「高次脳機能障がい」をご存知ですか。交通事故や脳梗塞などで脳に損傷を受け、誰しもがなりうる可能性のある障がいです。潜在的にこの障がいを抱える人は全国に50万〜80万人いるといわれていますが、十分に認知されていないために様々な課題を抱えています。大阪で当事者と家族を支えながら、この障がいの啓発活動も行うNPOに話を聞きました。(JAMMIN=山本 めぐみ)

誰もがなりうる可能性のある「高次脳機能障がい」とは

誰もが自分らしく生きられるように。「Reジョブ大阪」は、高次脳機能障がい者の社会復帰と家族への支援、啓発活動を行う

大阪を拠点に、高次脳機能障がい者や失語症者の社会復帰と家族への支援活動を行いながら、脳損傷者への正しい理解を広めるために啓発活動を行なっているNPO法人「Reジョブ大阪(リジョブおおさか)」。理事長の西村紀子(にしむら・のりこ)さん(49)は、普段は言語聴覚士として脳神経外科病院で働き、高次脳機能障がいをはじめとする脳損傷者のリハビリを支えています。

お話をお伺いした「Reジョブ大阪」理事長の西村紀子さん。言語聴覚士として高次脳機能障がいや失語症など脳損傷者が抱える課題と長年向き合ってきた

「上から何かが落ちてきて頭を強く打つ、高いところから落下する、交通事故に遭うといった外傷性のものや、脳梗塞やクモ膜下出血、低酸素症といった誰もがなりうる可能性のある病気によって脳が損傷して発生するのが高次脳機能障がいです。生まれつきの障がいではなく、何か原因となるものがあり、それを境に発症するのが大きな特徴です」と西村さん。日本には潜在的に50万〜80万人もの高次脳機能障がい者がいるといわれています。

具体的な症状としては、記憶障がいや感情障がい、遂行機能(物事を計画立てて行動に移すこと)障がいなどがあります。

「文字が読めてもそれを言葉として認識できなかったり意味を認識できなかったりということも起き、日常生活に支障をきたします。普段の生活に戻ってからも、障がいが原因でこれまでこなせていたことがこなせなくなったり、周囲とコミュニケーションをとることが難しくなったりします。発症する前にはできていたことができなくなってしまうので、以前の自分と比較して悲観的になったり、鬱っぽくなって引きこもってしまったりする方も少なくありません」

「高次脳機能障がい者は、パッと見て障がいがあることがわからないことが多く、『見えない障がい』と言われています。社会的な理解が進んでおらず、孤立する当事者や家族が多いことが大きな課題です」

見た目で障がいが分かりづらく、周囲に理解してもらえないつらさ

当事者会「まるっと会」の様子。当事者とご家族の方たち、医療従事者の方たちが集まり、和気あいあいと意見交換

Reジョブ大阪は、月に1度のペースで当事者同士の集まり「まるっと会」を大阪市や東大阪市内で開催しています。この会にお邪魔し、当事者の方にも話を聞きました。

「この障がいの難しいところは、自分たちにとっては『言い分』でも、相手には『言い訳』に聞こえてしまうというところ」と話すのは、高次脳機能障がい者の当事者会「東大阪え〜わの会」を8年間運営している松永裕介(まつなが・ゆうすけ)さん(36)。20歳の時に脳梗塞を患い、意識を取り戻した後、高次脳機能障がいと診断されました。

お話を聞かせていただいた松永裕介さん。20歳の時に脳梗塞を患い、意識を取り戻した後、高次脳機能障がいと診断された

「高次脳機能障がいには新しいことが覚えられない、同時に2つ3つのことをこなせないといった症状があります。でも、相手からすると『何でこんな簡単なことができないんだ』と。仕事にしても、最初は『これができたらいいよ』という内容を確認して就職するんですが、働いている中で日常的に求められることが、自分にはなかなか難しい。見た目には障がいがあるように見えないので、相手もなぜ僕ができないかわからない。それでしんどくなってしまうことがあります」

