世界屈指の医療技術を誇る日本。日常生活や検査で異常が見つかれば、すぐに医療機関を受診し、最新の治療を受けることができます。しかし一方で、同じ地球の上にある開発途上国の中には、医療水準が低く、適切な治療を受けられないまま、助からずに亡くなっていく命があります。アフリカ・ザンビアで前例のない心臓外科医を育成するために活動するNPOに話を聞きました。(JAMMIN=山本 めぐみ)

四国・徳島にある診療所を拠点に活動

ザンビア大学附属教育病院での心臓手術の様子

徳島を拠点に活動するNPO法人「TICO(ティコ)」。アフリカを中心に医療・農村開発などの国際協力活動を行い、今年で団体設立から27年を迎えます。代表の吉田修(よしだ・おさむ)さん(61)と、事務局長を務める福士庸二(ふくし・ようじ)さん(58)は、1989年に青年海外協力隊としてアフリカに派遣された元同僚。「今のようにインターネットが発達しておらず、各国の情報を得ることが難しかった時代、開発途上国の現状を目の当たりにして『この課題は一生をかけて取り組んでいくべきものだ』と感じた」と福士さんは当時を振り返ります。

現在は、吉田さんが院長を務める「さくら診療所」(徳島県吉野川市)を拠点に、ここに勤務する医療従事者が国際協力のために長期にわたって海外で活動できるしくみを用意しているといいます。

TICO事務局長の福士庸二さん(左)と、プロジェクトリーダーであり心臓外科医の松村武史さん(右)。徳島県吉野川市の「さくら診療所」で

「国際協力したいという夢があっても、そのためには通常は国内の仕事を辞めざるを得ません。でも、仕事を辞めてしまえば国際協力を続けることも難しくなってしまう。海外から帰ってきてからもまた戻って働けるのが、この診療所の特徴」と福士さん。現在は4人の医師がこの診療所に勤務しながら、それぞれ何らかのかたちで国際協力に携わっているといいます。

「一人が海外にいる時は残りのメンバーがその分をカバーして、皆でローテーションを組みながら働いています。診療所として地域の方たちの健康を預かりながら、国際協力をするための診療所でもある。そういう意味では、すごく変わった診療所だと思います」

活動地ザンビアの現状

ザンビアの農村の風景。土でできた「マッシュルームハウス」と呼ばれる家で暮らす家族

TICOの活動拠点であるザンビアという国について尋ねてみました。

「都心部はとても発達している」と話すのは、現地で活動する、心臓外科医でありプロジェクトリーダーの松村武史(まつむら・たけし)先生(48)。

「道路が整備されていて、交通渋滞もひどいです。南アフリカ資本のショッピングモールやファーストフード店もありますが、大きな道から一本外れると『コンバウンド』と呼ばれる貧しい人たちが暮らす掘っ建て小屋が並びます。貧富の差が激しいですね」

飛行機から見た、ザンビアの首都ルサカの夜景

「電気も水も来ていない場所があります。水については、水道設備が整っていても、干ばつのために水自体がないという状況ですね。病院でも水は出ますが、診療時間の半分ぐらいは断水しています。電気は水力発電に頼っているので、干ばつになると電気もありません。今現在、1日のうち16〜18時間に及ぶ計画停電が行われています。国の産業としては農業と鉱業がメインですが、輸出できる資源としては銅ぐらいしかなく、財政的に厳しく貧しい国です」

医療が遠く、祈祷師に頼ることも。
ザンビアの医療の現実

TICOが活動するザンビア大学附属教育病院の中庭。診察を待つ患者と付き添いの家族で溢れかえっている

医療の現状はどうなのでしょうか。

「国公立の組織でいうと、ピラミッド型で五つの施設に分かれます。一番下にあるのが『ヘルスポスト』と呼ばれる小さな診療所のような施設。ここには医師はいるかいないかという状況ですが、看護師や准医師と呼ばれる人が診察や薬の処方を行い、マラリアや分娩などの応対もします。数が多く、住民たちの最も身近にある医療施設です」

