォームで受け付ける。

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