障がいがある人や高齢者など、特別な配慮が必要な人に対しての乗馬活動である「乗馬療育」。実践だけでなく、馬がもたらす効果の研究を科学的に進めるNPOが北海道のある町にあります。研究によって明らかになりつつあるその効果とは。(JAMMIN=山本 めぐみ)

研究を元に「乗馬療育」の魅力を伝える

乗馬後に馬に感謝の気持ちを伝える高齢者。馬に乗ると普段はあまり話さない人がおしゃべりになったり、感情をあまり表に出さない人が表情豊かになったりするという

豊かな自然に囲まれた北海道浦河町。ここで、障がい者や高齢者など何らかのサポートが必要な人に対して「乗馬療育」の実践と研究を行なっているのが、NPO法人「ピスカリ」です。

「ここ浦河町は日本有数の競走馬の産地として知られています。私たちは町内をはじめ、近隣の障がいのある子どもたちや高齢者に乗馬療育を提供しています」と話すのは、ピスカリ代表理事であり社会福祉士の江刺尚美(えさし・なおみ)さん(39)。

「同時に、乗馬療育の研究にも力を入れているのが当団体の大きな特徴」と話すのは、ピスカリの乗馬療育インストラクターであり理学療法士の三浦理佳(みうら・りか)さん(30)。

お話をお伺いした江刺尚美さん(左)と三浦理佳さん(右)

「『乗馬療育は心身に良い』といわれていますが、国内でもそれを提示できるデータがまだまだ足りていません。当団体には私のような理学療法士や作業療法士などリハビリ専門職のスタッフが常駐し、乗る人一人ひとりにあわせてより効果のある乗馬を提案しています。その中で乗馬の効果を科学的にデータ化していくことで、たくさんの方に乗馬療育の良さを知ってもらえたら」と語ります。

乗馬によってストレスが軽減

乗馬によって、一体どんな効果が得られるのでしょうか?

【図1】は、ピスカリが実施したその効果を示す研究結果の一つです。

【図1】「乗馬前後の気分状態の変化」(NPO法人ピスカリ ホームページより抜粋)

「一般的に医療機関で使われている『POMS』という気分尺度を図るアンケート用紙で調査したものです。ある被験者の乗馬前後の気分状態を表したもので、左側が乗馬前のグラフです。『活気』の部分がガタンと落ちた谷型のグラフになっています。この谷型グラフは、鬱傾向の方に多く見られるものです。

次に右側の乗馬後をご覧ください。『活気』が上がって他のマイナスの気分全体が下がったことが分かります。この山型のグラフは一般的に健康な心身状態の方に見られるものになります」(江刺さん)

乗馬が体にもたらす影響を調査。ピスカリでの研究の様子

「鬱傾向のある方には、適度な運動が良いとされています。乗馬は本人が運動しているつもりはなくても、乗っていることで軽い有酸素運動になり、血流が良くなって精神的な面にも変化が現れます。また、馬に乗ることで目線が高くなり、気分が良くなるということもあるのではないかと思います。
乗馬によって身体活動が活性化し、気分上げてくれることがこのデータよりわかります」(江刺さん)

さらに、乗馬が気分を上げてくれることを示す別の研究結果があります。

【図2】「唾液アミラーゼによるストレス測定」(NPO法人ピスカリ ホームページより抜粋)

「乗馬前後で唾液に含まれるアミラーゼという成分から、乗馬前後で人のストレスを測定したものになります。アミラーゼの分泌には、人のリラックスや弛緩を司る『副交感神経』が関与しています。つまり、アミラーゼが多く分泌されると緊張してストレスを感じているということ、逆に少ないとそれだけリラックスしているということになります。

【図2】を見ていただくと、9人の被験者のうち、ほとんどの方が乗馬によってストレスが減少したことがわかります」(三浦さん)

