今年5月、ブラジル・アマゾン地域に生物多様性保全の研究施設兼ビジターセンター「フィールドステーション」が完工した。伊藤忠商事が、京大への絶滅危急種アマゾンマナティーの研究・保護活動に続き、同施設の建設へも支援を実施。今後、研究者が長期的に生物や生態系の研究をすることができるようになった。(オルタナS編集長=池田 真隆)
国際協力機構(JICA)、科学技術振興機構(JST)の協力の下、京都大学とブラジル国立アマゾン研究所(INPA)が実施している、「“フィールドミュージアム”構想によるアマゾンの生物多様性保全プロジェクト」を伊藤忠商事が支援したことで産学官協働事業として注目されている。
同プロジェクトの自然観察・研究の拠点となるフィールドステーションが完工し、5月8日には現地で開所式が開催され、関口ひとみ・在マナウス総領事、山極壽一・京都大学総長、猪股淳・伊藤忠商事中南米総支配人らが参加。
フィールドステーションは、多目的棟と宿泊棟からなる大型の研究施設。最大で60人が宿泊できる。浸水林とテラフィルメ(水没しない地域)の双方のモニタリングが可能なアマゾン川の支流にあるクイエイラス地域は、研究者にとっては魅力的だがアマゾン川中流の都市マナウスからボートで片道4時間かかるため、研究者は船などに寝泊りしながら研究を続けるしかなかった。
この施設ができたことで、長期的に、かつ、快適に生態系の研究に取り組むことができるようになる。今後予定している研究は、デンキウオや小型魚類の生態に関する調査や音響技術を用いた河川の水中音の季節変化など多岐にわたる。
伊藤忠商事は「アマゾンの生物多様性保全プロジェクト」として、持続可能な開発目標(SDGs)の目標15で定められた生物多様性損失の阻止にも寄与する、フィールドミュージアム構想の一つであるアマゾンマナティーの野生復帰も支援してきた。
同社では「マナティー里帰りプロジェクト」と称して、アマゾンマナティーがアマゾン川の固有種で、絶滅危急種に指定されていること、食肉目的の密漁によって負傷したり、母親を殺され孤児となったマナティーを野生に戻す活動への理解促進のための啓蒙も行っている。その一環として、昨年は本社に隣接する社会貢献型ギャラリー「伊藤忠青山アートスクエア」で世界の一流写真家の作品を数多く掲載する雑誌『ナショナル ジオグラフィック』と連携した環境写真展「アマゾンの今」(入場無料)を開催。会場内ではアマゾンマナティーの写真をはじめ、アマゾンの自然やそこに生息する動植物の写真35点を厳選して披露し、社員以外も休日には家族連れなどの一般客も多く来場する等大きな手応えを掴んだ。
保護したアマゾンマナティーを野生に戻すことは難しい。国立アマゾン研究所では、2008年から保護したアマゾンマナティーを放流する取り組みを行ってきたが最初はわずか4頭しか成功しなかった。
京大との研究により2016年度から3年のプロジェクト期間で、目標を上回る15頭がアマゾン川への野生復帰を果たし、現在も水槽や半野生湖で飼育されている56頭の野生への復帰も期待されている。
今回、なぜ伊藤忠商事はこのプロジェクトを支援したのか。猪股中南米総支配人と共に現地の開所式に参加した同社のサステナビリティ推進室長代行の猪俣恵美氏はその理由について、「現場に行って、森の重要性を強く認識しました。持続可能な社会の構築へ向けて、企業が事業活動を通じて社会にどのような役割を果たしていくのかを考え行動していくことが重要です。社会のために貢献しているのかという目線で仕事を積み重ね、グローバル企業としての社会的責任を果たすことが当社の使命と考えています。5月22日は国連が定めた国際生物多様性の日。このような寄付活動によって生物多様性生保全への意識啓蒙に努めていきたいです」と話す。
企業の事業活動は、生物多様性が生み出す自然の恵み(生態系サービス)に大きく依存する一方で、生態系に対して大きな負荷をかけている。同社は持続可能な地球・社会の実現のために、伊藤忠グループサステナビリティ推進基本方針の中で、生物多様性及び生態系の保護など地球環境の保全に配慮した事業活動を推進することを定めており、事業活動や社会貢献活動を通じて、企業理念である「豊かさを担う責任」を果たしていく意向だ。