「『ヘルスポスト』で対応できないような複雑な症状の場合は一段階上がった『ヘルスセンター』へ紹介され、さらに難しい症例は『レベル1病院』『レベル2病院』を経由して、国に一つしかない『レベル3病院』であるザンビア大学附属教育病院で診療を行うことになります」

「一段階上の施設で診療を受けるためには紹介状が必要で、時間がかかってしまう上に、患者さんの経済的な負担も少なくありません。住民たちにとって医療が遠く、医療よりも身近な『ウィッチドクター(Witch Doctor、直訳すると”魔女の医師”)』と呼ばれる祈祷師に頼り、根拠のない毒草を食べてしまったりすることもあります」

ザンビアの心臓外科を目指す医師たちと。ザンビア人医師にとっても日本と同様に心臓外科医は医師の中でも花形で、憧れの職業なのだそう

さらには、国の医療費のしくみとして、診察そのものは無料でありながら、検査や薬が有料になる点がザンビアの人たちを医療から遠ざけていると松村さんは指摘します。

「たとえば診察の際に『X線検査を行った方がいい』ということになったとします。そうすると病院にある窓口で、自分で検査のための券や造影剤を買ってX線検査を受けなければなりません」

「診療を受け、大丈夫といわれたら無料で済みますが、そうでなければお金がかかってしまうのです。現地の通貨である1ザンビア・クワチャは日本円で7.6円ほどですが、現地の方の1食の食事代が10クワチャ(76円)ほど。造影剤は450クワチャ(3420円)程度するので、かなり高額であることがわかります」

ザンビア人医師による心臓手術は過去にゼロ

豚の心臓を使った手技練習。手術に向けて、ひたすら練習とイメージトレーニングを行う

ザンビアにはこれまで心臓手術を受けられる医療設備がなく、また執刀できる現地人医師もいませんでした。

「ごく稀に限られた人が海外から専門の医師を呼び寄せて手術をすることはありますが、海外からの医師たちは手術だけしてすぐ自国に帰ってしまうので、いつまでたってもザンビア人医師に技術が身につかず、自分たちで手術をすることができませんでした」

そこで松村さんがプロジェクトリーダーとなり、心臓外科医を育成するプログラムがザンビア大学附属教育病院でスタートしました。

「我々が手術し続けられたらいいですが、そういうわけにもいきません。海外から医師を呼ぶのは回数も限られるし、手術によってその患者さんは助かっても後に残るものが何もありません。だから、私たちが技術をザンビア人医師に伝えていくことができればと思っています」

実践と講義、練習を通じて
必要な技術を身につける

心臓手術の様子。右手前に見えるのは、手術中に止めた心臓に代わって頭や臓器に血液を送る人工心配装置。現地へは医師と看護師だけでなく、この装置を操作する臨床工学技士も日本から同行する

日本からのプロジェクトメンバーの1回の滞在期間は3週間で、医師と看護師がそれぞれ1〜2名、さらに臨床工学技士とコーディネーターが同行します。

1週目は患者の診察と検査を行い、滞在期間中に手術する患者を決定。「症状がわかれば手術の内容も大体は決まってくるので、診療の合間で検査や病気に関する講義、講義をもとに豚の心臓を使った手技練習を行います」と松村さん。

2週目は手術の週。1回の渡航で平均3名の手術をするといいます。松村さんが指導的助手として付き、手術はザンビア人医師が執刀します。術後はICU(集中治療室)に入っている患者の術後管理をしながら、1週目と同じように講義と、豚の心臓を使った手技練習を行います。

手術後の経過観察。血圧や心拍数に変化がないか経過を見守る

3週目は引き続き患者の術後管理を行いながら、手術の反省点を踏まえた講義と、豚の心臓を使った手技練習を行います。滞在期間中、毎日最低1度は豚の心臓を使って練習するといいます。

