途上国の子どもたち向けに映画の上映会を開くNPO法人World Theater Project(東京・中央)は俳優の斎藤工さんと組み、クレイアニメを制作している。同作品のストーリー原案とキャラクターの声を斎藤さんが担当する。誰でも上映できるように著作権フリーにした。斎藤さんは、「映画を観たことがない子どもたちに届けたい。子どもたちの未来を広げたい」と意気込む。(オルタナS編集長=池田 真隆)

この取り組みの発表会では、(左から)映画解説者の中井圭さん、板谷由夏さん、斎藤工さん、秦俊子さん、教来石小織さんが出席した=7月24日夜、都内で

同作品のタイトルは、「映画の妖精 フィルとムー」。5分程度のショートムービー。キャラクターを粘土でつくり、1シーンごとに形を変えて撮影するクレイ・アニメーションで制作する。監督は、秦俊子さんが務める。完成予定は今年10月。

斎藤さん自身が原稿案を書いたストーリーはまだ明らかにされていないが、登場するキャラクターは、映画の妖精「フィル」と「ムー」。映画史に残る名シーンを引用し、フィルとムーがスクリーンの中へ旅に出る内容だという。

黄色いキャラクターが「フィル」で赤いキャラクターが「ムー」。World Theater Projectのマスコットキャラクターで名前は無かったが、斎藤さんが名前を付けた

著作権フリーにし、誰でも無料で上映できるようにした。キャラクターの声は斎藤さんと板谷由夏さんが担当するが、グローバルで観てもらうために、特定の国の言葉ではなく、「鳴き声」として声を出す。

現在、同作品の制作資金として、455万円をクラウドファンディング「モーションギャラリー」で集めている。昨日から募集を開始して、25日時点ですでに130万4500円が集まっている。

斎藤さんは、今作品には商業的な意味合いはないとし、「子どもたちの未来が広がっていくことが重要」とこの取り組みのミッションを説明した。

途上国の無電化地域で暮らす子どもたちには、都市部の子どもと比べて情報が行きわたっていない。その結果、将来の選択肢が、身近にいる大人の職業に影響を受け、医者もしくは学校の先生と限定的になっているという。

こうした背景から、映画を通して、「夢の選択肢を広げていきたい」と強調した。斎藤さんは、「スマートフォンなどを使って、誰でも簡単に上映できるようにしていきたい。映画を上映する特派員になってほしい」と呼びかけた。

■権利の壁に悪戦苦闘

斎藤さんが声をかけたNPO法人World Theater Projectは、2012年に設立された団体。カンボジアでの映画上映会やスタディツアー、国内での映画上映イベントを行っている。これまでに同国の子ども4万人に映画を届けてきた。

立ち上げたのは、教来石(きょうらいせき)小織さん。日本大学芸術学部映画学科監督コースを卒業後、企業で事務員として働いていたが、2012年に「カンボジアに映画館をつくりたい」と思い一人で活動を始めた。

活動を始めて6年目になるが、同団体に有給社員はまだおらず、教来石さんはアルバイトをしながら団体を運営している。だが、映画を通して、子どもの可能性を広げたいという志に共感した、コンサルタントやSE、税理士など30名弱のボランティアスタッフが後押しする。

同団体の映画上映の仕組みはこうだ。映画を届ける子どもたちが経済的に貧しいため、その子どもからは鑑賞料をもらわない。国内の支援者から寄付やイベント参加費として、お金を集めて、子どもたちの鑑賞料にしている。

発電機、プロジェクター、スクリーン、スピーカーなどを持ち込んで即席の映画館をつくる

上映するのは、権利元から上映許可を得た作品だが、この許可を取ることが一苦労だという。そもそも途上国で上映することは前例がなく、問い合わせ先をたらい回しにされたことも少なくない。

ある時、映画関係者から教来石さんはこう言われたこともあった。「我々は莫大な資金をかけて映画を製作して、未だに製作費も回収できていない。いつかこの映画がお金になるチャンスを待っている。作品は儲けるための資産。いいことしているから子どもたちに無料で上映させてください、安く上映させてくださいって顔されても困る。我々は映画を守らなくてはならない」。

さらに、権利元が見つかっても、現地語の字幕や吹替えをつけることが禁止されていたり、高額な上映金額を要求されたりしてきた。

■「窓をつくりたい」

斎藤さんが教来石さんを知ったのは、彼女が書いた一冊の本。昨年3月、こうした苦境に立たされても、途上国に映画を届けてきた活動をまとめた、『ゆめの はいたつにん』(センジュ出版)を発行した。

斎藤さんも東北や熊本などの被災地で移動映画館を開いており、上映作品の権利について悩みを抱えていた。同じ悩みを持つ教来石さんに共感し、斎藤さんがパーソナリティーを務めるラジオ番組にゲストとして呼んだ。

そのときに、教来石さんは、1988年に公開したイタリアの名作「ニュー・シネマ・パラダイス」(監督:ジュゼッペ・トルナトーレ)について話した。同作品で出てくる少年トトはシチリア島の僻地で母と妹と暮らしている。第二次世界大戦中のため父親は出兵した。

その村での唯一の娯楽施設は教会の中にある小さな映画館だった。教来石さんは、その映画館のことを、「窓」と表現し、「村の人にとっては、その映画館だけが世界に通じる窓でした。窓を世界中の子どもたちにつくりたい」と思いを伝えた。それを聞いていた斎藤さんは、「一緒に窓をつくりましょう」と答えた。

「先生になりたい」という夢を持っていた子どもが鑑賞後、「私は映画をつくる人になりたいです」と言ったこともあったという

このやりとりから数カ月後、斎藤さんから教来石さんに、「誰でも上映できるアニメをつくりませんか」と依頼を出し、この取り組みが実現した。ストーリー原案やキャラクターの名前も齋藤さんが考案した。

教来石さんは、「工さんは映画への愛、子どもたちへの愛が先にあり、その結果として社会貢献活動をライフワークとして続けているのだと思う」と話す。

斎藤さんは板谷さんとWOWOWの映画情報番組「斎藤工×板谷由夏 映画工房」に出演しており、今秋に放送300回を迎える。同番組では、この取り組みについて応援していき、制作過程を追っていき、10月に予定している公開収録イベントでは作品の上映を行う。

・クラウドファンディングの取り組みはこちら

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