昨今、研究データを一般公開することで学術研究を発展させる「オープンサイエンス」が国際的な発展を見せている。これからの日本の環境化学分野の発展に向けて、どのように「オープンサイエンス」に取り組むべきか? このほど、ゲストに、第一線で活躍している研究者を迎え、今後の具体的なオープンサイエンスの取り組みについて議論を行う討論会が開かれた。(松尾 沙織)
◆この記事は前・後編の2部構成で、後編となります。前編はこちら

例えば、日常生活で実際に使った化学物質による土壌汚染や、生態系に与える影響を可視化できれば、私たちの生活の先にどういったことが起きているのか、自分たちの行動がどれほどに環境や生物に影響を及ぼしているのか、巡り巡って自分たちにどう返ってきているのかといった、全体像を説明することが可能になるのではないか。

そういった全体像を捉えることができれば、人々がもっと身近に感じることができ、意識や行動の変化、持続可能な社会実現を加速させるのではないか。今はまだそういったことに関心が高い子育て世代や、敏感な人のものだけになっている。私たちの生活に本当に必要な情報が、必要な人々にきちんと届いていない現状がある。

■研究データを平和実現へ活かす

さらに最近では、化学物質と人の心の関係性についての研究も始まっている。それが発展すれば、犯罪抑制に活かすこともできる。そういったことが、まちづくりや製品づくりに活かされれば、持続可能な社会の実現、さらにその先に、平和の社会実現も可能にさせるのではないかと筆者は考える。

そもそも研究とは、私たち人類がこの地球において自然と共存し、暮らしを良くしていくためのものである。オープンサイエンスが実現すれば、多くの人の不安を取り除いたり、多くの命が救われるかもしれない。

とはいえ、オープンサイエンス促進の一方で、データを開示するにあたり、その取り扱いについて懸念を示す研究者も中にはいる。しかし、過去に行なわれた内閣府の話し合いでは、不正使用やインセンティブといったことが課題として議論されていたり、それを払拭する施策も出てきている。

例えば、デジタル識別子”DOI”の発行を行っているジャパンリンクセンターでは、一つの論文から関連する多数情報を、より効率的に入手できる仕組みを提供している。ここは、日本最大級の科学情報文献のデータベースを作成し、累計件数約3,700万件を保持、外部情報と連携する仕組みや学術情報を可視化するサービスを持っており、実用に向けたシステム事例として既に存在している。

また、医療研究開発機構では、データの登録先を指定してから公開していたり、海洋研究開発機構は、データポリシーを定めてデータを公開するなど、国内における複数機関でも、オープンサイエンスにおける研究データ保護へと取り組む事例も存在している。

■オープンサイエンスが教育にもたらす効果

さらに筆者は、高校の教諭に対しオープンサイエンスが促進された際に期待できることについてアンケートをとったものを紹介した。新潟南高等学校の奈良俊宏教諭は、「日本全国や世界の環境データをインターネットから得ることができれば、生徒の研究も地域だけでなく、全国、世界へ広がりを持つことができる」と話す。

また、埼玉県立川口東高校の定清由紀子教諭は、「生徒たちは実験できる時間や費用に限りがあるため、データを取得しやすくなれば、学生たちの研究も促進でき、モチベーションにも繋がる」と話す。オープンサイエンスが教育にもたらす恩恵も大きなものとなりそうだ。

二人目の登壇者は、産学官のための汎用生態リスク評価管理ツール「AIST MeRAM」 のソフトウェア開発・研究を行う、国立研究開発法人産業技術総合研究所 安全科学研究部門 林彬勒氏だ。

会場の様子

AIST MeRAMは、研究成果が一般市民を含む様々な人に利活用されるためのプラットフォームで、世界中に使われずにいるオープンデータ(化学物質の生態毒性のデータ)を計3,900物質27万データを収録している。

研究財産としてのデータを公共知とし、市民が簡単にアクセスできるほか、化学物質による環境リスクも簡便に調べられることを目的としてつくられた。研究データを探す人の大概が、EUや環境省のデータベースを使うが、この方法だと調べるまでに時間と労力を要する。

そういった点で、AIST MeRAMは、環境省の行政文書に眠っていたデータを容易に引き出すことができる。現状内閣府を始め、あらゆる省庁の報告書にあるオープンデータが、うまく活用されずに眠っている。オープンサイエンスは、こういったことも解決すると林氏。

AIST MeRAMのサイト

■点と点、線と線がつながって面となり、問題の正体がわかる

AIST MeRAMでは、例えば、一つの同じ物質でも様々な魚種のデータを有している。様々な魚種データを集めれば、メダカを使った毒性試験では、他の魚類実験で得たデータで補完できる。魚種が異なったとしても毒性データにそこまで相違がないことが多いことが、データの集積からわかったからだ。

