タイトル:電園復耕~大通りからそれて楽しく我が道を歩こう
なぜ人を押しのけて狭き門に殺到するのか?自分を愛し迎えてくれる人たちとの人生になぜ背いて生きるのか?
この書き下ろしは、リクルートスーツの諸君に自分の人生を自分で歩み出してもらうために書いた若者のためのお伽話である。(作・吉田愛一郎)
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◆帰宅難民
エレベーターは止まっていたので暗い非常階段を昇った。人々が下りてくる。登っているのは啓介だけだった。最近の運動不足と体重増加のせいで10階で一休みしなければならなかった。階段に座って休んでいるとまた揺れが来た。座っている啓介を避けながら降りてきた女性たちが「もういやだー」とか言って靴音を荒げて降りてゆく。
啓介は立ち上がってまた昇りだした。膝に手を置いて、自分の太ももを押しながら14階にたどりついて会社に入った。5時を回っていた。人気があまりなかった。平井も由美子も居なかった。自分のデスクに行くと会社の名前が英語で書いてある黄色いヘルメットが置いてあった。ノートパソコンが床に落ちていた。拾ってデスクの奥に置くと小さなメモが有った。三協保険ナシ、先に帰ります。気を付けて。由美子。また少し揺れた。席にもつかず啓介はヘルメットを取ると部屋を出て、また同じ階段を降りた。もう誰も降りていない。
金属的な靴音が響き続いた。一階まで降りたがもう誰もいなかった。ビルを出るとまだ皇居の森に陽が沈もうとしていた。大手門の壁が気のせいか剥げ落ちているように見えた。昨日までは真っ白だったのに黄昏時のせいか今日は所々が茶色に見える。先程見た東京駅八重洲口の様子ではとても電車は動くまいと啓介は思った。しかし人々は一途の望みをもって東京駅や地下鉄大手町に流れて行く。啓介は足を止めてその流れに従おうかと一瞬思ったが、「豪徳寺まで歩いてやるさ」と自分に言い聞かせてまた歩き出した。
しかしまた止まって「会社で寝るか」とも思った。しかし一晩中揺られるのもかなわないので、また堀に向かって進んだ。堀に突き当たると啓介は右に折れて日比谷公園の方に向かおうか、昨夜のように神田の方に行こうかと考えた。世田谷の豪徳寺まで歩くにはどちらが近いだろうか。携帯のGPSを見ようとも思ったがそれも止めた。
つながるわけはない。とにかくとんでもない距離だ。何時に帰れるかも分からない。啓介は堀端に佇んでしまった。「もうすぐ桜が咲く季節だ」堀には水鳥は一羽も見えなかった。きっと地震を予知して北へ帰った行ったのだろう。水面をを見つめているけ啓介の脇にいつの間にか車が止まっていた。白いメルセデスベンツだった。
運転席のスモークガラスがスルスルと開いて左ハンドルの席の男が「乗るかい?」と言った。坊主頭にサングラス手首には金の時計が光っていた。後ろの座席には3人座っているらしかったが、ガラスにスモークがかかっているからよくわからない。
文・吉田愛一郎:私は69歳の現役の学生です。この小説は私が人生をやり直すとすればこうしただろうと言う生き方を書いたものです。半世紀若い読者の皆様がこんな生き方に興味を持たれるのであれば、オルタナSの編集スタッフにご連絡ください 皆様のご相談相手になれれば幸せです。
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