股関節の可動域が広がり、転倒予防にも

さらに、乗に乗ることによって骨盤が動かされ、疑似歩行の効果が得られるといいます。

「疑似歩行により、麻痺や体の歪み、痛みなどから左右同じ歩幅で歩くことが難しい方にとっては、馬に乗ることでより正しい動きができるという効果があります」(三浦さん)

【図3】「姿勢の左右差の比較」(NPO法人ピスカリ ホームページより抜粋)

【図3】は、座った姿勢で左右それぞれの坐骨にどのぐらい圧(体重)がかかっているかを測定して検証したものです。

「高齢者や子どもなど幅広い年齢層で、麻痺のある方や関節疾患のある方など様々な疾患の方々にご協力いただきました。
グラフを見ると、左右どちらかに偏っていた体重が、乗馬後に真ん中に寄っていることが確認できます。普段の生活の中で、左右どちらかに体の重心が崩れている方が、左右均等に動く乗馬を通じて、そのバランスが改善されたことがわかります」(三浦さん)

「乗馬による疑似歩行によって骨盤レベルで正しい歩行をすることで股関節の可動域が広がり、同時に体の重心の移動範囲も広がるので、高齢者にとっては転倒予防につながるという効果も認められています」(江刺さん)

効果を得るためには馬のケアとメンテナンスが重要

乗馬後、「乗せてくれてありがとう」と感謝の気持ちを込めて馬をブラッシングする子ども

乗馬によって人が心身ともに効果を得るためには、馬へのケアとメンテナンスも重要になってくると二人は指摘します。

馬自体が左右均等に歩けるように乗馬前後の準備運動や整理運動、体の調整も欠かさず行い、また馬がしっかりリラックスできるよう、乗馬以外の時間は自由にくつろいでゆっくりしたり、馬だけの時間を過ごしたりできるような配慮も欠かさないといいます。

「『療育馬だからなんでも大丈夫』というわけではありません。接する子どもたちの中には素早く動いたり急に大きな声を出したりする子もいるので、どんなことがあっても馬がびっくりしないように、人間の動きにも普段から慣れさせるようにしています」(三浦さん)

馬房(馬の部屋)の掃除。「その日の馬房の使い方、ボロ(うんち)の量、固さ、におい等も見ながら体調チェックをしています」(三浦さん)

「さらに、厩舎や馬場(乗馬の練習をする広場)の掃除から日々の散歩やエサやり、うんちや毛艶のチェックといった健康管理も私たちスタッフが行っています。普段から世話している分、馬たちそれぞれの性格もよくわかるし、『この馬はこんな性格だよ』ということを、乗馬療育の現場でも伝えることができます」(江刺さん)

馬を介することで、コミュニケーションが生まれる

放牧中の一コマ。この馬は「フミノウインダム」という名の元競走馬。「2010年に競走馬を引退してからは乗馬として北海道の乗馬クラブでお客さんを乗せていました。今は『ウイン』の愛称で中学生の子どもたちを中心に乗せてくれています」(江刺さん)

現在は町から委託を受け、町内の児童デイサービス施設に通う障がいのある子どもや、介護予防センターに通所する高齢者に向けて乗馬療育を実施、それぞれの特性に合わせたプログラムを提供しているといいます。

「障がいのある子どもたちは、体の使い方があまり上手ではなかったり、体に筋力がつきにくいという特性があったりもします。しかし、馬に乗ることでバランスや体の使い方がうまくなったり、体幹や筋肉が鍛えられたりするという身体面の効果が得られます。同時に、馬の世話などを体験することで精神面の効果も期待できます」(三浦さん)

馬車に乗った後、馬との触れ合いを楽しむ車いすの女の子。「馬や馬車を持って、都心部で車椅子のまま乗ることができる『バリアフリー乗馬会』を行っています。金銭面を含め簡単なことではありませんが、こんな満面の笑顔を見ると『また開催したいな』と思います」(江刺さん)

