「自分が子どもの頃、『大人は助けてくれない』と思っていました。だからこそ、大人になった今、『人は大切にしなければいけない』と強く思っています」――。ラプラスワークCEOの松尾博人氏は力を込める。同社は大阪府東大阪市にある人材派遣会社だ。シングルマザー家庭の支援を目的とした事業をこのほど開始した。松尾氏は15歳で母を亡くしたことで、経済的に困窮する家庭への思いは人一倍強く持つ。(オルタナS関西支局特派員=立藤 慶子)

同社が始めたのは、働く人の都合に合わせ、複数の企業で派遣の仕事ができる「シングルマザー・デイリー事務員派遣。例えば週1回の事務職を5社で行うなど、自分の都合に合わせて複数の派遣先企業で勤務することができる。

シングルマザーにとっては自分の働ける時間に合わせて仕事ができるメリットがあり、企業にとっては数日だけ派遣社員を雇うことで人件費を削減できるメリットがある。

ユニークなのは、派遣スタッフの対象を「シングルマザー」と「事務員」に絞った点だ。事務職は急を要する仕事が少ないため、子どもの発熱など急な欠勤が生じても融通が利きやすい。また、体力的な負担が少なく、家事や育児との両立がしやすい。

さらに、企業側のニーズは常にあるため、派遣先企業を集めやすい職種だ。事務職員を常時雇用するほどの力がない零細企業が複数社集まれば、毎日の安定した雇用につながる。

松尾さんは、「シングルマザーの方にたくさんご登録いただくことで、互いに勤務日の調整をするなど、助け合う職場文化を形成しやすくなると考えています」と話す。

シングルマザー・デイリー事務員派遣事業のイメージ図

登録するシングルマザーに対しては、スキルや資格をランク付けする社内資格制度を設け、派遣先企業に対してスキルを保証する。

税理士や社会保険労務士、中小企業経営診断士などの経営プロ集団「経営ソリューション協会」(大阪市)と連携し、独自の教育プログラムにより派遣社員のスキルアップを図るという。

そもそもこの事業を始めることにしたのは、松尾氏自身の幼少体験が関係している。

松尾さんが15歳の時、家庭を支えていた母ががんで他界。松尾さんは、当時12歳と9歳だった弟と妹の弁当づくり、家の掃除、洗濯、食事作りなど、すべてをしなければならなくなった。

高校を中退し、運送会社に就職。働いて得た給与は、弟と妹の教育費にあてがわれた。26歳の時には、またも、がんで父が急逝。死後、父が残した多額の借金が明らかになり、大学に進学させた弟・妹の学費が賄えなくなるなど、つらい経験を重ねた。

そんな経緯から、「経済的な理由で子どもの人生の選択を閉ざさないようにしたい」と思うようになった。とりわけ厳しいのは、平均年収が180万円ともいわれるシングルマザーの家庭だ。知り合いの縁で派遣会社の経営を引き継いだことを機に、手始めとして「デイリー事務員派遣」をスタートさせた。

「子ども時代、たとえば遠足の日に母の作ってくれた弁当が食べられないとか、この暑い夏にアイスクリームも食べられない子どもたちが、いっぱいいると思うんですよね」と話す松尾氏

だが、課題は多い。事務職は融通が利く職種である反面、給与面は時給千円程度にとどまる。ひとり親で子どもを育てるには不十分だ。

その課題に応えるため、松尾氏は、自身が経営するもう一つの会社ワークレッジで、新しく営業代行業務(テレアポ業務)を9月からスタート。テレアポは、営業件数をこなせば定時前に帰宅できるなど、時間の融通が利きやすい。

スタッフにシングルマザーを雇用し、デイリー事務員派遣単独では賄えない固定経費負担をテレアポ業務で賄い、全体として給与の底上げを目指すという。さらに、シングルマザーが集まれば託児所料金の負担なども視野に入れ、労働時間の制約を減らすことも考えている。

「自分が子どもの頃、『大人は助けてくれない』と思っていました。だからこそ、大人になった今、『人は大切にしなければいけない』と強く思っています」(松尾さん)。

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