「こんな活動をしているNGOは日本に他にないと思う」と福士さん。医療支援の中でも高度な支援なので、なかなか一般的に理解してもらいにくいという現実もあるといいます。

「将来の印象に残る瞬間のために、今がんばっている」

手術した女児と女性の患者たちが元気になり、病院で再会。その時の笑顔の記念写真

「進路に迷っていた高3の時に、アフリカで医療に取り組む医師のドキュメンタリーを観たことが、国際協力、そして医師を目指したきっかけ」と松村さん。

「医学生の時も医師になってからも、とにかく『国際協力に携わるために自分に必要なものは何か』を考えていました。青年海外協力隊にも参加しましたが、そこで感じたのは『実力がないうちに海外に行っても、現地では役に立たない』ということでした。求められていると感じなかったのです」

30代でHIVや熱帯医学を学ぶためにタイの大学へ留学。その時に優秀で知識も豊富なアフリカ人医師に出会い、「知識ではかなわないから、自分は手に職をつけた方が良い」と感じたといいます。

「オールラウンダーになるより、限られた分野でも得意なことを身につけたほうが、海外へ行って役に立てるのではないかと思ったのです」

手術が無事終了。オペ室にてスタッフの皆さんと

「『医師になるなら、しっかりと患者さんを手術で治せるようにならないと』という思いがあったので、25歳から65歳まで40年間働くとして、ちょうど中間地点である45歳までは一心不乱に仕事をしました。その後、勤務していた東京の大学病院を退職し、本来の目的であった国際協力に携わるために、さくら診療所に勤務しながらTICOで活動するようになりました」

そんな松村さんに、これまでの活動で印象に残っている出来事を聴いてみました。

「どれもこれも強烈な経験ばかりですが、強く印象に残るようなものにはまだ遭遇していないですね。ザンビア人医師たちが自分たちで心臓手術してくれるのが一番嬉しいですが、まだ全然何かできたとは思っていないですし、まだ嬉しいとも思いません。今はしんどいですが、将来の印象に残る瞬間のためにがんばっています」

心臓手術に必要な道具の購入を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、「TICO」と1週間限定でキャンペーンを実施し、オリジナルのチャリティーアイテムを販売します。「JAMMIN×TICO」コラボアイテムを買うごとに700円がチャリティーされ、ザンビアで心臓手術を行う際、止めた心臓の代わりに頭や臓器に血液を送るための人工心肺(ポンプ)に使用する回路(チューブセット)を購入する資金となります。

「回路(チューブセット)は一人の患者あたり8万円ほどかかるのですが、衛生管理上使い回せない消耗品です。経済的に苦しい国に代わり、毎回私たちが購入してザンビアに持ち込んでいます。患者の命を救うだけでなく、未来の心臓外科医を育てるために、チャリティーアイテムで応援いただけたら」

JAMMINがデザインしたコラボアイテムに描かれているのは、聴診器の先から咲いたアラセイトウの花。花言葉は「思いやり」で、TICOの医療支援を通じ、ザンビアの人たちの心(心臓)の未来に、より大きな可能性が広がっていくというストーリーを表現しました。

「JAMMIN×TICO」1/27~2/2の1週間限定販売のコラボアイテム(写真はベーシックTシャツ(ホワイト)、価格は700円のチャリティー・税込で3500円)。アイテムは他にパーカー、トートバッグやキッズTシャツなども

チャリティーアイテムの販売期間は、1月27日~2月2日の1週間。チャリティーアイテムは、JAMMINホームページから購入できます。

JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中!こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。

ザンビアで心臓外科医を育成、貧困による医療格差をなくすために活動〜NPO法人TICO

山本 めぐみ(JAMMIN):
JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。2019年11月に創業7年目を迎え、コラボした団体の数は290を超え、チャリティー総額は4,000万円を突破しました!

【JAMMIN】



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