近年関心が高まっているのが、地方の林業問題。戦後、電気・ガス・石油がエネルギー源の主流となり、家庭燃料の主役だった木材の需要が減少、さらに担い手不足といった問題も重なって、至るところで山が荒れ放題となっている。(松尾 沙織)

また、建築材に使われるスギ・ヒノキの針葉樹が多く植えられたことによって、森の生態系が崩れたり、土壌弱化による土砂崩れが起きたりなど、自然災害にもつながってしまっている。そして、土砂崩れで出た大量の土砂が川を伝って海へと流れ、海の生態系を壊してしまうことへも繋がっている。

そのことにより、海中酸素濃度の低下や、漁業の収穫量の減少といった問題を起こす可能性があると言われている。山の問題は巡り巡って、私たちの生活にまで返ってきてしまっているのだ。

今回は、そんな林業の問題を解決する事業を多く立ち上げ、まちぐるみで町内資源の有効活用を促進する「木望のまちプロジェクト」を行う、福井県池田町の事例について紹介する。

池田町は、東京・名古屋・大阪から約3時間、メガネで有名な鯖江から車で約30分のところにある、福井県南東に位置している。もともと池田町は、足羽杉の産地として知られており、林業で栄えているまちだった。しかし時代が進むにつれ、森林資源の利用が減少。池田町の山も野放し状態になっていた。

そこで池田町は、産材である池田杉の間伐材を積極的に使い、木の価値を高める「木活」や、子どもたちが木との触れあいを通して、遊びながら学ぶことができる「木育」といった、木望のまちプロジェクトを立ち上げた。

その一つに、1歳になった子どもに産材を使ったつみ木をプレゼントするといった、小さい頃から木に親しむことができる”ウッドファースト事業”をスタート。さらに小学校1年生になると、その子のための木の机がつくられ、卒業時にはそのままプレゼントされるといった取り組みも行われている。

手づくりされた椅子。こういった木材による子育て支援とともに、子どもの人数に合わせて、現金1万円と”いけだ応援券”という地域内通貨もプレゼント。小中学校入学と高校進学の際にも支援金を出すなど、子育て家庭を手厚く応援している

こういった事業とともに、池田町では幼保育園や福祉施設、まちの公共施設を次々と木質化している。中でも最近オープンした施設を紹介する。

■おもちゃハウス こどもと木

福井県内には、お手頃な入場料で入れる子どもの遊び場が少なかったことから、およそ100種類の木のおもちゃで遊ぶことができる、子どもの遊び場「おもちゃハウス こどもと木」が2015年4月にオープン。

木の香りやぬくもりを感じられる素敵な館内は、大人と子どもあわせて60人が入るほどの広さがある。多いときでは、5・6回転して300人以上の子どもたちがくることもあるそうだ。子どもたちに大人気となっている遊び場は、3人の常勤のスタッフと4人のパートスタッフで運営される。

「子どもたちも木に囲まれて心が和むのか、警戒せず遊んでくれます。裸足で木に触れられる場所が新鮮という声ももらいますね。また、ここにきたお母さんたちも癒されると言って喜んでくれています」スタッフの笠原 辰徳氏は話す。

近隣の保育園や幼稚園の貸切利用があったりなど、オープンしてわずか4か月で池田町人口のおよそ3倍にあたる10,000人が来館した盛況っぷり。ここでは、地域のお母さんたちによるベビーマッサージなどのイベントも開催しており、地域に住む親子の憩いの場となっている。

木のおもちゃは、インテリアとして飾ってもおしゃれなものばかりで、子どもと一緒に大人も楽しむことができる。これらのおもちゃは購入が可能

約6,000個の木の球のプール

町内では、薪ストーブを利用する家が増えている。「自然エネルギーの利用促進と地域内循環の仕組みづくりを通して、地域の問題を地域の力で解決したい」「食とともにエネルギーの地産地消・自給自足を目指そう」と町内有志で”薪の会”を結成。まちのいたるところに薪ステーションが点在している

薪ステーション

WOOD LA-BO IKEDA

木材利用の促進として、おもちゃハウスの隣に2016年10月にオープンした「WOOD LA-BO IKEDA」では、池田町産材の間伐材を使ったワークショップが開催されている。レーザーカッターやDIY用の道具が完備されていて、会員になれば使い放題。池田町産の木材をその場で購入、木の家具づくりに携わってきた熟練職人から直接DIYを教わることができ、木材の有効活用の場として一役買っている。

Tree Picnic Adventure IKEDA

2016年春にオープンした「Tree Picnic Adventure IKEDA」も人気のスポット。「山や木から教えてもらいながら、みんなで”小さな勇気”を燃やしたり、”仲間との絆”を大きくする場所」というコンセプトのもと、キャンプ場だったところをリノベーション。日本最大級の長いジップラインをはじめ、森の中で「遊ぶ」「学ぶ」「結ぶ」をテーマにしたアスレチックが豊富にあり、木や自然に触れながら身体を動かすことができる場所ということで、カップルや家族連れの観光客が絶えない。

カフェで珈琲を購入し、ツリーハウスで飲むのが人気

農村 de 合宿キャンプセンター

少子化によってやむなく廃校になった小学校も、たくさんの池田杉の間伐材を使ってリノベーション。さまざまな用途で使うことができる「農村 de 合宿キャンプセンター」として生まれ変わった。小学校をそのまま生かしたデザインは、学校合宿や社内研修にぴったり。食堂兼研修室や、ナイター付きグラウンド、スタジオ付き音楽室が揃っている。