「アスペルガーや学習障がいなど、いわゆる発達障がいと呼ばれる障がいのある子どもたちと接することも多いのですが、最初はどうしても馬を強く触りすぎてしまったり、引っ張ってしまったりということがあります。対人に関しても、一方的に自分の思いだけで動いてしまうということがあります。
馬は言葉こそ返しませんが、非言語的なコミュニケーションをとることができる動物です。馬が思っていることを微妙に感じ取りながら対応することで、次第に人間の相手が思っていることを感じとったり、相手の思いを汲み取って行動したりすることができるようにもなります」

「障がいのある子どもたちは、普段からどうしても『ダメ』といわれることが多くなりがちです。でも、馬は『ダメ』とはいわない。私たちは『馬が気持ち良くないといっているよ』『こうしたらいいんじゃないかな』とアドバイスするように心がけていますが、直接伝えると受け入れにくいようなことも、馬が間に入っているからこそ、聞く耳を持ってくれるようなところがあります」(江刺さん)

馬と人の可能性を広げたい

ピスカリでは一人ひとりの症状にあわせ、様々な道具を用いて乗馬を行う。「洋服のボタンかけができない」と相談があった子どもには、ボタンでつなげる車を手作り。「馬に乗りながら練習することで、楽しみながら集中でき、普段の生活でもそつなくボタンかけが出来るようになりました」(三浦さん)

「馬というと競走馬のイメージが強いかと思います。でも、走ることだけが馬の役割ではないんだ、ということを知ってほしいと思います」と江刺さん。
「群れで暮らす生き物なので社会性もあり、人と関わることが好きで、人のことも仲間の一員として受け入れてくれる生き物です。
障がいのある子どもたちや高齢者の方たちも、何もできないわけではありません。できる事を伸ばし、力を引き出す力が馬にはあると思っています。馬を通して多くの可能性を広げていくことができたら」と思いを語ります。

浦河町の大自然の中で、人も馬も、同じ空間を幸せに過ごす

人と馬の可能性を広げていくために、今後は浦河町の大自然と乗馬療育をかけあわせた様々な企画を通じ、町内だけでなく町外からも人を受け入れ、さらには団体として、馬を使った就労支援も目指していきたい、と二人。

「乗馬療育で関わる子どもたちの中には、高校を卒業した後、なかなか行き場を見つけられない子もいます。遠く離れた札幌の就労支援施設にいってしまう子どもたちも多く、この浦河町で障がいのある子どもたちが活躍できる場をつくりたいという思いがあります。ゆくゆくは近隣の高齢者の方を先生に、馬の堆肥で畑を耕し、その作物でカフェを開いて、地域に根付いた皆にとって共同の場を作っていけたらと思っています」(江刺さん)

馬と人の可能性を広げる活動を応援できるチャリティーアイテム

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、「ピスカリ」と2週間限定でキャンペーンを実施し、オリジナルのチャリティーアイテムを販売します。「JAMMIN×ピスカリ」コラボアイテムを買うごとに700円がチャリティーされ、乗馬療育の魅力をより多くの人に知ってもらい、人と馬の可能性を広げるために、乗馬療育の効果を研究する資金となります。

「JAMMIN×ピスカリ」8/5〜8/18の2週間限定販売のチャリティーTシャツ(税込3400円、700円のチャリティー込)。Tシャツのカラーは全11色、チャリティーアイテムはその他バッグやスウェットも。チャリティーは、乗馬療育の研究資金となる

AMMINがデザインしたコラボデザインに描かれているのは、リボンをくわえた馬の姿。馬と触れることで生まれる可能性と、新たなつながりを表現しました。背景には浦河町の美しい自然を描いています。

チャリティーアイテムの販売期間は、8月5日~8月18日の2週間。チャリティーアイテムは、JAMMINホームページから購入できます。JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中!こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。

「乗馬療育」の実施と研究を通じ、人と馬とが共に活躍できる社会を目指す〜NPO法人ピスカリ

山本 めぐみ(JAMMIN):
JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。創業6年目を迎え、チャリティー総額は3,500万円を突破しました。

【JAMMIN】
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