都内で会員制ワインバーなどを経営する安部俊和さん(36)はこのほど、ダウン症がある人向けのオンライン英会話サービスを開発するためクラウドファンディングで資金調達に取り組んでいる。安部さんは「ダウン症のイケメン」として知られる、あべけん太さん(30)の兄。兄弟で会社を設立して、ダウン症へ抱きがちな固定観念を打破していく。(オルタナS編集長=池田 真隆)
安部さんがけん太さんと設立した会社の名称は、Down Up(ダウンアップ、2017年2月22日設立)。オンライン英会話サービスを手掛けるウェブリオ(東京・新宿)と組み、ダウン症がある人向けの英会話教材「ダウンアップイングリッシュ」を開発中だ。
けん太さんやダウン症がある人数人がモニターとして、ウェブリオ社のオンライン英会話サービスを体験し、ダウン症がある人に利用しやすい機能を実装させる。
開発費の一部はクラウドファンディング大手の「マクアケ」で募っている。期限は2月27日で、100万円を目標金額に設定した。現在(2月23日時点)、33人から87万1000円が集まっている。
支援者には、支援額ごとに異なる「リターン」がもらえる仕組みだ。支援者の半分以上となる18人が申し込んだ3000円コースでは、けん太さんのサイン入りエッセイ本とサービスサイトへ名前が掲載される。
10万円の法人向けスポンサードコースには、すでに6人が申し込んでいる。サービスサイトへの企業ロゴ掲出に加えて、活動報告書、安部さんからの感謝の手紙がリターンだ。それ以外にも、支援額に合わせて、同サービスの利用回数券がもらえるコースもある。
ダウン症の啓発活動で、なぜ英会話を選んだのか。ダウン症のある人は一般的に人とコミュニケーションを取ることを苦手とする。英語を話せるようになったとしても、その能力が向上するという医学的な根拠はない。
だが、安部さんは、「英語を学ぶことに挑戦する姿勢は健常者・障がい者問わず、誰かの背中を押すことになるはず」と考える。さらに、「英語を話せるようになれば、ダウン症のある日本人だけでなく、海外の人たちとも会話を楽しむことができるようになり、視野が広がるきっかけになる」。
■「ダウン症を誇りに思う」
2016年に神奈川県相模原市の知的障がい者施設「津久井やまゆり園」で起きた大量殺人事件の容疑者の「障がい者は生きている意味がない」という供述が波紋を広げた。障がい者への差別を禁止する法律「障害者差別解消法」が施行されて今年の2月で2年になるが、いまだに障がい者への差別は根強く残っている。
ゼネラルパートナーズ社が実施した、障がいがある当事者への調査では、同法が施行しても「差別・偏見が改善されていない」と答えた割合は92%に及ぶ。出生前診断で染色体に異常が見つかった場合、9割が人口妊娠中絶を選んでいる事実もある。
けん太さんは、「ダウン症があるけど、人生楽しい。できないことは何もない。ダウン症を誇りに思っている」と言い切る。
けん太さんのモットーは、「明るく、楽しく、元気に」。安部さんの両親は、「障がいは身長や体重と同じで体質の一つ」と子どもたちに教えてきた。けん太さんが小学校低学年のときに「おれはバカなの?」と両親に聞いたことがあったという。そのときに「バカじゃないよ」と優しく答えた。健常者である姉や兄と同じように、特別視せずにけん太さんを育ててきた。
この教えのおかげで、これまで何度となく逆境を跳ね返してきた。その一つが、20歳のときに取得した運転免許証だ。ダウン症がある人のなかでは、国内最年少での免許取得となった。「兄貴も姉貴も持っているのに、どうして自分だけ持っていないの?」という思いから試験に挑んだが、筆記テストに苦戦し、何度も落とされた。が、諦めずに挑戦し続け、合格するまでに受けた試験の回数は55回を数えた。
兄の影響から取り組みだした挑戦は免許だけではない。安部さんは元プロボクサーでもあるため、けん太さんも兄と同じ「川島ボクシングジム」に通っている。仕事終わりに週に1回は必ず通い、厳しいトレーニングを積んでいる。いまでも、毎日腹筋100回は欠かさず行っている。
会社に勤めて、ジムにも通い、免許も取得した。「ダウン症があるからできないことはない」という思いで挑戦を続けてきた。今回、英会話に挑み、その次は「彼女をつくって、大切な人を守れる男になりたい」と笑う。
安部さんは、「スキルアップも大事だけど、最も大切なのは、心から楽しいと思える時間を持つこと。このサービスがきっかけで人生に豊かさを見出す人が一人でも多く出てきてくれたらうれしい」と話した。
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