ここでは、まちのお母さんたちで形成された「白いかっぽうぎ」による、池田産の食材をふんだんに使った手づくりの地元料理が振る舞われる。池田町では、「化学調味料を使わない」 「できる限り他の地域のものを使わない(地産地消)」「添加物を使わない」 「ゴミをださない(エコクッキング)」という飲食店もあり、ここならではの、こだわりの食を楽しむことができる。

ここで働くお母さんたちの手料理の味や、コミュニケーションの楽しさ目当てに訪れるお客さんも多い

お母さんの手料理

そして池田町は、農業においても先進的な取り組みを行っている。エコ意識の高まりから、一般社団法人池田町農業公社を立ち上げ、「ゆうき・げんき正直農業プロジェクト」を始動。農業の認定基準を設けたり、農薬・除草剤・化学肥料の使用量ごとのシールや看板を作成し、有機農業実現のため、まちをあげて積極的に取り組んでいる。

以前からまちの人たちは、地元や資源に対して「恥ずかしい」という思いを持っていたと話すのは、町長と二人三脚で池田町の町づくりに取り組む、池田町役場総括監理官の溝口淳氏。

元農林水産省の官僚だった、池田町役場総括監理官の溝口淳さん

「自分たちの住んでいる場所って、これだけ素晴らしい場所なんだって思ってほしかったんです。池田町は、少量多品目農業や保存食文化をもとにした、無駄が出ないエコな畑づくりを取り組んでいるんですね。それぞれの家の裏で、家庭菜園のような小規模農業が盛んに行われているんですが、ここでつくったものは、家族のために心を込めて育てられたもの。これをおすそ分けする心で、池田町を訪れたお客様にお届けしようということで、まちで”百匠一品”を掲げています。

これは、”100人の匠が持ち寄る”をコンセプトに農業をするというもの。この活動が、皆さんのモチベーションを高め、”まち育て力”を高めています」

この”百匠一品”の言葉には、一つひとつの小さな力を持ち寄るという意味のほかに、力を合わせ、心を合わせることで、まちの”一つの品格”を生み出すという意味も込められている。こういった取り組みが、町全体の一体感も生み出しているそうだ。

そして、町民が丹精込めてつくった農作物は、「池田マルシェ」や「こってコテ池田」「こっぽい屋」といった、それぞれ役割が異なる場所で販売されている。

ひと・もの・ことの交流交差店「池田マルシェ」

池田町の食の発信場所や、町の人々の触れ合いの場所となっている。この日は、池田産食材を使った、グルテンフリースイーツや池田猪のジビエなどが販売されていた。

「こってコテ池田」。池田産の野菜やお米の他に、それらでつくられたお菓子やお惣菜が売られています。町内に住む人々の、日々の生活の中心にあるのがこのお店

「こっぽい」とは池田弁で「ありがたい」という意味の言葉。農作物を育てるお母さんたちの気持ちを表したいとのことから名付けられた。その日の朝に採れた新鮮な野菜が並び、生産者であるお母さんたちが定期的に店頭に立っている。「お客さんの顔と心がわかる生産者になろう」、そんな思いからコミュニケーションをとる時間を大切にしている。

もともと特産品がない池田町だが、お母さんたちが家族のために愛情込めてつくった安心の野菜目当てに、たくさんの客で賑わう。ここでのやり取りが、農業へのモチベーションにもつながっている。

■NPO・役場・市民による三位一体のプロジェクト

さらに、ゴミ問題にも積極的に取り組む池田町。「NPO法人環境Uフレンズ」を立ち上げ、週3回、62か所あるステーションからトラックで生ゴミを回収するプロジェクトを行っている。このプロジェクトは、回収時のコミュニケーションの時間が楽しいとのことから、人が人を呼び、今では100人規模にまで育っている。

こうして集められた生ゴミは、堆肥工場「あぐりパワーアップセンター」に運ばれ、畜産廃棄物やお米の籾殻などの農業廃棄物を混ぜて、40日かけて発酵される。そうしてできた堆肥は、農業に生かされ、まちの資源を循環させる仕組みになっている。

堆肥工場「あぐりパワーアップセンター」とそこでつくられた堆肥「土魂壌」

池田町では、エコ活動の対価に地域通貨を使用。マイバックを持参したり、環境講座に参加したり、クリーニング店にハンガー返却をするなど、エコな行動をするとポイントがもらえる。【http://ecoikeda.jp/ecopoint/02jigyou/index.html

ここにもエコの取り組みが。空き缶ペットボトルを入れると”当たり”が出るエコステーション

http://ecoikeda.jp/ecopoint/01event/01campain200710.htm

衛生的に集める仕組みも参加を後押し

ポイント目当てで参加する人もいるものの、まちの人がエコ活動に参加する良いきっかけづくりになっている。また、使われる地域通貨は、年間に50万円程と途上段階ではあるが、今後まちの経済を活性化させる一因として期待されている。

生ゴミとともに集められている廃油を使った「エコキャンドル」イベントも見物。池田町は、このような取り組みが評価され、「自治体環境グランプリ」を受賞

こういったアイディアは、ほとんどが町民発信。”100人のパートナー会議”や”まちおこしアイデアソン”などの町民が参加する会議も行われ、ここで出たアイディアがプロジェクトへと育ち、行政が入って実現していくという良いかたちができている。

「私たち役場の人間も、仕事として行くのではなく、町民の一員として参加することを大切にしているので、私服に着替えて無給で参加します」と溝口氏。

幸福指数が高いことで有名なブータンの大臣や公務員の視察の受け入れもしたことがある池田町。こういった池田町の地域資源循環型社会のかたちが、人と自然が共存するための理想のかたちかもしれない。

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