高次脳機能障がい者の当事者会「東大阪え〜わの会」のみなさん

「僕は比較的症状が軽い方で、相手の言っていることも気持ちも客観的にとてもよく理解できるんです。それがわかるだけに、相手に分かってもらいたいけれど分かってもらえない、相手の期待に応えたいけれどできない、そんなジレンマで苦しむことがあります。『努力や工夫次第で何とかなる』と言われることもありますが、それでもできることとできないことがある。ただ、それが同じ高次脳機能障がいといっても人によって症状が全然違うので、一概にこれだと分かってもらえない難しさもある」

「完全に理解してもらうことは難しいかもしれないけれど、知っているのと知らないのとでは全然違う。自分に残された能力を生かして、この障がいのことを伝えていきたい」

社会的認知が低く、家族の負担が大きい

「まるっと会」にて「ヘルプマーク」を持つ当事者の皆さん。ヘルプマークは、内部障害や人工関節の使用者など、外見からはわからなくても手助けを必要としている人が、周囲に配慮を必要としていることを知らせるもの

当事者会に参加していたご家族の方にも話を聞きました。梅垣栄一(うめがき・えいいち)さん(51)の妻の昌美(まさみ)さん(43)は、MRI検査で使用した造影剤が原因でアレルギー反応によるショック状態を起こし、10日間意識を失いました。意識が戻った時、脳に障がいが残っていることがわかり、高次脳機能障がいと診断されました。

「妻は左脳の一部が萎縮し右半身に麻痺が残り、読む・書く・話すことが難しくなりました。ただ、ぱっと見て障がいが伝わりづらいので、そこをどうやって周りの人に伝えていくかが課題です」

「まるっと会」で当事者とそのご家族と話す西村さん

「妻がこの障害になるまで僕も知りませんでしたが、高次脳機能障がいは社会的認知が低く、受け皿が少なくて家族の負担が大きい。病院の先生や看護師、ケースワーカーの方もこの障がいに慣れていない人が多く、情報が少ないので家族が自ら取りに行かないと情報が入ってきません。最初に行った病院や窓口で正しい情報が得られるか否かでその後の生活が大きく変わってしまうように感じます。私達は良い導きがあり、不幸中の幸いでした」

「今は私だけで妻をサポートしていますが、私自身にもいつ不測の事態が起こるか分からない。複数の目で見守る必要があると感じていますが、高次脳機能障がいの人が入所できる施設も少なく、社会的な支援の充実が今後の課題だと思います」

医療従事者にも十分に認知されていない現実

言語聴覚士でもある西村さんは、医療関係者にもこの障がいを広く知ってもらいたいと各地でセミナー講師も行っている

西村さんによると、高次脳機能障がいは医療従事者にもまだ十分に知られていない現実があり、そのために別の障がいと誤診されたり、軽度の場合は病院へ行っても「問題なし」と診断されたりしてしまうことがあるといいます。

「子どもや若い人の場合は発達障がいや、高齢者の場合は認知症と誤診されることもあります。また、精神疾患としてまとめられてしまいがちです」と西村さん。特に高齢者の場合は認知症と誤診されることが少なからずあり、適切なリハビリが受けられないケースも起きているといいます。

2018年4月には、Reジョブ大阪の編集のもと、当事者の体験や思いが綴られた一冊『知っといてぇや これが高次脳機能障害者やで』(下川眞一・著/ Reジョブ大阪・編/ インプレスR&D/ 2018年)を出版。著者の下川眞一さん

「高次脳機能障がいと認知症とは大きな違いがあります。ある日を境に突然症状が現れるということと、認知症は徐々に症状が進行しますが、高次脳機能障がいはリハビリを通じて必ず症状が回復するということです。その回復も適切な診断のもと、症状に応じたリハビリがあってこそ。認知症と誤診されて施設に入るとヘルパーさんがいろいろと助けてくれますが、高次脳機能障がいの場合は脳をトレーニングしなければならないので、手取り足取り行動をサポートする行為はかえって良くありません」