また、環境省との連携プロジェクトでは、実測毒性値がないものに対し、AIST MeRAMから環境省の推定システム「KATE」にアクセスし、予測値を拾いあげ、リスク評価が出来るように構築している。こうして、たくさんのデータを組み合わせれば、解決できる問題も増え、様々な可能性が広がるだろう。

ここで扱うデータを活用し、化学物質のリスクがわかれば、新たな学術的知見を創出することも可能になる。データを一箇所に集積する知的基盤を構築し、無料で社会に公開し、徐々に使い易いものにしていきたいと話す。2020年までにすべての化学物質がリスク管理された状態で使われるような「WSSD2020目標」の実現を支援することが目標だそうだ。

三人目は、愛媛大学沿岸環境科学研究センター仲山慶氏だ。仲山氏は化学物質が環境へ与える影響を複合的に評価する研究を行っており、「ChemTHEATRE」の開発にも関わっている。生物から非生物データまで扱っており、これらの化学物質のモニタリングデータを蓄積し、環境教育への還元や社会での実用を目指している。

「人々の考えを変えなければいけない。ある特定の人がやっているという話ではなく、業界で盛り上げていきましょう。この学会でやらなければ世には出ないので、みなさんにも協力してほしい」と仲山氏。

愛媛大学沿岸環境科学研究センター仲山慶氏

ChemTHEATREでは、論文情報にファブリックデータベースのIDを貼り、論文から直接元データに飛ばすということも可能だと仲山氏は話す。まずはアプリケーションに依存せず、CSVなどの形式でデータを公開し、その先のRDF化への移行といった、三段階目を目指したいと話す。現在はたたき台の状態で、改良のために多くの人の意見を必要としている。

国内で一番技術が進んでいるデータベース「DNA Data of Japan」の例では、論文発表後、データに個別付与されるアクセッションナンバーをロムに貼り、提供するといった一連の流れになっている。

登録の際には、必須項目16項目、非必須項目22項目の条件があり、こういった条件を設けることで、データのクオリティを保っている。

こういったデータベースの強みは、統合利用ができる点にある。一つあれば別のデータベースと連携ができる。これによって、収集したデータの精度が上がっていき、より活用できる分野も広がっていく。

■データベースの連携でさらなるイノベーションを

このような連携を促進しようと、JSTによるバイオサイエンスデータベースセンターNBDCでは、国内の多数データベースをブリッジしたり、データベースが持っているURLをカタログに一覧で掲載していたりする。ここには、現在1,605件のデータベースが存在しており、仲山氏が関わるChemTHEATREも登録されている。

「このように、CT基盤構築やオープンデータを流通させるインフラも整い、世界でもやろうと盛り上がっているので、機は熟したと思っている」と仲山氏。

プレゼン後は、会場から質問を受け付け、ディスカッションが行われた。

ここでは、大阪市のオープンデータの事例が出た。大阪市は、総務省や内閣府からの推進で、公的なモニタリングデータを公開している。研究データは説明責任が生じるため、行政主導で行う。ダイオキシンの問題が加熱していた時期に、データを出したままにしたことで風評被害を呼び、ことが進まないといった事例が過去にあった。参加者から、社会的な側面が一つ壁になるのではという懸念の声も出た。

また、データの精度を上げるプラットフォームや、整備方法についても議論が及んだ。こういった部分の人材確保も、今後の課題となりそうだ。

■学会も外に開かれる時代に

最後に、学会長である柴田康行氏が学会の今後の展望について語った。

「今、集まった情報をいかに活かしていくかということを、本当に考えていかなければならない時代にきている。特にデータの信頼性の確保も重要な課題で、質の悪いデータが混在していては、人々に信用されず、オープンにする意味もなくなってしまいかねない。

監視すべき化学物質の増加に伴い、多成分一斉分析、網羅分析など一度に多くの物質の分析ができる手法の研究が進む一方で、出てくる膨大な数の情報の質を、いかに確認し高めていくかが今後の焦点となってくる。

また、市民の人たちと我々が乖離してしまっては、実際の使い方は見えてこないもの。今後は、そういうところを繋げる”サイエンスキュレーター”のような存在も必要だと思う。そういった存在と連携して、より使いやすい方向性を探るとともに、すぐれた分析手法を組み立て、信頼性の高い分析値によってデータベースをつくっていきたいと思っている。そういう意味で今回のディスカッションが、次に繋がっていくことを願う」

現状の日本では、研究結果を用いた産学官連携あるいは産官学金融連携は、オープンな場で活用されている事例は、ほんのわずかしかない。オープンサイエンスが今後ますます促進され、活用の場が広がることを切に願う。

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