タイトル:電園復耕~大通りからそれて楽しく我が道を歩こう

なぜ人を押しのけて狭き門に殺到するのか?自分を愛し迎えてくれる人たちとの人生になぜ背いて生きるのか?
この書き下ろしは、リクルートスーツの諸君に自分の人生を自分で歩み出してもらうために書いた若者のためのお伽話である。(作・吉田愛一郎)

◆The night after

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これでもうひと眠りのチャンスがなくなったが、寝ても寝なくてもかまわない。
昨夜からつけっ放しのテレビに福島の原子力発電所が映っている。ニュースキャスターが深刻な顔をして放射能の様子を語っていた。ゆっくり寝てはいられない状況だと分かった。
「スリーマイルアイランド以上。チェルノブイリ以下かな」
末広が言った。
「東京にも放射能は来るんですか」
「わかんねー。風に聞いてみな」
「北風よ吹くな」啓介は思ったが、同時に心の中で
「何を言うんだ啓介。東北の人に地震と津波と放射能のトリプルプレーをするのか?」とも思った。
「社長。東北は地獄ですね」
「若竹のおやじ気の毒だな」
「気の毒です」
「君の会社も大きな保険金を支払うんじゃないか?」
「そうかもしれません」と啓介は言っては見たものの地震保険は全額支払いではないし、地震天災は免責、放射能の被害にも保険金は支払われないことを知っていた。
「コンビニでなんか買ってきます」
「うん。これ持って行け」末広は長方形の黒くて古い財布を手渡そうとした。
「大丈夫です」啓介は笑って断った。
階段を下りながら考えた。これからどうなるのだろう、日本は。会社や野球や女たち。リクルートスーツの魚たち、そして自分は。面接に来るとか言っていたアメリカの若者はどこにいるんだろう。階段を下り切って外に出ると電線が揺れていた。

図

地震のせいか風のせいか?いっそめちゃくちゃな状態でノーゲームになってしまえばやり直せるかもしれない。コンビニが見えた。握り飯にペットボトルの茶がいいかサンドウィッチにコーヒーか?二つ買って末広にまず選ばせて自分は残りを食えばいい。コンビニに入った。店はなんだか殺風景だった。握り飯もサンドウィッチもなかった。棚にはポテトチップの袋が10ほど横に寝ていた。物流も途絶えだしたのだ。
「食料が入る予定ありますか」啓介が聞いた。
「わかりません」年配の店員が答えた。
おそらく店主だろう。どんな時でも日本人は律儀だ。
「ポテトチップ5袋ください」
略奪もない。俺は良い国に帰ってきた。ただし災害がなければだ。ニューヨークの9.11と昨日の3.11どちらが悲惨だろうか?比べようがないくらい3.11だ。
だけどもこれは天災だ。憎しみも報復もない。末広の会社があるビルに戻ってきた。ポテトチップスをガサゴソ言わせて、
階段を上がり、ドアを開けた。
「これしかありません」
「しょうがない。それを食って、水でも飲むか」
「そうしますか」
啓介は便所の前の流しの蛇口を捻った。
クワーというような音がして水は出なかった。
「出ません」
「しょうがねえ。ポテトチップスとビールにするか。全くー後楽園で野球見物じゃないってーんだ」
啓介が冷蔵庫からビールを二本取り出して二人は飲んだ。
朝のビールが喉にしみわたった。ポテトチップスの袋を乱暴に引きちぎって中身を口に放り込んだ。辛かった。袋を見ると激辛とか書いてあった。ビールを飲みほした。

文・吉田愛一郎:私は69歳の現役の学生です。この小説は私が人生をやり直すとすればこうしただろうと言う生き方を書いたものです。半世紀若い読者の皆様がこんな生き方に興味を持たれるのであれば、オルタナSの編集スタッフにご連絡ください 皆様のご相談相手になれれば幸せです。

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