なぜ、医療従事者に高次脳機能障がいが十分に知られていないのか。尋ねてみると、次のような答えが返ってきました。

「高次脳機能障がいの診断基準は、2004年にできたばかりです。脳外科の先生の仕事は、まず何よりも『救命』。命は救えたとしても、その後、病院を出てから脳に障がいが残り、日常生活に支障をきたす患者さんをサポートするということが、これまであまり行われてこなかったという背景があります」

自信を喪失し、引きこもってしまう当事者も

2019年5月、大阪医療福祉専門学校で「当事者や家族から学ぼう!」というテーマで、未来の言語聴覚士である学生を対象に授業を行った時の1枚

「脳の損傷はリハビリによって回復の可能性があり、努力で劇的に改善した患者さんはたくさんいます」と西村さん。しかし、リハビリをどれだけ頑張ってもこの障がいが広く認知されていないがために、社会に戻ってから自らの居場所を見つけられず、自信を喪失し、引きこもってしまう当事者も少なくないといいます。また、高次脳機能障がいであるという診断を得られないままに復職し、それまでは当たり前のようにできていたことができなくなり、失敗やミスを繰り返して自信を喪失するケースもあるといいます。

「当事者については、たとえば記憶障がいがある方は何でもすぐにスマホで撮影するとか、感情のコントロールができない方は制御できなくなったらその場を離れるようにするといったように、社会の中で障がいとうまく付き合っていけるように対処法を学んでもらいます」

「対処法で解決できることもありますが、やはり周囲がこの障がいを知ることが非常に重要だと思っています。この障がい自体を知ることもそうですが、『本人はわざとしているわけじゃない』ということを知るだけで、相手を嫌いになったり責めたりしなくて済むし、周りもずっと楽になるのではないでしょうか」

「日本の社会が、もう少し一人ひとりの個性が認められるような社会になっていけばと思います。脳損傷を追っても、何もできなくなるわけではありません。彼らが引きこもらなくて済むような社会になってほしいと願っています」

当事者が一歩外に踏み出す勇気を後押しできるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、Reジョブ大阪 と1週間限定でキャンペーンを実施し、オリジナルのチャリティーアイテムを販売します。「JAMMIN×Reジョブ大阪」コラボアイテムを買うごとに700円がチャリティーされ、人知れず障がいに苦しみ、傷つき、引きこもっている当事者たちにまず一歩、勇気を持って外に踏み出すきっかけをつくりたいと開催するイベント「関西まるっと文化祭」の開催資金となります。

「コンサートや専門家による講演、ワークショップなどを予定していて、当事者、家族、一般の方、皆で『まるっと楽しもう』という主旨のイベントです。当事者の方たちに会場に来てさえもらえたら、後は好きに楽しんでもらえるのではないかと思っています」(西村さん)

「JAMMIN×Reジョブ大阪」7/8〜7/14の1週間限定のチャリティーTシャツ(税込3400円、700円のチャリティー込)。チャリティーは「関西まるっと文化祭」の開催資金となる。Tシャツの他にもパーカーやトートバッグを販売中

JAMMINがデザインしたコラボデザインに描かれているのは、リスや鳥、きのこや植物など、様々な命が根付いた切り株。脳損傷者が生き生きと輝きながら生きられる社会と、当事者とその家族が穏やかに暮らせるコミュニティーを表現しました。チャリティーアイテムの販売期間は、7月8日~7月14日の1週間。チャリティーアイテムは、JAMMINホームページから購入できます。

JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中!こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。

交通事故や脳梗塞などによって発症する「見えない障害」、高次脳機能障害。正しく知り、理解して〜NPO法人Reジョブ大阪

山本 めぐみ(JAMMIN):
JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。創業6年目を迎え、チャリティー総額は3,000万円を突破しました。

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